022.絶体絶命
「愛子、そっちからベッドに乗せるぞ」
「わかったわ。愛梨もフォローお願いね」
「う、うんっ!」
「「せーのっ!」」
ポスン、という音とともにベットが沈みこむ。
昔から彼女が愛用しているベッド。スプリングが人一人分の重さを受け止めるとともに俺たちはふぅと息をつく。
「ふ~、なんとか運べたわねぇ。 久しぶりに体動かして汗かいちゃったわ」
「怪我……無くてよかったね、お姉ちゃん」
「ホントよホント。 ……あ、これが優佳の使ってる化粧品ねぇ。 ねぇ大牧君、ちょっと見てもいい?」
「いいけど、変にさわるなよ?」
「平気よ平気!」と軽い口調で返事をしながら2人は部屋の隅にある優佳の化粧品を眺めだす。
優佳が酔っ払ってから程なく。
俺たち4人は優佳の部屋へと足を踏み入れていた。
さっきまで行われていたお酒も含まれている飲み会。
絡み上戸から泣き上戸。お酒の力で瞬く間に変化していった彼女はプツンと糸が切れたように突然俺を掴む力を失い、その場に倒れ込んだ。
突然のことで慌てに慌てたがどうやら眠っているよう。
どうしようかと頭を悩ませたが、ずっと遠くから見守っていた母さんの言葉により3人で2階の部屋へ運ぶこととなった。
優佳自身は軽くとも人というのは意識を失えば途端に運ぶのが辛くなる。特に階段とか大変だったがなんとか部屋までたどり着き、ベッドへ寝かせることに成功した。
「優佳ってば色んな種類を試してるのねぇ…。 ……そういえば大牧君、ハーレムってどんな感じ?」
「え、俺?」
棚を見ていた愛子が突然問いかけてくるものだから思わず聞き返す。
どんな感じ……とは?
「ほら、よくあるじゃない。 椅子に座ってお酒片手に女の子侍らせたりしてるの。ああいうのってホント? それとも大奥みたいにドロドロした争いがあったり?」
「言いたいことはわかる……でも全然だからな。相手を支配どころか俺が翻弄されてる感あるし」
椅子に座ったハーレムの様子。イメージして真っ先に思いついた印象は、支配。そして全てを手中に納めるといった印象だった。
少なくとも俺たちにそういうのはないはずだ。むしろあったら看病した日みたいに身体を拭く拭かないであんなドタバタしないわけだし。
「ふぅん。 じゃあドロドロは? 女の子同士で仲悪いってないの?」
「無いと思うぞ。居酒屋の時だって険悪な感じじゃなかったしな」
「確かに……」
「そっか……無いんだ……」
ちょっと愛梨まで?なんで残念そうな顔してるんだい?
そも本心なんて各々本人しか知る由もないが、きっとみんな仲良くしているだろう。
お店でも仲良くしてるし、険悪なところなんて見たくない。
「あくまでイメージはイメージってことね。 仲良くやれてるようでよかったわ」
「お陰様でね」
そう。イメージはイメージだ。支配とか屈服とか、そういうのは趣味じゃない。喧嘩だってできる限りは抑えてみせる。
「大牧君、優佳の様子はどう?」
「…………グッスリだな」
彼女の問いにすぐ横にいる優佳へ視線を移すと、穏やかに胸を上下させながら寝息を立てている姿が目に映る。
運ぶ時も今も騒がしかったのに起きる気配すら見せないのは、お酒の力と疲れの相乗効果なのだろうか。
「そっか……。 でもちょっとベッドの位置は寝づらそう。もう少し調整しない?」
「それもそうだな。 ちょっと動かすか」
さっきは下ろすので精一杯でベッドの位置なんて何も考えていなかった。
その言葉の通り、優佳はベッドで寝ているものの枕からは遠く、足は少し飛び出して少し寝返りすれば落ちてもおかしくないほど。
俺たちは今にも落ちそうな彼女を修正するため再びベッドへと集まる。
「……別にこのくらいの移動は俺一人で十分だよ?」
普通にお姫様抱っこで少し浮かすだけで良かったのに、何故か2人まで来てしまった。
さっき運ぶ時助けを呼んだのは階段があったからだし、ちょっとくらいなら俺だけで問題ないよ?
「そんな事言って、「寝ている優佳の身体を好き放題できるぜ。グヘヘ」って思ってるんでしょ」
「俺、一体どんなキャラになってんの?」
「思ってるの大牧君……? へ、変態……」
「思ってないって!愛子の妄想だから!」
なに濡れ衣着させようとしてるんだこの双子の姉は!妹が信じちゃってるじゃん!
百歩譲ってそうだとしても恋人同士だから交渉の余地は残されてるでしょう!?
「ってことで大牧君は私と交代。 こっち来なさい」
「なんか釈然としないけど……わかった」
別にいいけど……2人で運べるの?
そう一抹の不安を感じながら愛子の居る位置へと向かっていく。
愛子と入れ替わるように移動した先は、優佳の頭を上にしたベッドの左下。右下で眠っている優佳とほぼ隣接する形。このままベッドに倒れ込んだら優佳と同衾できる位置だ。しないけど。
「気をつけなよ。ベッドから落とさないようにな」
「そんなヘマしないわよ。 でもその前に…………ごめんね」
「えっ――――」
俺と入れ替わりでベッド側面に向かう愛子を見送ろうとしたが、それは叶わなかった。
これまでなんとも無かった視界が突然大きく揺れ動き、瞬く間に眼前は天井を映す。
真っ直ぐ伸びていた膝は折れ、背中には柔らかなマットレスの感触が。
これは……ベッド?ベッドに倒れ込んだのか?
「なんで――――グッ!!」
「ゴメンね大牧君。 騙すような真似をして」
「あい……こ……?」
腹部に加わる突然の衝撃に少し酸欠になりながらも見上げた先にいるのは、腹に馬乗りになって俺を見下ろす愛子の姿。
一体何故……なんで俺が押し倒されているんだ?
「愛梨……! 愛子を止め――――」
「ごめんね大牧君……私もお姉ちゃん側なんだ」
突然乱心したのか姉の暴走を止めてもらうため、すぐ近くに居る愛梨に声をかけたものの、彼女も俺の足に馬乗りになって動きを封じてくる。
幸い腕は動かすことができるが身体は持ち上がりそうもない、絶体絶命といった様子。気道の確保に成功した俺は無表情の愛子を見上げる。
「愛子……何するつもり……?」
「何って、分からない? 襲うのよ?」
「おそ……う……?」
何を言ってるんだ?愛子は?
俺の理解が追いつく前に彼女は俺の輪郭を一撫でしてみせる。
細い指の妖艶な動き。そんな彼女はチラリと隣で眠っている優佳に視線を移す。
「そ。優佳の眼の前で大牧君を襲うの。そうしたらきっと、私もハーレムに入れてもらえるんじゃない?」
「そん……なの……。 優佳……」
俺の呼びかけに答えたのか、寝返りなのか彼女の顔が俺と向き合う。
静かに寝息を立てているのはさっきと変わらず起きる気配すらない。
俺は体重をかけてくる愛子に苦しい顔を浮かべながら、優佳の優しい寝顔を見続けていた――――。
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