029.即興計画の失敗


「イジメ……か……」


 エヘヘと困ったように笑いながらカミングアウトする彼女に、俺は指を唇に当て少し考える。


 イジメ……それは少なからず多くの人が目にするなり耳にするなり、少なくとも噂程度では認識したこともあると思う。

 嫉妬や同調、なにかのはけ口など、原因は様々なものがある。

 そしてそれはまだ精神が未熟な学生時代に多い。大人になってももちろんあるが、表面化して問題となりやすいのはいずれも学生時代のイジメだ。

 俺だって昔色々あって他の人と溶け込むことが出来なかったし、もし優佳がいてくれなければまっさきに虐められていただろう


 そして彼女たちは芸能活動という、目立つ場所にいる人々だ。良くも悪くも人の目を惹く分そういったターゲットにはなりやすいのだろう。


「あんまり驚かないんですね?」

「まぁ、時々耳にする話ではあったからね」


 アイツは何を言っても返事が疎かで気に入らないとか、あの子の頭の良さが気に入らないとか、そういう小さな火種から問題は生まれてく。

 そのようなくすぶりは学生時代も時々耳にした。疎くて実際に目にしたことはなかったが、本当に身近で起こってないとは言い切れない。


「細かいところは省きますが去年のことです。人間関係で嫌になって学校の屋上から飛び降りようとしたところ、ナナさんと出会ったんです。それからこの世界に誘われて、時々仕事するように……」

「ん。 ウチの学校屋上閉まっててさ、こっそり屋上に忍び込んだら飛び降りようとしてる人がいてビックリした」


 まるで思い出すように腕を組みながらウンウンとうなずく奈々未ちゃん。

 そっか……奈々未ちゃんが救ったのか。そうして慕う関係になったのか。……あれ?学校?


「ってことは奈々未ちゃん……学校普段行ってたの!?」

「む。 マスターさん、私だってまだ中学生。義務教育だから学校にもよく……たまに……極稀に行ったりもしてる」


 段々と言葉も弱くなり、極稀にとなってしまう奈々未ちゃん。

 あぁ、殆ど行ってないわけね。それでも数少ない登校日に彼女と出会ったのか。


「最初はアイドルに誘われたんですけど、歌も踊りも全然でして。ならいっその事グラビアだったら私の数少ない長所も活かせるかなって」

「それにグラビアは枕とかよく聞くけど、おじいちゃんの知り合いの会社だから安心」


 あ、やっぱり枕って存在するのね。

 あのおじいさんが関わってる以上そういうことは無縁だと安心できるが平気な顔で言う2人にも戦慄する。

 やっぱりこの世界、華々しいけどそれ相応の闇も存在するのか。


「あ、マスター……さんにも可愛い浮気相手さんがいらっしゃるようですが、スカウトとかには注意してくださいよ! 大抵レッスンと称してお金稼ぐ人たちだったり私とは違って望まぬ水着を着させられる可能性だってありますので!――――イタイッ!」

「リサ、浮気相手じゃなくってお嫁さんたち。私と同じ」

「ふぁい……」


 浮気相手という言葉がダメだったらしくまたも飛んでくる奈々未ちゃんのデコピン。もはやどっちが年上かわからない光景だ。


 さっきは烈火の如く怒って今回はアドバイスまでして……。

 複数人と付き合うことに否定か肯定かわからない彼女に俺は苦笑いで受け流す。

 そんなこと言われても多分あの子達はきっと行かないだろう。もし行くとしてもまずは情報通である奈々未ちゃんを通すはずだ。


「理沙さ~ん。 次、出番で~す」

「あ、は~いっ!」


 そんな小さな2人の微笑ましいやり取りを眺めていると、ふと扉がノックされた後スタッフと思しき女性の声がかかる。

 さっきチラッと見た感じ見知らぬ少女が撮影していたし、あの子の撮影が終わったのだろう。初めて現場というものを見たが……随分と和気あいあいとして楽しそうだ。


「それじゃあナナさん、私先行ってきますね」

「ん。頑張って」

「はいっ! ……あなたも!さっき私が言った別れろって言葉、まだ有効ですからねっ!!」

「い、いってらっしゃい……」


 ビシィッ!と効果音が鳴るほど勢いよく指を突き出して告げる彼女に俺は応えること無く手を振って送り出す。なんだ、肯定的かと一瞬思ったけどやっぱり否定的だったのね。

 不満げな彼女の横顔を最後に部屋を出ていき、残されるのは俺と奈々未ちゃんの二人きり。


「ナナさんは渡しませんからね~!!」


 まるで捨て台詞のような言葉を出しながらゆっくりと閉まっていく扉がパタンと音を立てるやいなや、奈々未ちゃんは勢いよく立ち上がってツカツカと俺の横まで歩き、何も言わず膝の上にピョンと飛び乗ってきた。

 小さく、軽い奈々未ちゃん。いつかネコのアカリちゃんのように俺の膝で大人しく座る。


「……マスターさん、私、悔しい」

「悔しい? 何が?」

「マスターさんを見つけられなかったこと。 さっき話してた時、突然外を見てたリサが飛び出していったから何かと思ったら……。本当なら彼女である私が真っ先に見つけるはずだったのに」


 それはきっと俺と出会う直前。リサちゃんが隣に張り付いてくる手前での出来事。


 顎の下に入り込むように真っ白な頭をこちらに寄りかかってきた彼女から、そんな無念が伝わってくる。

 俺からしたらあくまでタイミングの問題。見つけられなくても運でしかないと思うのだが、きっとそういうことではないのだろう。


「――――でも、ホントによかったの?」

「っ……!? な、なにが……?」


 どう励まそうか悩んでいると、突然首がグルンと捻って上目遣いで見上げてくる奈々未ちゃんに思わず目を丸くする。

 蒼い瞳が真っ直ぐこちらを見つめ、無念さを感じさせないいつもの表情に俺も息を整える。


「さっきのバツのこと。せっかく揉み放題だったのに……」

「揉まないから……。奈々未ちゃんは揉んで欲しかったの……?」


 その話がまたもやってきたか…………。

 するわけないでしょう。たとえ奈々未ちゃんがよくっても、そんな事したら他の4人に抹殺される。

 匂いとか機微とか雰囲気とか……そういうのに敏感な子たちが多いからたとえ公言しなくてもバレるだろう。

 もし抹殺されない保障があってもする気ないけどね。散々言われてきたヘタレを舐めないで欲しい!!……言ってて悲しくなってきた。


「私の事をちゃんと愛してくれるなら。 私、浮気されても本気にならないなら肯定派だよ?」

「俺が浮気に否定派だよ……」

「むぅ……。おっぱい触ったあとの次段階まで考えてたのに」


 次段階!?段階があるのこれ!?


「だ、段階って?」

「マスターさんがリサの胸触ったらきっと発情するから、その時は私がこの身で全部受け止める計画。さっき考えた。えっへん」


 えっへんじゃなくって!!

 ただじゃ済まないとは思っていたがそんなところまで考えていたとは!!


 自信満々に胸を張った彼女はそのまま『撫でて』と言わんばかりに輝かしい瞳を向けてくる。

 あまりの可愛さに俺も抗うことなんてできずその手を頭に乗せると、目を細めて気持ちよさそうに膝の上で少し丸まってしまった。

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