033.役に立ちたい
「ねね、マスターはアタシと一緒に遊んでてよかったの?」
「ん?」
街から店へ向かう帰りの車内。
電車の揺れに揺られて少しウトウト仕掛けていると、そんな問い掛けによって意識が水面に引っ張り上げられた。
辺りを見渡すと車内には俺たちの他にポツポツと座っている者がいるだけ。というにも関わらず隣にピッタリとくっついている遥が俺を見上げてきていた。
「よかったって?」
「ここまで遊んでて今更すぎるんだけどさ、パーティーの準備とか大丈夫なのかな~……って」
あぁ、なんだそんなことか。
でも本当に今更だな。
今はテッペンからほんの少し時間の経った昼下がり。もう段々と影が伸びて太陽が赤く輝く頃合いだ。
ファンシーショップを出てからも色々なところで遊んだ。遊びまくった。
カフェで遥が大量のデザートを食べたり、ゲーセンで遥のパンチ力に負けたりと、本当に色々と。
しかしそれも終わり、今はこれから控えるパーティーに遅れないよう帰っている。
俺たちの乗る下りの電車はガラガラだが、上りの電車に乗るためのホームは平日ラッシュような混みようだった。
そんな様子を横目にノンビリと空きまくった椅子に座って帰路につく。暖房効果で暖かくなった椅子や足元に差し込む太陽の光。こんなに穏やかだと眠くなるのも仕方ない。
「仕込みは済んでるから大丈夫だよ。それに当日は奈々未ちゃんも手伝ってくれるって言ってたしね」
「そっかぁ……よかった。 って、ナミルンが料理!?」
奈々未ちゃんは早くに両親をなくし、今は祖父母が親となっている。
だからかは知らないが、家での料理は彼女が担当しているようだ。今日も仕事が終わり次第来るらしいから、帰ったらもういるかも知れない。
「あぁ。今頃始めてるんじゃないかな?だから安心してデートできたってわけ……遥?」
「むぅ~」
ゆったりと背もたれに身体を預けながら語っていると、遥が頬を膨らませているのに気づいた。
俺の膝に置かれている両手はギュッと固く握られ、納得いかないように何度も太ももをリズムよく叩いてくる。
「アタシだってマスターの役に立ちたかったのに~! 新婚さんみたいにお料理手伝いたかったのに~!」
「そんな事言われても…………」
そんなの初耳。事前に言ってくれれば手伝いくらい頼んだのに。
でも新婚さんか……たしかに一緒のキッチンに立ってるイメージあるよね。俺もああいうのは憧れる。
「そもそも遥、料理できるの?」
「できるよ~!」
あら意外。食べてるところしか見てこなかったからてっきり一切料理できないのかと。
「得意料理は?」
「得意なのは…………目玉焼きとか、インスタント麺とか?」
「それできるっていうの……?」
ちょっと……その腕前じゃ一緒のキッチンに立つのは難しいかなぁ?
でも伶実ちゃんも最初できなかったけど、仕込みさえしてれば今はメニューの物は作れるようになったし彼女もいずれは……!でも今じゃない。今日は難しい。
「でも……アタシだってマスターの役に立ちたいもん……」
「…………」
身体をこちらに捻ったまま顔を伏せ再びキュッと拳を握る彼女の俺は一瞬言葉を失う。
役に……か。俺も昔は母親の料理してる横に立って色々手伝おうと呼びかけたっけ。
そんな大昔の光景が懐かしくなり、フッと笑いながら彼女の頭を優しく撫でる。
「遥だって飾り付けの準備してくれるんだろ?十分役に立ってるって」
「でもぉ――――」
「それに」
なにか言おうとしていたところを優しく止め、不思議そうな表情を浮かべる彼女に笑いかける。
「――――それに、今日連れ出してくれただけで十分気分転換になったよ。 最近考えることが多かったからかな、今はすごくスッキリしてる」
「……ホント?」
「あぁ。大好きな彼女と二人きりでデートできて楽しかったしな。遥は?楽しくなかったか?」
「そんなことないっ! アタシだってすっごく楽しかったよ!!」
「ならよかった」
遥はそれ以上何も言うこと無く、俺の胸元にギュッと抱きついてくる。
お互い同方向を向いて少し不格好だが、それでも彼女の気持ちは十分伝わった。
優しく頭を撫でるとサラリとした長い髪が引っかかること無く指を通る。
優しく、穏やかな時間が帰りの俺たちを包み込む。
まだ日が落ちるには十分な時間がある太陽、暖かな暖房、彼女から伝わる体温と柔らかさ。
その暖かすぎる感覚に、撫でていた手がいつの間にか止まって眠気がまたも俺に襲いかかってきた。
「マスター、眠いの?」
「えっ……? あぁ、うん。そうかも……」
昨日遅くまで仕込みしてたからかな。やけに眠い。
気づけば一瞬だけ意識が飛んでいたようで抱きついた体勢のまま遥の顔がこちらに向いている。
「!! それじゃあマスター、こちらにどぉぞ!」
「…………?」
何を思いついたのやら、これまで抱きついていた遥は突然視線を正して俺から初めて距離を取ってくる。
……どうした?突然?
「ほら、アタシの膝で寝てい~よ! 駅についたら起こすから!」
「いや……それは……」
いくら寝ぼけでも俺の頭はある程度正常に動いていたようだ。
人が少ないとはいえここは車内。公共の場でそんなことをしてしまえば人の目が絶えず俺たちに注がれる事になってしまう。
「む~。 じゃあ……これは!?」
彼女はそれでも寝かせたいようで、今度は再び俺と肩が触れる少し手前まで近づいてから俺の身体を引っ張ってくる。
引っ張られるがままに上半身が倒れていくと行き着くのは彼女の身体。どうも俺が斜めに、肩を寄せ合う感じで倒れ込んでいるようだ。
「それなら……まぁ……うん」
「よかったぁ。 じゃあマスター、ゆっくり休んでね。近くなったら起こすから」
「ん……おやすぃ……」
ちょうどいい斜め具合と彼女から香ってくるいい香りも加わって俺の眠気が頂点に達したのだろう。
言葉も途切れ途切れになりつつ次第に落ちていく儚い意識。
落ちきる寸前、俺は遥かに手を握られる感覚を覚えながら闇のそこまで落ちていった――――
そして結局は遥も寝てしまって危うく乗り過ごしてしまうところだったなどとは、言うまでも無いだろう。
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