006.優佳


 宇宙から届く、燃え盛るように世界を照らす光が山の向こうに隠れ、この街に夜が訪れた頃。

 12月の冷たい風がガタガタと窓を揺らし、外の寒さを物語っている。


 時刻も夕飯時に近くなり夜へと入る時間帯、俺は自身の店で一人テーブルを拭いて締めの作業を行っていた。

 女子高生組は従業員の伶実ちゃんを含めて暗くなる前に帰し、一人で行う閉店作業。

 閉店作業といっても片付けや掃除、あとは簡単な仕込みくらいだ。


 事務作業は朝纏めてやるし、在庫整理だって暇な時間に適宜行っている。毎日の閉店作業はあまり時間はかからない。だから早々に終わらせて上でゆっくりするのが日常だ。

 しかも今日は昼から呼び出されたアレで精神的にかなり疲れた。オマケに調子乗って走ったお陰で腕も足もしんどい。今日は早めにお風呂入って、グッスリスヤスヤ眠りたいところだ。


 そんな万感の思いで作業を終わらせ、取り出したスマホで上階のエアコンを起動する。

 様々なことがスマホで一元管理できるこの時代、家電すら動かせるようになったとは便利になったものだ。

 お陰で寒い中部屋にあるリモコンを探し当てて暖かくなるまで耐え忍ぶ必要がない。こうやってリモートでエアコンを付け、暖かくなる頃に上がればいいだけだ。

 あとは自動で料理を作ってくれれば言うことなしだが、そこまでは時代が追いついていない。仕方ないと思いつつ夕飯を何にしようか考えつつ店の電気を消そうとすると、ふと扉の向こうに人影が見えた気がした。


「…………?」


 誰か……いる?

 外のライトも消したせいで窓から人影が映らなくなってしまっているが、何か物音がした……気がした。

 えも言えぬ不安感に店の電気を消すのを諦めジッと扉を見つめていると、ガチャリとドアノブが回す音が。


 間違いない。誰かが店に入ろうと試みている。

 女子高生組の誰かか……?掃除した時は見つけられなかったが、忘れ物を探しに来たとかなら十分ありえる。

 彼女らには鍵を渡しているから開いて無いならそれを使って入ってくるはずだ。俺は黙ってその様子を伺っていると、たしかに鍵が差し込まれた音と回す音が聞こえてくる。


 よかった。あの4人の誰かか。

 そんな安堵とともに今まで警戒していた体勢を戻して肩の力を抜く。

 でも忘れ物は見つからなかったし、何か用事でもあっただろうか。

 そんな疑問が頭の中を過ぎったが、扉を開けて現れたその姿に俺の疑問は一気に解消された。


「この店閉まるの早くな~い!? 総ったら大学生のあたしに優しくない……って、あら総。いたのね」

「……なんだ。 優佳か」


 ブツブツと文句言いながら扉を開けたのは、染めたセミロングの茶髪に茶色の瞳。そしてモデルのようにスラリと伸びた手足を持つ女性…………優佳だった。


「何だってなによ~。 せっかくみたらし団子買ってきて上げたのにぃ」

「お、みたらし? いいね。サンキュー」


 少し不満げな表情を見せつつも、みたらし団子を渡してくれる優佳。

 みたらしいいね。コーヒーにはちょっと合わないけど、それでも偶にはこういう甘いものも悪くない。

 パックのお茶あるし、そっちでいただこうかな。


 彼女も俺の大好きな恋人の一人だ。名を大牧 優佳おおまき ゆか

 俺の名字は大牧で、彼女の名字もまた大牧。

 その名の通り、俺達は姉弟である。彼女が姉で俺が弟の同い年のきょうだい。そして恋人。

 しかし問題ない。俺が元々大牧の家の者ではないから。


 だから姉弟で恋人でも問題ない。むしろ恋人が5人もいること自体が問題かもしれないがそこはスルーで。


「そういえば灯が今日帰ってきて顔出したぞ。 お土産預かってるけど、いる?」

「あの子、今日帰りだったわね。 どう?帰ってきてすぐ抱きつかれたでしょ?」

「さすが」


 さすが我が姉。今日あったことなんてお見通しらしい。

 抱きつかれたというより正確には俺が抱きしめるような形になったが、大した差ではない。

 むしろそのままキスまでしそうになったがそこは言わないほうが吉だろう。


「これが灯ちゃんからのお土産………へぇ、チーズケーキじゃない。帰ってママと食べようかしら」


 図星を突かれつつも無言で渡した灯からのお土産に、彼女は頬を緩ませる。

 喜んでくれたようでよかった。これで優佳からの用事は終了かな?

 じゃあ、俺はさっさと上に戻って、明日襲ってくるであろう筋肉痛を緩和させるためにさっさとお風呂に…………


「ちょっと待ちなさい」

「っ…………! あ、あぁ」


 黙って立ち去ろうと思ったが、それをやすやすと彼女は見逃すはずもなく呼び止められてしまった。

 くっ……!閉店後に来た時点で嫌な予感がヒシヒシと伝わってくるから逃げようと思ったのに、計画は失敗か……!


 諦めて再度彼女の前に立つと、その白い腕がそっと伸びてきて俺の頬に手が触れる。

 細くて長い、しかし小さくもある彼女の手。その指先がツゥ……と自らの輪郭をなぞるように伝っていくと、目の前の顔がフッと笑みに変わっていくのが見て取れた。


「聞いたわよ。総」

「な、なにが……?」

「今日、遥ちゃん家で『お話』があったそうね」

「っ――――!!」


 なぜ優佳がそれを……!?

 そう思ったが、何かに付けて母親の紀久代さんと企む2人だ。繋がりがあって然るべきだろう。

 つまり今回の件も、彼女には筒抜けと。


「なんであの話を保留にしたのよ。 お金貰えて増改築できて、デメリットも何もないじゃない」

「確かに、そうだけどさ…………」


 それを言われちゃそのとおりだ。

 彼女が提示したアタッシュケースいっぱいのお金。それを差し上げるとは言われたが、その代わりに~など交換条件は何も言われやしなかった。

 きっとアレが前全員に告白した時に言われたバックアップとやらだろう。それにしては規模が大きすぎるが。


 とにかく、俺に利があっても害は何一つない。だから本来なら二つ返事で了承してもおかしくない提案なのだが…………。


「何ていうか、あんまり力を借りるのもどうなのかなって思って」

「というと?」

「……この家も回り回ってはあの家のお陰で出来たものだけどさ、何かに付けてあの家の力を借りるのって、俺の力で生きてるのかなって思って……」


 この家の軍資金は俺が運用して増やしたお金から出したものではあるが、大本はあの家のお金を使ってのものだ。

 一応増やした以上、俺の力であるものだと思ってはいるが、今回のはそれを逸脱している。これに首を縦に触れば俺は自分の力で生きてるのか不安になってしまったのだ。


 そんな泣き言とも取れる俺の言葉を黙って聞いていた優佳は、一通り聞いてから息を1つ吐く。

 そして見えた表情は呆れと、そして嬉しさの混じった表情。


「馬鹿ね。アンタは」

「……そうか?」

「えぇ、普通なら何も考えず喜んで受け取るのに深く考えて、大バカモノじゃない」

「…………」


 優しい微笑みのまま背中に手を回して告げる彼女に、その身を預ける。

 ギュッと彼女が俺を抱きしめる形。ポンポンと、まるで子供をあやすかのような振動を背中に感じながら彼女の次の言葉を待った。


「アンタはおじさまとおばさまが亡くなってから一人で生きようと力入りすぎなのよ。もっと肩の力を抜いたっていいじゃない」

「でも、そうじゃないと5人を養えない――――」

「それが馬鹿って言うのよ」


 言い訳をするような俺の返答に、彼女は間髪入れずに返していく。

 馬鹿と言いつつ言葉は優しいもの。決して責めることはなく受け入れるような、そんな言葉。


「もっとあたしたちを頼りなさい。これからは全部、6人で背負っていくんだから、みんなを信頼なさい」

「信頼…………」

「そ。 あの提案も、お店を大きくして客を呼び込むためって考えたらいいじゃない。 そうして安定したら逆にお金を返したらいいじゃない」


 その考えに至らなかった俺に驚くとともに、目からウロコがこぼれ落ちる。


 そうか。居住区を増やすことばかりを考えてたけど、店を大きくするという手もあったのか。そして大きくなったら、返すという手も。

 もし一人が辛かったのならみんなに頼ればいいんだ。


 彼女の励ますような言葉に、なんだか心のどこかが軽くなっていく気がする。


「そう……だな」

「えぇ。 ほら、今日は突然の事があって疲れたでしょ?あたしも手伝うから一緒に2階上がって休みましょ?」

「あぁ………………………って、待て」


 俺は彼女の誘いに乗るようにその手を引かれ、2階に上がろうと…………して足を止めた。


「……優佳、2階に上がって何するつもり?」

「そりゃあ、アンタを寝かしつけてあわよくば……ってことよ!」

「…………」


 やっぱり。

 迷うこと無く口から出てくるとんでもない計画に、俺は逆に優佳の手を引っ張って扉の方へ連れて行く。


 確かに恋人同士になったけど、そういうのはまだ早いと何度言ったらわかるのかっ!?

 考え方が古いとか言われようが知ったことか!!


「それじゃ、お土産ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」

「ちょっと~! あたしは大人なんだからいいでしょ~!ね~!」


 ギャーギャーと騒ぐ言葉を聞き流しながら、抵抗する彼女を店の外にやろうと奮闘する俺。


 結局彼女が諦めて帰る頃には、筋肉痛は更に酷くなったような気がするのであった。

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