043.感づかれた事実
「あ゛~。 あったま痛いわぁ……」
「優佳……あなたねぇ、どれだけ昨日はしゃいだのよ」
フラフラになりながら俺の手を借りて立っている優佳に、母さんが呆れている。
昨晩のクリスマスパーティーを終え、25日となったお昼前。
ウチに泊まったシンジョの3人は、母さんが用意してくれた車に乗り込んでいた。
理由はもちろん、家に帰るため。昨晩からお借りしてたんだしそろそろ帰さないと親御さんが心配する。
そうしてみんな車に乗り込んだはいいが、最後に優佳だけは一向に車に乗ることができない。
足もフラフラ、頭もガンガン。完全に二日酔いだ。昨日の飲み方がマズかったのか随分とダメージは深そうに見える。
「よく覚えてないのよぉ……。みんなの前でコッソリ持ってきたウイスキー開けたとこまでは覚えてるんだけど……」
「そんなの持ってきてたのかよ……」
俺が把握してたのはほろ酔いする程度の軽いものだったのに、まさかそんなものを持ってきていたとは。そりゃあんな惨状になるのも納得だ。
しかしその代償も相当のようで、肩を抱えられながらバランスを取っている彼女の顔は真っ青かつ今にも倒れそう。
後部座席に乗っているみんなも心配そうな顔を浮かべている。「大丈夫?」との問いかけになんとか応えられているがその実なかなかきつそうだ。
「……はぁ、仕方ないわね。優佳、アンタは残りなさい。 それで総は優佳をみてること」
「え、俺も?」
「当たり前じゃない。 家主が出ていってどうするのよ」
うっ……!その通りなんだけど、なんだか伶実ちゃんに店を任せて出ていってたからダメージが……。
でもまぁたしかに、俺が車に乗り込んだところでみんなを降ろして終わりなんだから、乗らなくても問題ないだろう。
「じゃあ俺も残ってくよ。 みんな、昨日はありがとね」
「マスターこそ、ありがとうございました。 片付けまでしてもらって。……ほら遥先輩、伶実先輩」
「…………」
「…………」
一番窓際に座る灯が返事をしてくれるが、その奥に座る2人は下を向いたまま微動だにしない。
灯に促されるも2人が動くことは難しそうだ。
「何?総ってば、2人と喧嘩したの?」
「喧嘩したわけじゃないけど、なんていうか……」
「それが私たちにもわからないんです。 朝起きた時からこんな感じで…………」
母さんにジトっとした目を向けられ、灯には疑問符が浮かんでいる。
それもそうだろう。朝の衝撃は相当だった。
顔も見れないと思っていたが2人も同じだったようで、日が昇って顔を合わせるとお互い視線を逸して何も話せなかった。
別に喧嘩したわけじゃないから後ろめたいことでもないんだが、なんかこう……恥ずかしい。
「……そ。 ま、早いとこ仲直りしちゃいなさいよ。でないと愛想尽かされて離れていっちゃうわよ」
「ん。それだったら私がマスターさんを独り占めするから……」
「ちょっと奈々未ちゃん~? 独り占めって私もいるんだからねぇ?」
洒落にならない母さんの冗談に反応したのは奈々未ちゃん。
この近くに家がある彼女は送って貰う必要もなく、反対側から優佳を支えてもらっている。
そして被せるように灯も参戦。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、母さんの前で修羅場は勘弁してほしいかな?
「お……かあ……さま……」
「あら、伶実ちゃん?」
車の扉越しに睨み合っている灯と奈々未ちゃん。そのせいで揺れて体調の悪化しかけている優佳を宥めていると、ふと奥から伶実ちちゃんの声が聞こえてきた。
彼女は顔を伏せながらも手を伸ばして母さんの肩に触れている。
「ゴメンね、このバカ息子がバカで。愛想尽かさないであげて? バカだから学習しないのよこのバカ」
何回バカって言ってるんだ母さん。
あんまり言ってると俺も抵抗を……あ、ダメだ。事実すぎて何も言い返せない…………
「その……私、たちが愛想尽かすことは……この先何があってもありえませんので……」
「――――!」
途切れ途切れにしながらも告げる伶実ちゃんと、それに頷く遥。
何があっても……か。嬉しい。素直に嬉しすぎる。
「そう? よかったわね、総。アンタ愛されてるわよ」
「あぁ、そうだな……」
なんだかそんな2人に感化されて俺まで赤くなるのを感じる。
不意打ちはズルいよ二人とも。
キスまでされてそんな事言ってくれるなんて……。
「さてと。ごちそうさまということで、もう行くわ。 優佳、調子良くなったら帰ってきなさい。……それと、何か知らないけどしっかりやるのよ」
「…………はぁい」
しっかりやる? なんのことだ?
「総も。後はお願いね」
「え? あぁ、わかった」
ついついさっきの言葉の意味を考えかけていたが、続いて俺に話しかけられたことでさっきの疑問が霧散する。
その言葉を最後にエンジンをふかし、車を発信させる母さん。
俺は灯が手を振るのに返しつつ、車が見えなくなるまで見送っていく。
……2人とも、次会う時は落ち着いているといいけれど。
「……さて、俺たちも店入るか」
道路に他の人の気配がなくなって店前に残るのは俺たち3人。なんだか全て無事に終わってホッとする。
なんとかクリスマスがおわった。プレゼントも喜んでもらえてほんと良かった。そして俺も疲れたよ。姉をベッドに放り込んで二度寝したい。
振り返って店の扉をくぐろうとすると同じように優佳を支えてくれている奈々未ちゃんも入ろうとしていることに気づいた。
「……奈々未ちゃん、そろそろ戻らないと時間まずいんじゃなかったっけ?」
「ん、たしかに。今ちょっと危ない」
彼女は家が近いと同時に、おじいさんに戻ってくるよう呼ばれているのだ。
スマホを取り出して時刻を確認するともうギリギリライン。今すぐ戻って間に合うといった状況だ。
「優佳は大丈夫だから奈々未ちゃんは行っていいよ。ありがと」
「…………」
「奈々未ちゃん?」
奈々未ちゃんにも帰るよう促すも、彼女は支えている腕を解くことなくその場から動こうとしない。
どうしたのだろうと彼女の様子を伺うと、同じくその視線がこちらに動いてきて目が合ってしまう。
「マスター、本当にあの2人と何があったの?」
「それは……」
それは……どう答えれば良いのだろう。
事実を伝えるのは簡単だ。しかしそれだとまた話がややこしくなるし奈々未ちゃんがヒートアップするし帰るのが間に合わなくなるしで良いことが何ひとつとしてない。
答えても答えなくても大変な状況にしばらく無言で考え続けていると、ふぅと彼女の息の吐く音が聞こえてくる。
「じゃあ……また今度、教えてくれる?」
「……うん」
「分かった。なら今日は帰る、ね」
ホッ……。
彼女の内でどんな結論になったかわからないが、今日のところはなんとかなりそうだ。
するりと奈々未ちゃんが抜けたことで優佳を支える姿勢を調整していると、ポンと背中を彼女の手によって触れられる。
「じゃあ、また来るね。 マスター、その時教えてね」
「あぁ……おじいさんとおばあさんにもよろしく」
「ん。今度はリサと一緒にゆーわくしに来るから」
そう小さく告げて早々に去っていく奈々未ちゃん。
誘惑……誘惑ねぇ。もう十分落ちてるんだからそんな事する必要ないのに。
後ろ姿を見送りながらそんなことを考えていると不意に吹き付ける風に自らの身が震える。
寒い寒い。早く戻って暖まらんかキャ。そう振り返って今度こそ店に入ろうとすると……動かない。どうやら支えている優佳が服を引っ張っているようだ。
「どうした優佳? トイレか?」
「……そんなわけないじゃない。 二人きりになるの待ってたのよ。 もういいわ、離しても」
さっきまでの様子とは一転。
自らの両足でしっかりと立った彼女はケロリとした様子で俺を見据える。
それは二日酔いなんか感じさせないような、そんな豹変のしよう。
なんだ……?少しいつもと違う雰囲気が……。
「……大丈夫なのか?」
「えぇ、二日酔いはウソだったもの。 ちょっとアンタに聞きたい事があっってね」
嘘?二日酔いが?
俺と話すためにそなんでんなことを?
「なんでそんな嘘なんか……」
「ちょっと二人きりになりたくって。 間違ってたらヤだしね」
店の前で向き合った俺は、血色の良い彼女を見据えながら、その髪をなびかせてゆっくりと口を開く。
さっきとは一転真面目な雰囲気。そして何か確信を持ったような振る舞い。
これは、やはり優佳も朝のことを知って…………?
「朝からずっと伶実ちゃんと遥ちゃん様子がおかしかったわね。 ……アンタ、あの子達とキスしたわね?」
「っ――――。 はぁ………・」
確認を取るように、確信を持ったように出た言葉は、まさしく真実。
遥かに続いて彼女も見ていたのか、そう思わせるほどしっかりと自信満々で告げる彼女に、俺は天を仰いで大きくため息をついた。
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