018.15ヶ月分の


「ダーリン、はいあ~んっ!」

「…………あ~」


 心地よいジャズの音楽が聞こえる店内。

 俺は優佳とともに彼女の働くお店の商品を堪能していた。


「どう? 美味し?」

「あぁ……美味しいよ」


 美味しいコーヒーに美味しいデザート。見た目もよく行列ができるのもわかる出来だが、目の前の微笑まれる光景に苦笑いすることしかできない。


 それもそうだろう。

 ここは彼女の働く職場。そして当然、優佳の同僚と思しき面々が何人も居る。

 なのにテーブルに置かれているのはカップル専用の大きなパフェ。それを臆面もなくこちらに”あ~ん”してくるものだから複雑な表情になってしまうだろう。

 傍から見れば完全にイチャイチャカップルのそれ。昔の俺が見れば怨嗟の視線を向けること間違いなし。


 更にここには俺の知り合い……灯の友人である”秋日和”の三人も揃い踏みだ。注文を待ってる間にも働いてるのは目に入った。

 そんな彼女らが遠巻きに俺たちを見ながらキャアキャア言っているのだ。客もだんだん少なくなってきてアイドルタイムも近いとはいえ、働いてくれ……!


「なんだか心ここにあらずねぇ。 そんなに他の子たちが可愛いくて気になる?」

「そうじゃなくって……後輩?らしき子たちがずっと遠巻きに見てるけどいいのか?」

「いいのよ。 敢えて見せつけてるんだから」

「えぇ…………」


 そんなのアリ……?

 見た目での判断しか出来ないが、今見える子たちはみんな俺たちより年下だろう。

 そんな子たちが作業の合間を縫ってチラチラとこちらを見、興奮したように話し合っているのは年頃の女の子だから仕方ない。

 でも見せつけて火に油っぽくなってるけどいいの?


「いいのよ。あたしに恋人がいるって言っても三人娘以外信じなかったんだから。なにが『高嶺の花』よ。あたしだって普通の乙女なのに」

「ちなみに、俺が弟だって事実は?」

「言うわけないじゃない。説明がややこしすぎるわ」


 ごもっとも。

 でも高嶺の花か……。確かに彼女の容姿は他の子たちと比べても一線を画している。

 手も足もスラリと伸びて惜しげもなく晒し、堂々とした様子はまさしくモデルのよう。

 容姿も可愛いより美人側。少しだけ目尻が上がっていて自分の意思を持っている表情は自身の表れだ。まぁ身内が故に贔屓目と言われたらそれまでだが。


「そういうことで、呼んだからには散々見せびらかしてあげてるのよ。 はい、あ~ん」

「…………」


 そこで何も言わずに口を開くのは俺も甘くなったのだろうか。

 いつの間にか隣に座っている彼女から差し出されるフルーツを口にいれると一杯に広がる甘みと香り。

 ふむ、全体にかけられたチョコソースがうまい具合に作用して甘さを引き立たせているのか。いいアイディアだ。俺も店で使おうかな。



「ちなみにそろそろあの日だけど、アンタもう決めてるの?」

「あの日?」

「決まってるじゃない。クリスマスよ。 あの子達楽しみにしてたわよ」


 あぁ、なるほど。

 彼女から告げられるのはクリスマス、そのプレゼントのことだろう。

 みんな俺に対して口に出すことはないが、みんな気にしてるんだろうなというのは薄々感じ取っている。

 そりゃそうか。俺だって気にするんだからあの子達が気にしないわけがない。


「ちなみにあたしはそうねぇ……給料3ヶ月分の指輪でいいわよ」

「もしそれをあげるとして、全員分だと15ヶ月分になるな。……破産させる気?」


 有名な給料3ヶ月分の指輪。言わんとすることは理解している。

 だが、彼女にそれを渡すと他の人にも同じようなものを渡さなければならないだろう。つまり5倍で15ヶ月。わお、なかなかのハードルだ。


「じゃあ、指輪の箱で。中身はカラなのをあげるよ」

「指輪の箱? なんで……………って、え~?あんた、まだあの時のこと覚えてたのぉ?」


 優佳もきっと思い出したのだろう。

 まさに痛いところを突かれたかのように苦い顔をして思い出す、昔のこと。

 それは俺が昔経験した忘れられない記憶。


 随分と昔、まだ父と母が生きていた頃。俺と優佳は昔からクリスマスでプレゼントを贈り合っていた。


 いつかの幼いクリスマス。

 今年はなんだろうと彼女からプレゼントを意気揚々と開けてみると、そこに収められたのはカラ。ただの空気のみ。

 まさか二段底とかで隠されているかとひっくり返したりしてみるも何の意味もなく、小学校低学年ながらに襲われる虚無感と悲しみ。結局中身は隠されていただけですぐに出てきたが、当時は大泣きした覚えがある。もう15年以上も前になるのか。


「10年ぶりくらいに聞いたわねその話。あれ以来ちゃんと中身付きで渡してるじゃない」

「街並み見てたらふとね。 優佳もよく覚えてたな」

「そりゃあ、おじさまとおばさまが居た最後のクリスマスだったもの。忘れるわけないわ」


 ……そうだった。

 あれはもうそんな前になるのか。

 なんだかんだ言って優佳のほうがよく覚えてるじゃないか。


「また……墓参り行くか。今度は2人で」

「そうね。今度はおそろいの指輪付けて行きましょ」


 それは……どうかなぁ。

 優佳だけに渡すわけにはいかないし、100均の指輪で許してくれるならあるいは……。


「でもまずは目の前のコレをどうにかしないと。 早くしないと溶けちゃうわ」


 少しシンミリとなった空気を変えるかのようにポンポンと肩を叩く彼女は改めて目の前のパフェを指差す。

 それはさっきまで『あ~ん』で食べていたパフェ。当然効率の悪い食べ方をしているから、その山はいまだ大きく鎮座している。

 これ、遥も居ないのに食べ切れるの?


「ほら、どんどんいくわよ。 あ~―――――」

「あ……あのっ!!」


 気を取り直してパフェの続きへ!

 ――――そうスプーンをこちらに差し出そうとしたものの、ふとかけられる声に彼女の動きは静止される。


 誰だ……?

 カフェエプロンを着用した、遥と同じくらいと予測する女の子。顔は真っ赤で目をつむり、勢いのまま話しかけてきたのが見て取れる。

 見た目的には店の制服。従業員で間違いなさそうだけど、優佳の知り合いか?


「むぅ……。 どうしたの?マキちゃん。何か困りごと?」

「い、いえっ! その……お邪魔してすみません。えっと……ほんとに優佳先輩ってこの方と付き合ってらっしゃるのですか!?」


 まさしく一番聞きたかったことを聞いてくれたかのように、店の奥で様子をうかがっていた集団が小さく沸き立つ。

 あぁ、なるほど。彼女は信じられなくてここに来たと言うのか。


「えぇ、もちろん。 じゃなかったら何だと思ったのよ」

「それは……弟さんとか? だってっ……!優佳先輩って恋バナにも入ってこないで全然男の人に興味なさそうな口ぶりだったじゃないですか!」


 弟でも間違ってない……間違ってないんだけどなぁ……!

 でも驚いた。優佳のバイトしてる風景見たことなかったから、興味ない感じだったのか。


「そりゃああたしにはコイツがいるもの。 それとも見る?証明」

「証明? 優佳、それって――――!!」


 証明って何のことかと問いかけようとしたが、それは最後まで言うことが叶わなかった。

 俺が振り向いた途端彼女は狙いすましたようにこちらに迫ってきていてその距離僅か数センチ。


 完全に狙ってきていた。

 彼女は唇を突き出し、俺の口めがけてキスをしようと狙いすましたように迫ってきていた。

 しかしなんとか俺の抵抗も成功し、彼女の口が触れるのは俺の頬。ギュッと頬にキスをした彼女は離れた途端不満げな顔を見せつける。


「ちょっと総~! なんで避けるのよぉ!」

「そりゃ避けるでしょ! マキちゃんだっけ?ゴメンね、変な物見せて」

「いっ……いえっ……すみませんお邪魔して……。しつれいしまひゅ!!」


 狙いすましたら逃さない鷹のように迫ってくる優佳を間近で目にした彼女は、その顔をゆでダコのように真っ赤にしてお盆を抱きしめながら走って行ってしまう。

 俺は「ム~!」と文句を言いたげな彼女にため息をつくほかなかった。

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