第5話 捨てられ女とボッチ少女

「山に捨てるとか、田舎のくそヤンキーかよ。」

「は?」

「しかも設定『進撃』だし。」

「はい?」

素のつぶやきに、アリアが呆気にとられた顔をする。

うん、知ってた。

わからないことを知っていたよ。

でも・・・

美人、ズルいなぁ。間抜け面でも美人。

こいつ、すげぇ・・・

ただいまわたし、第1現地人で捨てられ女のアリアと、絶賛野営中です。

出会った時夕闇が迫っていた。彼女の話から、1時間も歩けば森を抜ける、そこからさらに数時間で街道に出ると分かったが、いかんせんリスクが高過ぎる。

夜に移動するよりはと、そのまま焚火と相成った。一応獣除けの意味もあるし、昨日の残りだが食料もある。

「ん。肉しかないけど。」

シーツごと差し出すと、

「え?・・・サイズ感が、なんか???まさか王鶏?えっ???」と固まった。

「オウニワトリって大きい鶏?」

「違う。王様の鶏。」

「ふーん。鶏キングね。」

この森には鶏キング以外に、狼キングや猪キング、熊キングや牛キングまでいるらしい。何故か異常なパワーが出る今の状態にも慣れてきた。負けるとも思わないが、本物を見ないことには勝てるとも断言できない。

まあ、会わないに越したことはないか。

腹が減っていたのか、がつがつと焼き鶏を食らう(肉を食っても美人)アリアに尋ねてみた。

「ねえ。この世界…って言うかアリアの町の人、みんなアリアみたいな髪なの?」

彼女は色素薄めのキラキラの金髪だ。

「え?違うよ。私が珍しいの。普通はみんなリンみたいな黒髪か、こげ茶色か。」

「ふーん・・・」

ならば、異世界よりは日本の未来よりか、外見的に。

言葉もちゃんと通じているし。

この世界は巨大な獣があふれる世界で、人は壁を作って独特のコロニーで暮らす。壁から離れた中心部には金持ちが、貧民は壁際で暮らすなど、ありがちな差別もあるらしい(壁際のほうがより危険だからか)。

この『町』という単位が、旧世界の『市町』だろう。

『町』と『町』は街道で繋がっている。いつ獣に襲われるかわからないが、森を切り開いている分比較的安全だ。商人はここを行き来するらしい。

街道は『都市』に繋がっている。この『都市』が旧世界の『県庁所在地』や『政令指定都市』だ。

『都市』同士は大道で結ばれ、『王都』に続くのだそうだ。

「王都はつまり、東京か・・・」

口にして、頭が痛くなる。

いったん未来と仮定したけど。

ファンタジーのど定番だよぉ・・・

アリアとの会話の中で、ランプとか、馬車とか、文明レベルも計り知れた。

多分中世くらいだ。

退化してる。人類に何が起きた?

戦争でも起きて一度滅びたとか、そう考えるのが妥当かもしれない。

わたしの家族が、おそらく大金と引き換えに与えようとした未来は、これで潰えた。わたしの病気は治せない。

イラつく。

治せないことじゃない。こんな不確かなことのために、大好きだった人達と離れてしまった、自分自身の立場にイラつく。

治せないなら傍に居たかった。

早く死にたいわけじゃない。でも、無理なら家族の傍に居たい。

父さんや母さん、じいちゃん、ばあちゃん、兄貴や弟と離れた世界に、なんで今わたしはいるの?

無意識で唇をかんでいた。

「ねえ?大丈夫?」

肉に夢中だったはずのアリアが、いつの間にかわたしを見ている。眉を寄せて、不安げに、心配そうに。

意外に勘がいいな、この子。他人のことをよく見ている。

改めて見るアリアは、芸能界にもいないレベル、非の打ちどころのない超絶美人だ。こいつを捨てる奴の気が知れない。

と言うか、この世界で『女を壁の外に捨てる』という行為は、2022年当時の不良少年少女のいざこざを超えて、かなり悪質な犯罪と思う。十中八九死ぬだろうし、未必の故意どころの騒ぎじゃない。完全な『殺意あり』だ。

苛立ちが募る・・・

と言うよりも、自分の状態への不満をアリアの方へすり替えた。

その方がわたしらしい。

イチイの3兄弟は正義の味方だ。3人が3人とも格闘技にはまり、自分たちの方が絶対的に強いと理解してから暴力こそは控えていたが、間違いは間違いだと主張したい。強くありたい。

それでも社会にある以上我慢したこと、耐えたこともある。

心の奥のもやもやを再燃させる。

「大丈夫だよ。あんたのことはわたしが守るし、ちゃんと家に帰すから。」

「いや、そこは心配してないけど・・・王鶏を食べるような女だし・・・」

「任せておいてよ。」

ポイっと口に放り込んだ筈の、鶏肉が地面に落ちた。

一瞬手先が強張った。ついに出た。ALSの兆候だ。

幸先悪い・・・

アリアがもう1度尋ねた。

「大丈夫?」と。


会いたくないものには会うもので、起きて欲しくないことは起きるものだ。

これをフラグ回収という。

翌朝早めに野営地を出たわたし達は、森を抜ける寸前に王猪に出会った、出会ってしまった。

茂みからひょっこり出てきたそれは・・・表現だけ見ればほのぼの風味だが、サイズ感がおかし過ぎる。元となった動物のサイズ差のせいか、王鶏より大きかった。

例えるなら・・・

2階建てコーポタイプのアパートが茂みからこんにちは、だろうか。

餌が豊富なのか、茶色い毛並みが艶々と朝日に輝く。

猪キングと女2人。

呆気にとられて見つめ合う。

最初に起動したのはアリアだった。

「っ!!」

声にならない声を上げ、あまりの恐怖に息をのむ。

それを合図に、わたしと猪も再起動した。

互いを敵だと認識する。身構える。

「アリア!!逃げて!!」

この期に及んでも負ける気はしなかった。

王鶏戦のように、一発で勝負がつく、予感がある。

それぐらい体力差があると何故かわかるが。

同時に病気のこともある。病気が障れば隙を見せる。

隙を見せれば・・・

こんな怪獣大決戦ではもろに死亡だ。

「え?でも、」

「早く離れて!!戦い辛い!!」

「・・・わかったわ!!」

意を決してアリアが離れた。

50メートルくらい走って、木に身を隠しながらこちらを見ている。

あきこ姉ちゃんかよ・・・(ネタが古い)

両の足に力をこめる。

王猪が突進するよりも早く、跳び上がった。

10メートルジャンプで眼前に迫り、大サービスだ、ノーパンで眉間に踵落としを決める。

本当に、わたしの体はどうなっているか?

バキッと頭蓋に穴をあけた感触があった。脳を直接揺らしたから、完全に決まったはずだった。

横倒しになってくれる・・・

しかし、恐竜は大き過ぎてしっぽの先を攻撃されても痛みを感じるまで時差があるというが、王猪もそんな感じだった。意識を刈り取ったはずが突進をやめない。

そして、その進行方向に着地した瞬間。

「っ!!」

嫌な予想が現実となる。

病気が障った。体が動かない。

「リン!!」

アリアの声がする。

掛け値なしの命の危機に、動きがストップモーションに見える。

惰性で迫ってくる王猪。動かない体。

森の緑がきれいだった。

足元に花が咲いている。白くて、小さければ言うこともないが、巨大な森のお約束だ、ラフレシア並みの可憐な(?)花。

これ・・・駄目かも・・・

まあいいやと、諦めかけた。

未来をくれた家族には悪いが、誰もいない世界で生きるのも面倒だ。

遅かれ早かれ動けなくなる。

終わりが今来たところで・・・

「リン!!」

うん、美人は声もきれいだ。

大丈夫だよ、アリア。

猪はアリアまでは襲えない(頭蓋骨割ってるし)。わたしは無理だろうけど。

逃げて。

「治ってっ!!」

アリアが両手を突き出した。

命の瀬戸際だったせいか、最初からその素養があったのか。

この時急に、世界が変わった。

アリアの手から放たれた緑の揺らぎ。『揺らぎ』と表現するしかない。個体でも液体でもない。『光』が1番近いが・・・光ってはいない。

奇妙なモヤモヤは真っ直ぐわたしを打ち抜いた。

通り抜けると同時に、わたしの体から同じく黒い、個体でも液体でもない煙のようなものが押し出される。

何故今この時に、文明が1度滅びたと思われるこんな時にわたしが目覚めなければいけなかったか、今その訳がはっきりわかった。

ここは、家族が望んだ未来ではない。科学技術は衰退したし、社会そのものが変わっている。

しかし。

あれからどのくらい時が過ぎたのか?

なんとここには魔法があった。

アリアの魔法で病魔が消えた。

魔力を受けた影響なのか?急に色々見え始める。

アリアの胸のあたりに緑のモヤモヤが見える(魔力?)

自分の胸のあたりには透明な赤の光が?

もともと持っていた力なのか判然としないが、もしやこの赤が作用して、今の超絶パワーを引き出している?

意識した途端魔力が答える。

体が更に強くなる。

惰性で動く王猪の首筋に跳び、サバイバルナイフで切り裂いた。サイズがサイズだから頸動脈も深い位置にある。腕ごと差し込むようにナイフを振るい、豆腐でも切った軽い感触の後、血が噴き出す。

真っ赤な血をまき散らし猪が倒れた。

「うえっ。」

思い切り被った。

血なまぐさいけど、まあ良しとしよう。

勝ったし。

「リン!!」

目に入った血を拭っていると、アリアが駆け寄ってくる。

決してきれいではない、血まみれのわたしに、躊躇なく抱き着いてきた。

「病気ならそう言ってよ、もう!!」

涙目だ。

いい子なんだよな、この子。

男に捨てられるくらい馬鹿だけど、でも、優しい子だ。

「なんか失礼なこと考えてない?」

「いや、別に。」

そして結構周りを見ている。

本当にいい子だ。

「ねえ、アリア。アリアの町には魔法使い、たくさんいるの?」

「えっ・・・あの・・・珍しいよ、結構・・・」

「?」

「私が癒しの魔法が使えるのは・・・出来たら内緒で。その・・・」

口ごもる。

アリアにとって、魔法はプラスではないらしい。理由は知らないけど。

プラスでもない能力、秘密にしている能力を、あの刹那、アリアはわたしに使ってくれた。

なら・・・わたしは・・・

「安心してよ。あんたは絶対無事に帰すから。」

わたしがこの世界に送られた1番の原因、ALSは治ってしまった。

しかもびっくり、魔法で、だ。

家族の悲願は果たされて、今のわたしには目標がない。

ならば生きる意味を探すためにも、まずはアリアの町に行こう。恩人を守って、この世界のことを知ろう。

帰る家もない世界で、何をやれるか考えよう。

アリアは、何故だろう、少し陰りのある表情を見せる。

「昨日もそう言わなかった?」

「言ったけど、昨日より本気だ。」

「前は本気じゃないってこと?」

「うん。」

「うわっ、肯定するんだ。失礼だね、リンは。」

何かを振り切るように、それでも笑った。

考えたら、アリアのこともよく知らないな・・・

ともあれ、捨てられ女とボッチ少女のコンビが、ここに誕生したのだった(プラス王猪の死体)。

「えーっ!?王猪ここに置いていくの!?リン!!」

「・・・どうやって持っていくのさ?」

「でもでも!!これ1頭で一財産だよ!!超高く売れるよ!!」

「無理。」

「でもぉ!!」










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