017.クリスマスメニュー
昔は、12月の街並みというものはどうにも好まなかった。
街は至るところでクリスマスの装いになり、それにかこつけたセールやサービス、新商品などを店頭、広告、声掛けで猛プッシュしていく。
ケーキの予約や家で飾れるミニツリーの販売、クリスマスプレゼントに最適なものなど、推している商品は店によって様々だ。
別にそれはどうでもいい。俺だってクリスマスという名目でも安売りしてたら買ってしまうし、デザートなんかは凝っていて美味しいからよく食べる。
特にとあるチェーン店で販売する季節限定のコーヒー豆は最高だ。酸味が殆どなく、軽い味わい。店で出すことは叶わないが個人で楽しむ用にかなりの頻度で買い込むほど。
しかし、それらに付随するように見せつけられる家族の光景というのは、どうも俺の心をかき乱した。
完全な被害妄想だが通行人や広告、そして呼びかけなどの景色が両親の居ない俺にむざむざと現実を突きつけられる気がして穏やかになれない。
大牧家の父さんと母さんはとても優しい。それについては非の打ち所がない。しかしどうしてもふと両親がいたときのことを思い出したのだ。
けれどそれはもう随分と過去の話。
父さんと母さん、そして姉の明るさと努力もあってあの事件も過去のこととなった今の俺にとってはクリスマスもただのイベント。大牧家で仲良く過ごす楽しい日の一つだ。
しかし、そんな楽しいクリスマスでも忘れられない
それは―――――
「次にお待ちのお客様~! どうぞ店内へ~!!」
「――――おっと」
どうやらきらびやかな装飾に目を奪われつつ物思いに耽ってしまっていたようだ。
すぐ正面からかかる声に視線を上げればオシャレなカフェエプロンに身を包んだ女の子に呼ばれてしまう。
もう順番か。一人とはいえ考え事すると案外すぐだったな。
呼ばれるがままに扉を潜って建物の中に入れば、一瞬にして身体全体で受け止めるコーヒーの香り。
様々な豆の香りが立ち込めているが、どれもコーヒーという1つの括り。いい塩梅にブレンドされて鼻孔をくすぐり、脳がリラックス成分を出していく。
しかしその場でリラックスなんてできるはずもなく、室内は盛況という言葉が最も似合うほど賑わっていた。
見渡す限りテーブルは人で埋まっており、間をすり抜けるようにさっきの女の子と同じカフェエプロン姿の子が忙しそうに歩き回っている。
俺がやってきたのはとあるカフェ。それも俺の店である夢見楼ではなく、また別の街中にある店だ。
店員さんに促されるまま入ってすぐの場所で数秒待つと、奥から別の店員さんがのれんをくぐって話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。 只今ご案内……って、総さんっ!久しぶりぃ!!」
「おぉ、乃和か。相変わらず元気そうだなぁ」
最初は丁寧な口調だったものの、俺を認識するやいなやすぐに言葉を崩したのは乃和だった。
灯の友人である『秋日和』と呼ばれる三人娘。その一人である乃和。茶髪で首元で2つに分けたツインテールが特徴的だったが、今日はそれを下ろして大人しめな印象を受ける。
しかし印象を受けたのは最初だけ。口を開けばいつも通りの明るい彼女で天真爛漫なのは変わらなさそうだ。
「そりゃあ私だし! でも今日は誰もいないんだね。 …………もしかして!私とネチャネチャのドロドロのイチャイチャしに来たり!?」
懐かしいなそのフレーズ!
だからネチャネチャって何のことだよ!?
一段とテンションの高い彼女はまさにツッコミ待ちのように目を輝かせて俺の言葉を待っている。
そんな子には……チョップだ!
「アイタッ! も~!人を殴る男は嫌われるよ~! それとも灯は殴られるのが好きだったり?」
「普通だ普通。それに痛くも無いだろうに」
チョップといっても並んでる時貰ったチラシを軽く触れさせただけだろうに。
灯も知らないけど多分普通だ……たぶん。 ……でも、ほんとにそういうのが好きだったらどうしよう……。
「それでどうしたの? お店休んで敵情視察?」
「まぁそんな感じ。 あとは優佳に誘われてな」
今日は優佳……姉に呼ばれてこの店にやって来た。
この店は秋日和と優佳が働いている喫茶店。そこの(自称)看板娘らしい優佳に誘われたから、店は伶実ちゃんにお任せして一人足を運んだのだ。
なぁに、こっちは盛況でも俺の店は今日も閑古鳥なんだ。不安なら閉めるよう言ってるし、店主が一日抜けたところで何も影響なんてない。
「優佳先輩……優佳先輩……。あぁ!そういえば朝言ってましたね!」
「忘れてたのか?」
「そっ……そんなことはぁ……。 ほら!案内するから着いてきて!先輩ってば待ちくたびれてるよ!」
バイト先のここで待ち合わせをしたのだから乃和に話が通ってないと不安だったが、どうやら忘れていたようだ。
でも、待ちくたびれてるというのはぐうの音も出ない。
まさか店がこんなに並んでるとは。30分も待ったお陰で15分も時間オーバーしてしまった。
「ほい、あの一番奥の席ね。 見える?」
「ん……。あぁ、ホントだ。ありがと」
「いえいえ~! 後でお冷持っていきますねぇ!」
店の奥まで案内した乃和は、ひらひらと軽い調子で裏へと戻っていってしまう。
確かに言われた通り、最奥の客席には優佳の後ろ姿が見える。首の向き的にスマホをつついているみたいだ。
「優佳、待たせてごめん」
「やぁっと来たのね。あんまり来ないから無視されたと思ったのよ」
「ごめんごめん。列がなかなか進まなくてな」
「冗談よ。ちらっと見えたもの。アンタが並んでるとこ。 連絡も貰ってたしね」
俺の声に顔をあげるのはパーカーにホットパンツと、12月なのに暑いのか寒いのかよくわからない格好をしている優佳。
ファッションというのもわかるが、タイツもなしにそのスラリと細い脚を惜しげもなく晒しているのはなんだか寒そうだ。
そんな彼女はなんてことのないように座るよう促してくる。少し待たせてしまったが怒ってはいないようだ。よかった。
「でも、こんなに忙しいなら手伝わなくてよかったのか?」
「あたしもさっきまで働いてたのよ? 大体今の時間から空いてくるから早めに上がっただけ。ほら、もう並んでないでしょう?」
確かに店の外へ視線を向けると、俺が30分も立っていた場所に並んでる人は居なくなっていた。
どうやら俺が最後付近だったらしい。
「さ、早いとこ頼んじゃいましょ。 アンタ何にする?」
「えぇと……」
彼女の言葉に慌ててメニューを開けばまっさきに目に飛び込んでくる赤と緑のカラフルなページ。
クリスマスの限定メニューだ。ツリーやトナカイがあしらわれたクッキー付きのパンケーキや、ツリーをイメージしたモンブラン、雪だるまのようなアイスクリーム二段などどれも美味しそう。
「じゃあ俺は……クリスマス特別ブレンドとカヌレにしようかな」
「了解。 …………あ、ちょうどいいところに。乃和」
「はいはい、なんでござんしょ。 注文ですかえ?」
……なんて口調だ。
ちょうどお水を運びにきた乃和は呼びかけると同時にメモ用の紙とペンを取り出していく。
「んっとね、特別ブレンドにホットのリンゴンティー。あと……例のアレを」
「特別ブレンドにリンゴン…………それと例のアレですね?」
例のアレとは?
なにやらニヤリと二人して笑い合ってから乃和は素早い動作で戻っていってしまう。
ねぇ、注文1つわすれてない?それとなんだかすごい嫌な予感しかしないんだけど……。
「なぁ優佳、カヌレは?」
「カヌレもちゃんと入ってるわよ。この…………『カップル専用特大パフェ』にね」
「…………うわぁ」
彼女が示したのはメニュー最後のページ。
見落としていたがどうやらそこも限定メニューのようだ。
そこに描かれているのはたった1つの商品。スポンジにクリーム、そしてフルーツやアイスが乗った代物。
それは間違いなく、優佳の言う通り『カップル専用特大パフェ』であった。
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