031.大人の対応
シャンシャンと楽しげなベルの音が聞こえてくる。
どこから聞こえるかは分からないが、それはきっと楽しいもの。
そこらでは店から聞こえる呼び込みがピークに達しておりどこもかしこも活気づいている。
道を歩くはたくさんの人々。どこからこんなに集まったんだと思うくらいの人が闊歩しており、その殆どは楽しげだ。
特に見えるは若者が多く、カップルや友人と思しき集団がその大半を占めている。
そこらの木には至るところに電飾が飾り付けられており、夜になったら点灯しようとする意気込みが太陽の眩しい今でも伝わってきていた。
季節は冬。師走の終盤。
24日の今日、街はクリスマスムード一色へと変貌していた。
クリスマスの街中は、どうしても浮足立つ。
熱心なクリスチャンでもないのに、身内の記念日でもないのに。
それなのにこうも1つのイベントで沸き立つのは日本人が何でも取り入れてきた結果だろうか。
もしくはただ騒ぎたい理由を探しているのか……その根本的原因はわからない。
しかし理由は何にせよ、羽目を外さない範囲で人々が楽しむのは決して悪いものではないだろう。
俺も今日という日は昔から胸が踊ったものだ。
そんな楽しい24日。まだ本番の夜には幾ばくかの時間があるとはいえ、街は人で溢れかえっていた。
きっと夜になればもっと人が集まるのだろう。それはきっと街の一角を埋め尽くすほどに。
多すぎる人には忌避感を覚える俺は想像上の光景にゲンナリしつつ、自らの左側に視線を移す。
そこには手を絡めるようにギュッと強く繋ぎ、頭をコテンと腕に倒しながら歩いている一人の少女の姿があった。
「歩きにくくないか? 遥」
「ん~んっ! 全然っ! むしろすっごく楽しいよ!!」
「そ、そうか……」
歩きにくさを聞いて楽しさで返ってくるという、不思議な会話をしつつも彼女だからと納得させる。
俺の隣には一緒に手を繋いでいる遥。
白いフワフワのセーターと黒いコート、そして黒タイツとワインレッドのミニスカートという少し大人っぽさをも感じさせるようなファッションの彼女は今日も明るく楽しく隣を歩いていた。
他に行動を共にするのは居ない、俺と遥の二人っきりでの散策。つまりはデートだ。
隣の彼女はニコニコ笑顔で身体を預けつつ、時折顔を覗き込むように見上げてはニヘラと破顔させてくる。
明らかに楽しく、幸せな笑顔。そんな彼女がふと気になったものを見つけたようで預けていた頭を上げ、そちらを指さしてくる。
「あっ!マスター! あのお店行きたい!」
「了解。あの雑貨屋ね」
指さした先は白の壁と水色の扉で彩られたオシャレな雑貨屋。
道を歩いていた俺たちは方向を変え、そちらに向かって歩き出す。
「えへへ~。 でぇと、でぇと、マスターとデート!」
「そうだな。 時間まではゆっくり過ごそうか」
「うんっ!!」
リズムを刻みながら歩く彼女はここ一番の上機嫌。
俺はそんな笑顔を浮かべる彼女と一緒に、道向こうにある雑貨屋へと向かっていった――――
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
時は数日前まで遡る。
時刻は夕方。場所は俺の店。
平日の夕方となって学校終わりにやってきた遥は、真剣な表情で伶実ちゃんと向かい合っていた。
両者の手には一枚の紙。そこにはお互いとある数字が書かれている。
今日は俺にとってはいつも通りの日常。しかし、彼女たちシンジョにとってはちょっとだけ特別な日となっていた。
それは2学期最後の日、終業式。冬休みを控えた学生にとって最後に学校へやって来る日だ。
学生時代だった俺も翌日から長期休みということで浮かれる最高の日。彼女たちも同じはずだが、その目は真剣そのものだ。
その理由が2人の手に握られている紙にある。
アレはシンジョで年に数度配られる点数が記載された紙。つまり、期末テストの結果が書かれた紙である。
テストが始まる直前、遥が突然いい出したのだ。「数学でレミミンに勝てたらデートして欲しい」と――――。
挑まれた伶実ちゃんはそれに了承しつつも、「逆に遥さんに勝てたら私とデートしてください」そう言って突如対決となった数学勝負。
他の3人がその場に居なくてそれ以上延焼することはなかったが、俺の予定は有無も言う間もない速度で埋まり、結果が出る今日を迎える。
敢えて学校で点数を見なかった2人はともにその点数を、今この場で披露するために集まったのだ。
「せ~ので行きますよ……遥さん」
「うん。 せ~のだね……」
両者真剣に見つめ合う。
個人的にはそこまで真剣になるほどかとも言いたくなったが、デートの日が24日の昼間、パーティー前となったことで火がついたのだ。
「それじゃあ――――」
「「―――せ~のっ!!」」
バッ!!
と、テーブル上、俺の近くに広げる2人の点数。
そこには国語や英語など基本教科に加え、それぞれの選択科目などの点数が記載されている。
その中で『数学』と書かれた箇所を見つけた。2人の点数は――――
「……伶実ちゃん、89点。 遥…………93点。 ……93点!?」
「ぇっ…………。 ホント!?ホントにホント!? ホントに93点!?」
まさか本人もそこまで取れるとは思っていなかったのだろう。
俺の言葉に驚いた彼女は紙を引き寄せ点数を確かめる。そしてその点が本物だと理解するやいなや側にあった椅子にペタンと座り込む。
「ホントだ……93点……レミミンに勝てた……」
「―――おめでとうございます遥さん。 テスト前に勝負を挑まれた時はまさかと思いましたが、90点を超えるだなんて」
勝負を挑まれた時は俺も伶実ちゃんも目を丸くしたものだ。
確かに成績は良くなってきてるけど本当に勝てるのかと。それがまさか勝ってしまうだなんて。
「それにデートの件もおめでとうございます。マスター、当日はお願いしますね?」
「伶実ちゃん……」
あくまで大人の対応、優しげに褒め称え、俺に告げる表情は笑顔だった。
しかし雰囲気は明らかに悔しそう。少し手が震え、なんとか心を抑えていることが見て取れる。
だから、ハーレムを作った俺として、その震えている手を取って――――
「伶実ちゃん。24日は遥だけど、パーティー終わったら二人きりで出かけようか」
「………いいんですか?」
「もちろん。負けたとはいえ伶実ちゃんもテスト頑張ったんだしね」
俺が目を向ける先は数学以外の点数。
そのどれもが高水準でまとまっており、数学が突出してムラのある遥とは大違いだ。
確かに遥は褒め称えるべきだが、これで伶実ちゃんを蔑ろにするのは間違っているだろう。
そして100点常勝の灯は…………まぁ、おいおい考えよう。
「……ありがとうございます。 でも、だったらなおさら、今は遥さんですよ」
「うん、そうだね。 遥、おめでと――――わっ!」
「マスタぁ! ますたぁ!! アタシやったよぉ!!」
伶実ちゃんに優しく諭され、遥の方を向こうと振り返った先に見えたのは、紺色の布。
大手を広げて抱きついてきた彼女を受け止めることに成功した俺は、その小さな頭を優しく撫でる。
「おめでとう。頑張ったな」
「うん……!がんばったっ……! だからマスター、ギュッと抱きしめてぇ……!!」
「はいはい」
まぁ、今日くらいはいいだろう。
俺は胸元に顔を埋めて聞こえづらい声を聞きながら優しく抱きしめる。
「……ん?」
抱きしめ合う俺と遥。
しかしそれをよく思わない人物が一人、この場に居た。
その人物は背を向けている俺の背中に抱きつき、小さく声を発する。
「むぅ……。称賛するよう言いましたが、抱きしめるのは許してません。 するなら私も抱きしめて――――きゃっ!」
「レミミ~ン!レミミンありがとね~! レミミンが居なかったらここまで点数取れなかったよ~!!」
背後の拗ねた人物……伶実ちゃんが要求し終えるよりも早く、その手を引っ張って抱き寄せたのは遥だった。
彼女は背中に抱きついている伶実ちゃんを起用に引き寄せ、その抱きしめの輪に加えていく。
「はぁ……まったく。遥さん、そんなに強く抱きしめたらシワになっちゃいますよ」
「シワになってもいいよ~! うぇ~んっ!!」
「しょうがないですねぇ遥さんは……」
制服にシワがつくことも厭わぬ遥に、伶実ちゃんは諦めたように手を大きく広げて俺たちをギュッと抱きしめる。
遥が感極まって泣く中、俺たちは3人でずっと抱きしめ合うのであった。
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