021.揺れる世界


 お酒の席――――


 それは大人になれば殆どの者が経験するであろう、1つのイベント。

 大好きだと言う人もいるかもしれない。もしくは逆に大嫌いという人もいるかもしれない。

 好きも嫌いも様々だが、一概に嫌いといっても雰囲気や他人が居ること、もしくはお酒自体がダメなど、様々な理由があることだろう。


 俺といえば好きでもあり嫌いでもある。

 仲間内でゆったりと飲むのは好きだが、大人数で飲んだりするのはどうしても苦手だ。

 お酒はあまり飲まないが弱いというほどではない。決して強くもないが程々に飲む程度なら問題なくこなせるレベル。


 

 だから今回のお酒の席は、俺としては好きなほうだ。

 場所は実家で顔も名前も知らない人の目を気にすることもない。

 それにメンバーも悪くない。母に姉、そして知った仲である2名のみという少人数。


 つまり平和な席というのが確定しているのだ。

 いざ体調を崩してもベッドに直行すればいいし、最悪リビングで寝ても文句は言われるだろうが凍死の心配はない。

 だからまぁ、何の事前通告もなく始まった件については水に流したはずだった。並べられた料理はどれも美味しいし、楽しいお酒の席でもあるのだから……。


「そ~お~! なぁんでこっち見ないのよ~!」

「…………」


 楽しいお酒の席……のはずだった。


 グワングワンと視界が揺れ、手にしていたお酒を零しそうになったからテーブルに対比させる。

 揺れすぎたせいで眼の前のクラッカーが二重に見えて取り損なってしまう。

 別に酔っているわけでは無い。…………厳密に言うと酔ってるが視界がブレるほど酔ってはいない。

 なら何故二重に見えるのか……。それは単純な話、物理的に身体が揺れているからだ。


 自ら起因のものではなく、外的なもの。それも地震などの天災ではなく、どちらかというと人災。

 俺の真横に居る人物、優佳が肩を掴んで思い切り左右に揺らしているのだ。それも加減なんて知らない全力で。

 彼女の吐息からは思わず顔をしかめるほどのアルコール臭が漂ってきてその原因なんて脳で考える前に脊髄で答えを出せるほど。




 話は多少前後するが、突如始まった我が家での同窓会はそれはもう、明るく楽しいものだった。

 俺と優佳と母さん、そして愛子と愛理を加えた5人で始まった会。以前の同窓会のやり直し。

 まだ自我の残っていた優佳によると、以前は途中で奈々未ちゃんや伶実ちゃんらが入ってきてゆっくりお話出来なかったから、今度こそリベンジ回!ということらしい。

 最初はお酒も無い普通のパーティーという感じで何事もなく平穏な時が続いた。けれど、お酒が入った途端優佳が変貌したのだ。


 何杯飲んだかはわからない。けれど泥酔したように俺にべったりな彼女は相当量飲んだのだろう。

 さっきからこっち見ろって言ってくるし……何するつもりだ。店での一件があるから向くのが怖いんだよ。


「愛されてるわねぇ。ねぇ、大牧君?」

「これは愛されてるというか絡み酒じゃない? ……てか、今日は大丈夫なんだな」


 お酒片手にほんのりと頬を染めながらチーズを口にくわえるのは、悪酔いの怖さ堂々の一位、愛子。

 彼女は以前、変に酔ったせいで服脱ごうとしてたからな。今日も少し怖かったが今の様子だと余裕そうだ。


「そりゃあ、人の家だしママさんも居るしね。 人目のある時は羽目外さないわよ」

「前の居酒屋のほうが人目あったんじゃないか?」

「あれはぁ……ほら! ”ナナ”が来てくれたからついテンションが振り切っちゃったのよ!」


 目を泳がせながらようやくそれっぽい答えを出した愛子はグイッとコップを傾ける。

 ほらほら、そんな飲み方してるとまた変に酔っちゃうんだから……。


「お姉ちゃん、今日は飲みすぎないんでしょぉ?」

「おっとそうだった……。 悪いわね、これから教員になるんだからお酒で失敗は二度としないの。だから私の裸が見たいって思っても無駄よ?」


 そんな事思ってるわけ……ないじゃないですか。

 いやホントに。目に入りでもして、それが他の子たちに知られた時のことなんて考えたくもない。


「じゃあ、この姉どうにかしてくんない? 揺れて何も口に出来ないんだから」


 こうして普通に話してはいるが、俺の身体は未だに左右へ振れ続けている。

 右へ~、左へ~。右……かと思ったら左へ~。まさしく振り子のように揺れているせいでお酒もおつまみも食べることが出来ない。

 まだ余裕だけどあんまりやり過ぎると気持ち悪くなりそう。


「でも優佳ちゃんは今日の為にずっと頑張ってくれてたから少しは甘えさせて欲しいな……なんて……」

「頑張る?」

「うん……。 今日の会の為にバイト、結構詰めて頑張っててくれたらしいの。 酔いが早いのも疲れてるからかな~……って」


 少し控えめに、しかしまっすぐ言葉を連ねてくるのは双子の妹、愛理。

 愛子はハキハキと、そして愛理は控えめな性格で両極端な双子だ。


 しかしそういうことか……今日だって忙しい時間帯に行った時、店員さんのみんな慌ただしく動いていた。アレを詰めていたとなると、疲れもするよな。


「でも、何か口にしたいならちょっと口開けて待ってなさい」

「? こう?」


 酔いの早い理由、そして彼女の頑張りも鑑みて何もしないでされるがままでいると、ふと愛子が口を開けるよう促してくる。

 何事かと少し不安にも思ったがとりあえず口を開けて待機。すると彼女はさっき俺が取り損なったクラッカーをダーツのように構えて――――


「よし……そのまま……。 ほっ!! …………やった!入った!」

「お姉ちゃん! すごい!!」

「愛理だってきっとできるわよ。 ほら、次は愛理の番」


 ダーツのように手首のスナップを聞かせて飛んでいったクラッカーは、見事俺の開けた口の中へ。

 まるでブル中央に命中したときのような喜びを見せた彼女は続いて愛理を俺の正面へ。 え、これ続くの?


「失敗したらゴメンね大牧君…………えいっ!」

「っ――――! ハムッ!!」


 揺れ続けた視界不良の中でも長いことその状態だと慣れてくるのが人体の不思議。

 揺られつつも彼女の手の動きを冷静に見つめ、その軌跡が頬に当たることを予見した俺は無理矢理身体を捻らせて宙に浮くクラッカーをパクリ。

 なんとか食べさせることに成功した彼女らはその場でワッと沸き立っていく。


「お姉ちゃん!私も出来たよ!」

「えぇ、すごいわ! じゃあ次はこの焼き鳥を――――」

「まてまてまて! ゲームじゃないんだからもうおしまい!!」


 次はまさかの焼き鳥と。串に刺さっていたのを外そうとしたのを見て慌てて俺は立ち上がる。

 焼き鳥っていってもタレじゃん!それ落としたら大変なことになるよね!?てか食べ物で遊ぶのはダメだから!!


「わかってるわよぅ。 ちっ、ハーレム作った男への罰ゲー……ご祝儀が……」

「聞こえてるぞ~」


 何故罰ゲームになるのだ。

 呆れながらも黙々と串から外していく取りに少し嫌な予感もしてテーブルを回ろうとする。

 しかし、それはふと服が何かに引っ張られる感覚で足が止まってしまった。


「おっと……? 優佳……?」


 引っ張っていたのはさっきまで俺を揺らしていた優佳。

 立ち上がってせいで身体は倒れかかっていたのを自らの腕で支えていて、けれど片手は俺の服をギュッと握っていたのだ。


「総……またアンタ……どっか行っちゃうの……?」

「えっ…………?」

「お店の時もそう……。 アンタ、またあたしに秘密でどっか行っちゃうの?寂しいよ……」

「え? えっ!?」


 突如影を落とす彼女に慌てる俺。

 なんでそういう話になるの!?ちょっとテーブル回るだけなのに!?


「あ~あ、大牧君が彼女を泣かせた~」

「いけないんだ~! いけないんだ~!」

「ええい! そこの双子、うるさい!!」


 そんな様子を見てガヤを入れてくる外野。

 俺は突然の優佳の変貌に戸惑いながらも、なんとか宥めていくのであった。

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