058.誤解の沼
「失礼致します。 大牧さん、皆様、あけましておめでとうござ……あら、これは――――」
彼女は、なかなかに気まずいタイミングで現れた。
灯ちゃんが作ってくれたおせちを、みんなで食べている最中。
伶実ちゃんと優佳も復帰し、5人で仲良くつついていたその時だった。
昼というにはまだまだ遠く、ブランチからも少し早い時間帯。
朝食だかブランチだかわからない時間帯に食べるものだから、女性陣はみんな少食であった。
そんな中、俺だけが食欲のあり、全員が1つのテーブルを囲むことだから起こってしまう結論は1つ。
「マスター! はい、これも私が作ったので是非食べてください!」
「マスターマスター!これ美味しそうだよ! はい、あ~ん!!」
結論は当然、全方位からのあーん攻撃だった。
左右には既に灯と遥が食べ物を突き出していて、残る2人も今か今かと待ち構えている。
灯が作ってくれたという昆布巻きを突き出すのは分かるんだけど……遥よ、海老を出すならせめて殻は剥いてくれませんか?殻は食べられない派なんですよ俺は。
「あむっ!」
「あ~! マスターってばあかニャンばっかり~!…………って、ママだぁ。ヤッホー!」
なんとしても殻付き海老を食べさせようとする遥と食べたくない俺とで言外の争いを続けていると、ふと彼女が店に入ってきた存在に気づいたようで手を降り出す。
え!?ママってことは紀久代さん!?
「紀久代さん!? おはようございます!」
「おはようございます。 娘と仲良くやっているようで何よりです」
慌てて立ち上がった俺とは違い、凛とした立ち振舞いで今日も和服姿の彼女は冷静さを損なわずお辞儀をする。
彼女はいつも和服だが、今日のは心なしか豪華な気がする。それこそ遥に負けないくらいに。
「そしてあけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします。 それで、本日はどのようなご用向で……」
ただの挨拶ということは分かっているが、それでも俺はあえて問いかける。
だって手にすっごい見覚えのあるアタッシュケース持ってるんだもの!!その中身不穏しか感じないんだよ!!
「ただ新年の挨拶のつもりでしたが……年越し早々酒池肉林で将来は安定ですね。孫はまだですか?」
「そんな事してませんって! 普通におせち食べてただけですから!!」
孫って……そんなのまだ早すぎるでしょ!
ほら、遥だって顔赤くしてうつむいちゃってるし!!
おせちをあ~んで食べていたことはこの際普通ということで!!!
「そうですか。 でも見た限りでは一人……奈々未さんがいらっしゃらないようですが」
「あぁ、奈々未ちゃんは……今日は多分来れないと――――」
「呼んだ?」
「――――うわっ!?!?」
この店に一人だけ足りない。そのことを紀久代さんもすぐに気づいたようだ。
でも今日のところは話をややこしくしないため適当に説明しようと思っていたところ、突然背後から白い髪と白い肌。青い瞳を持つ奈々未ちゃんが姿を現して思わず声を上げてしまう。
「あら、いらしたのですね。 あけおめです」
「ん。あけおめ」
あけおめって……凛とした声で紀久代さんが言うと違和感すごいんだけど。
しかし、すぐに俺も紀久代さんも彼女の行動に疑問を持ったようだ。俺たちは同時に気づき、そして頭に疑問符を浮かべる。
「……? 奈々未ちゃん、紀久代さんの背中に隠れてどうしたの?」
「…………その……。私だけ、服……着てない」
「服? 普通に着て――――あぁ」
あぁ、たしかに。
奈々未ちゃんが紀久代さんの背中に隠れて出て来ようとしないことを不思議に思ったけど、そういうことか。
服なんて言われて全裸かと一瞬思ったが、言われてみれば他の全員色とりどりの和服を着てるのに対して彼女は私服だ。
白いトップスに薄紫のロングスカートと随分と楚々とした格好だが一人だけ洋服で奇しくも目立つ結果となっている。
「そういうことでしたか。 でしたら私のでよろしければお召になりますか?」
「……あるの?」
「はい。こんな事もあろうかと車には奈々未さんも似合いそうな服がございますので」
こんな事ってどんな事!?それってもう未来予知では?
奈々未ちゃんが午前中に起きたことは意外だが、それ以上に紀久代さんの先見の明には脱帽だ。
けれどその言葉を受けて背中に隠れていた彼女も目の前に出てくれた。驚きで満載だが結果オーライか。
「あ、ナミルンだぁ~! あけおめ~!!」
「みんな、あけおめ」
「マスターには来れないって聞いてたけどどうしたの~!? もしかして夜更かしでもしちゃった~!?」
ニヤニヤと口元を隠して聞いてくる遥と、無表情で受け止める奈々未ちゃん。
あ、バカッ!そんな事聞いたら面倒なことに――――
「ん。昨晩は年越しの瞬間マスターさんに襲われて、捨てられた」
「「襲われたぁ!?」」
予想のはるか上をいく彼女の回答に、おせちを囲んでいた面々は驚愕の表情に変わり、俺は頭を抱える。
なんて言い方を……!完全に誤解を招く言い方になってるだろうに……!
「大牧さん、奈々未さんを捨てたのですか? こんなに尽くしてくれるいい子を……みんな守るって言ってたのに……」
「誤解ですっ!! 捨てたりなんかしません!! ほら、奈々未ちゃんも誤解解いて!」
「マスターさんは、私が寝てる隙を見計らって『もう要らない』って言うように黙って出ていって…………」
「誤解だよぉ…………」
何その説明はぁ……。
俺一言もそんな事言ってないよぉ。むしろおじいさんが帰ってくるまで頑張って耐えてたんだから!!
「大牧さん……あなた、もしかして娘にも……」
「誤解ですって! 確かに昨晩は彼女と一緒にいましたけど、おじいさんが帰ってくるタイミングで入れ替わるように帰っただけです!」
「ということはその時間まで二人きり……そして襲われたということは第一子は奈々未さんに狙いを絞って……」
「あぁもうっ!」
曲解がどんどん深く!まるで底なし沼みたいだコレ!
これ以上なんて言えば……もう何言ってもまた変な捉え方をされるような気しかしない。
けれど、紀久代さんの次の言葉はそんな俺を救い出すものだった。
「なんて、冗談ですよ」
「……えっ?」
「冗談です。 大牧さんがそんな事しないということはわかってます。娘から散々ヘタレだと言われてますので」
それは……褒められてるの?けなされてるの?
でも冗談か。よかった。なんとか深みからは抜け出せたようだ。
まったく。紀久代さんが言うとまったく冗談に聞こえないのが恐ろしい。
「わかってくれるんですか?」
「もちろんです。もしマスターにそんな勇気があるのなら、娘のあの胸に耐えられずとっくに襲っているでしょう?」
「…………」
あ、これ完全にけなしてるやつだ。
幸い遥は合流した奈々未ちゃんと話していて聞いていないが、確かに彼女の胸には鉄の意志が何度も発動した。
今は和服でそれも緩和されているが、水着とか夏場はホント怖い。
「まぁ冗談は置いておいて、私も時間が迫ってますしそろそろ本題に入りますね」
「あ、まだ本題じゃなかったんですか?」
「もちろんです。 あなたも、見当は付いているでしょう?」
ふと切り出したその言葉に、俺は黙って首を縦に動かす。
ドンッ!と音を立ててテーブルに乗るは銀色の、厳重そうなアタッシュケース。
それを慣れた手付きでロックを解除した彼女は開ける前にちらりとこちらを見た。
「そろそろ、お決めになりましたか? この使い道を」
そう言って開けた中に見えるのは、正真正銘この国の紙幣。
国の最高額紙幣が所狭しと並べられた、まさしくお金の束であった。
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