第59話 百年続きますように
「アリア!!サリア!!リオ!!」
念話で通信して10数分後、リンがリクとサンを抱え、王都の西の商人街に現れた。
ねえ、リン?
王宮からここまで何10キロあると思ってるの?
サンはケラケラ笑っているけど(凄いな、この子)、リクは完全に酔っている。
慌てて回復魔法をかけた。
「悪い、リク。気遣ってる余裕がなくて。」
ちょっとだけ困り顔のリンに、出会った頃に、イワーノ郊外を背負われて突っ走られた記憶が蘇る。
あの頃から一貫して、リンは誰より強くて優しい。
雑だけど。
だから今回もきっと何とかしてくれる。
「あれ?」
西の空が黒く見える。何万というイナゴの群れだ。王都に届けば蹂躙される。
「あ!!あんた達!!」と、商会から飛び出してきたのはアイさん。
キューさんや、従業員達も続いて来る。
皆一様に、西の空から目が離せない。
「スルハマは農地全部どころか、雑草や植木に至るまでやられたって。」
アイさんの説明に胸の奥が痛くなる。
最悪の事態が進行している。
嫌な人もいたけれど、少なくない縁を持ち、笑い合えた人もいた。
スルハマは大丈夫だろうか?
もっと西の、今更心配するのもおかしい気がする。生まれた街や、育った街であるイワーノも、おそらく襲撃されている。
どうなっているのだろう?
心の中がざわざわして、押し黙った私を覗き込み、
「アリア、大丈夫?」と、リンが言った。
雑だけど、勘がよくて優しいんだよ、この子は。
「大丈夫だよ」と笑い返す。
イナゴは目前まで迫っている。
自惚れではない自信がある。リンにとって大切な家族である、わたし、リク、サン、サリア、リオを前に(もちろんタロも)、
「ごめん、みんな。巻き込むから」と、笑って言った。
「うん。」
「任せてください。」
「上等!!」
「リンちゃん、頑張れ!!」
「リンちゃん!!」
大好きな家族の声援を受け、
「じゃ!!馬鹿の1つ覚えだけど!!」と、リンが結界を発動する。
説明が難しい。猛烈な魔力の風を感じた。
常軌を逸した広がりで、何物も寄せ付けない強力な見えない壁が、王都を取り囲むように張られる。
魔力を一気に持っていかれた、リンがふらつくのをいつの間に傍にいたのだろう、タロが体で支えている。
「これでひとまず時間は稼げるけど・・・ああ、でもうるさい、これ。」
「何が?」
「わたしの結界、鑑定魔法の応用だから、頭の中がイナゴイナゴって。イナゴ博士になれそう。」
いやいや、何を力の抜けることを言っているのか?この雑妹は。
イナゴ達はご馳走を前に壁に阻まれ、それでも何とか王都に入り込もうと、結界に沿って広がっていく。
西の空が黒く染まる。
気付くとズルタン以外の商人達も、宿屋や商店の人も、空を見ている。
自分達が危機的状況にあると理解を始めた。
遠く市民街、貧民街からもどよめく声が聞こえている。
「アリア。わたし、この規模の結界の維持、あと5分くらいで無理だと思う。アリアなら?」
肩で息をしながらの質問。
考えて、
「私とリンの魔力は同じくらいだけど、私は回復魔法の応用だから・・・王都全体に
回復がかかっちゃうし・・・多分3分くらい?」
「上等。なら今から精一杯わたしの結界でイナゴを引き付けておくから。魔力が切れたら、アリア、代わって。」
「うん、でも、そのあとは?」
尋ねると、いたずらっ子のようにニヤッと笑った。
「ふふーん。わたしには炎の魔力もあるのをお忘れかね?」
「あっ!!」
「透明さん、使い尽くした後だし、万全とはいかないだろうけど。
めいっぱい引き付けてアリアと変わって、結界の外側、わたしの炎で焼き尽くすから。」
作戦が見えてきた。
「で、アリアもわたしも魔力が切れる。動けなくなる前に出来ることなら灰にしちゃうつもりだけれど・・・
無理かもしれない。もしかしたら火のついた虫が降ってくるかもしれないし、タイミングがずれれば街のほうに熱気が来るし。
後始末は頼んだよ、土と水の魔法使い、サリア、リオ。」
魔力が底を尽き掛けている。
非常に珍しい、弱弱しく、けれど優しく笑ったリンに、
「わかった。」
「頑張る」と、2人の小さな魔法使いも頼もしく頷いた。
「で、リクとサン。2人には1番酷なことを頼むけど。」
「何?」
「何でも言ってくれ、姉御!!」
「・・・」
伝え終えた直後、リンの魔力が切れた。
「うっ。」
小さく呻き、結界が消える。意識が飛びかけている。さらに深く、タロに体重を預けた姿を横目に、
「守って!!」
思わず口から出た大声とともに、私は結界を発動した。
後で聞いた。
貧民街ではミウちゃんが、
「アリア姉ちゃんだ」と呟いたらしい。
勘のいい人なら気付くくらいの出力で、王都に回復魔法がかかる。
大量のイナゴをせき止める。
魔力が半分以上持っていかれた。意地で魔法を使いながら、足から力が抜けていく。リンの隣、タロにもたれて魔力を絞り出す私に代わって、
「行くよ!!」と、今1度リンが立ち上がる。
瞬間、王都の西側の空が炎に染まった。
炎の赤のお陰で、町を守ろうとする結界の存在も視認出来る。
人によっては緑色に見えたそうだ。
そう言えば、よくリンが『緑の魔力』って言っていたな・・・
気が遠くなりかけているから、ただただどうでもいいことだけ思っていた。
「・・・(一〇窈さんの代表曲です)・・・」
同じく限界なのだろう。
今1度、タロにぐったり身を預けた、リンが小声で歌っている。
愛した人の、愛した街の未来を願う。
百年続けと、ただ願う。
そのまま2人共、意識が飛んだ。
後のことは聞いた話だ。
リンはそのほとんどを焼き尽くしたらしいが、イナゴ10数体、形のまま降ってきた。
私とリンの魔力切れにコンマ数秒の誤差があった。王都の西を熱風が襲う。
瞬間、サリアの土魔法が発動する。人の上、建物の上に落ちそうなイナゴを岩で飛ばし、土をかけて消火する。
リオがミスト状に水をまき散らし、風から熱を奪っていった。
そのまま2人も魔力切れ、タロにもたれて意識を失う。
王都はギリギリ守られた。
おっとり刀で、王宮の兵隊まで引き連れて駆けつけた国王が見たものは?
倒れた魔法使い兄弟4人と、泣きじゃくってグチャグチャな顔のまま、けれど火のような瞳で睨み付ける王宮にも訪れた少年リクと、怒ったように口を一文字に結び、家族を守るように立つサンだった。
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