032.遥とだけの


「ねぇねぇマスター! これどう!?可愛くない!?」


 そう言いながら出したのは、人の上半身ほどの大きさのあるピンク熊のぬいぐるみ。


「おぉ、可愛いな。 でもちょっと大きすぎないか?」

「そうだねぇ……それじゃあこれは!?」


 続いて取り出して頭に当てたのは、フワモコした黒猫の耳付き帽子


「うん、可愛い。でも遥だったら犬のほうがいいかも」

「犬ねぇ……犬…………じゃあこれ!!」

「うんうん。それも可愛――――って、なにそれ!?」


 続いて取り出したのはさっきの犬バージョン…………ではなく、全く別のものだった。

 思わず同意しそうになったが、彼女がネコの帽子を交換して頭に当てたのは犬バージョン………ではなく、頭がスッポリ入るような被り物。

 妙にリアルな、柴犬の被り物。プラスチック製なのか妙にザラザラとした手触りが見た目からもわかり、何よりその目が怖い。

 大きく見開いてどこか虚空を見つめている虚無の目。光に反射して茶色の虹彩が目立ち、瞳孔がこれでもかと言わんばかりに開いている。


「あははっ! マスター、たのし~ね~!!」


 可愛らしい帽子から一転リアルな被り物への変貌具合に慄く俺とは裏腹に、ソレを外した彼女は相当楽しげだ。



 クリスマスを控えた今日。俺は遥とともにファンシーショップへとやってきていた。

 それは紛れもなくデート。彼女の要望でやってきた店。

 ファンシーショップというより正確には雑貨屋かも知れないが、そんなのはどうでもいい。違いなんてわからない。

 俺は心の底から楽しんでいる彼女の笑顔を目にし、ヤレヤレとフッと笑みが浮かぶ。


「ほかに何かないかな~?」

「随分と色んな物が置いてるんだな」

「だってそういう店だもん! マスター来ないの?」

「そりゃあね……」


 棚とか商品のパッケージとか、店内が基本ピンクで統一されてる店は俺一人じゃ入り辛い。

 昔は優佳に連れられてこういう店も来た覚えはあるが、昔過ぎて忘れてしまった。

 雑貨屋も色々と変わったものだ。人形に筆記用具にパーティーグッズに……色々とバライティーに富んでいる。


「あ、これ可愛い! マスター、どう思う~?」

「確かに可愛いけど……それピアスだぞ。 開けるのか?」


 続いて彼女の目に止まったのはピアスコーナーだった。

 ハートの輪郭があしらわれたシンプルなタイプのピアス。

 しかし彼女の耳にピアス穴は空いていなかったはずだ。これから開ける予定でもあるのだろうか。


「ん~ん、可愛いって思っただけ。 開けたくないよ。だって痛そうだもん」

「確かに……」

「だから買うとしてもイヤリングかな~。 今は要らないけどねっ」


 ピアスねぇ……。

 専用の器具があるとはいえ、自ら耳に開けるなんて考えるだけで痛くなってくる。

 あんな小さな穴でもかなり大変そうだ。なのに耳たぶ全域まで穴を広げる人もいるだとか……ホント、すごいと思う。


「あっ! こんなのもあるみたいだよ~! マスターはどっち~?」


 次から次へと目移りする遥が近づいていったのはクッションコーナー。

 普通に使えそうな物も並ぶ中、なにやらカラフルでバライティーに富んだ物が固められているところに行くと、そのうち1つの見本を見せつけてくる。


「じゃ~んっ! イエス・ノー枕だって!」

「まさか本当に……そんな物が実在してるとは……」


 彼女が引っ張り出したのはシンプルな枕。しかしカバーが独特な代物。パーティー向けのところに置いてあったのはまさかのイエス・ノー枕だった。

 話には聞いたことはあったが、まさか目にする事になった呆れで、思わずため息が出る。


「それでどっち~?」

「もちろんノーでしょ。むしろ俺がイエスって言うとおもう?」

「え~?私はいつでもイエスなのに……そこはほら、マスターもクリスマス効果的な? ……あっ!イエス・イエス枕もあった~!」


 なんと!?

 きっと綺麗に整列されて一目じゃわからなかったのだろう。

 イエス・ノー枕を戻した時見えた隣には、両面ともイエスしか描かれていない見本の枕が。


 確かにくるくる回転させても出てくるのはイエスの面ばかり。

 なんてものを作ってくれたのだ……!そしてだいぶ量あるけど売れてるの!? 


「マスター! これ買ってかない!?」

「買わない!!」


 そんなの買っていったら目の前の遥を始め他の4人も黙って無いから!

 つい最近狩人認定したんだからね……まったく、カモがネギ背負って歩くようなものだ。


「え~! マスターのヘタレー!」

「ヘタレでも何でも…………お、いいのあるじゃん。こっちなら買っていってもいいよ」


 やはり……というべきか。

 闇があればもちろん光も。天秤が釣り合うように右に寄りすぎれば左に寄るものも確かにあった。

 彼女の脇に手を伸ばして引っ張り出すのは、彼女が持つピンクの生地にハートマークが描かれたもの……ではなく、青い生地にバツ印が描かれたもの。もちろんノー・ノー枕だ。


「ヘタレ~! マスターのヘタレ~!」

「何とでも言うがいいさ! むしろ毎日これで寝てやろうか!」

「む~~!! …………ぷっ――――」


 互いにイエス・イエス枕とノー・ノー枕を手にしてにらみ合う図。

 もはやなんの争いなのかさっぱりわからないまま眉を吊り上げて両者睨み合っていたが、どちらからとも無く「ぷっ……」と吹き出すような笑い声が出て一触触発だった雰囲気が弛緩する。


「ぷっ……あははははっ!」

「はははっ! 


 まったく、なんてことで張り合ってるんだ俺たちは。

 遥がテンション高かったから俺もつられ変なテンションになっちゃったよ。



「……さて、何か買ってあげようかね」

「いいの!?」

「せっかくだしな。ちょっとした高得点祝いってやつだ」

「わぁ~いっ!」


 さっきの争いをノーコンテストで終わらせ、せっかくだし何かを買おうと辺りを見渡すと、ピッタリと遥が横に張り付いてきた。

 ……こういうところが犬っぽいんだよな。ピッタリとくっつく甘えん坊で、そして期待の籠もった目で見上げてくる。


「……これなんてどうだ?」

「……パズル? ……ううん、キーホルダー?」


 辺りを散策してふと目に留まったのは、とあるキーホルダー。

 ただの真っ白な1ピースのキーホルダーで、それ以外になんの特徴もないように思える。


「ほら、もう一個……黒いのを引っ付けると……ほら」

「あっ!くっついた!!」


 彼女に見せつけるようもう一個を棚から取り出して嵌めて見れば、パチっとピースの合う音が。

 俺もPOPで知ったがどうも2対で1つの代物らしい。どうやらカップルに人気の一品だとか。


「すごい!いいの!?」

「あぁ、もちろん。 数学頑張ったしな」

「ありが……! でも、いいのかな……私だけ……」


 きっと彼女が直前で思い出したのはみんなのこと。

 一人だけペアのもの貰っていいのかと思ったのだろう。

 けれど問題ない。俺はそう意思を込めて彼女の頭をそっと撫でる。


「ぁっ……」

「大丈夫。その時は俺がどうにかするよ。 でもまずは遥だけに。ペアのものを」


 おそらく確実にみんな俺に詰め寄ってくるだろう。

 その時は纏めて受け止めればいい。そのくらいの甲斐性はあるつもりだ。

 むしろ今日くらいカッコつけさせてもらわないと。せっかくのクリスマスなんだしね。


「っ…………! マスター!ありがとっ!!」

「わっ……! 遥……ここ店内……!!」


 突然。店内にも関わらず店のど真ん中で俺を抱きしめてくる遥。

 当然その姿は他の人々の目に入り、全員から微笑ましい笑みを向けられる。


 俺は一時は彼女に離れるよう促したもののその心底嬉しそうな笑顔を見て、何も言わず赤い顔のまま受け止めるのであった。

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