023.刺激的
「愛子……なんで…………」
柔らかなベッドに沈み込む俺と、それを押さえつける愛子。
向かい合う両者は正反対の表情をしていた。
俺は驚愕と多少の苦悶が混じった顔を浮かべ、愛子は何も浮かべていない無の表情。
その黒い瞳の奥には何が映っているのだろうか。視線は真っ直ぐ俺を見つめているがその先にあるものを理解することは出来ない。
俺は彼女の行動をただただ信じられないと倒れ込みながら見上げていた。
「……高校の頃は楽しかったわね」
「……?」
「体育祭に文化祭、修学旅行とか色々あったわ……。 私も優佳と遊ぶために色々誘ったけど、あの子ったら大牧君にベッタリで、一緒じゃないと行かないってすごかったのよ」
思い出されるは高校時代の俺たち。
彼女の言う通り俺と優佳はいつも一緒に居たが、きっとベッタリという言葉は正しくない。
学生時代は俺に友達が居なかったから……だから孤独にならないよう、彼女が側に居続けてくれたのだ。本人もそう言っていた。
「もしかして、優佳があなたを慮って一緒に居たと、そう思ってる?」
「…………」
「本人も私達に言ってたし、そう思うのも仕方ないわ。 でもあなたの側に居た時の笑顔を見たら誰だってさっきの感想になったわよ。だから『夫婦』なんて呼ばれたりして……」
その呼ばれ方は聞き覚えがある。高校時代散々言われてきた言葉だ。
相手にしなかったから次第に沈静化していったが、そこまでして違うものだったのか。
「当時は付き合ってないって聞いて興味本位で大牧君に近づいたんだけどね。 そしたら案外素敵じゃない。優しいし、気が利くし、ヘタレだし、ちょっと暗いところもあるし」
それは……告白だろうか。
半分くらい罵声の入った告白?が耳に入るも彼女の表情は無から変わらず、本心から言っているかはわからない。
「だからどう? 私達と付き合わない? 付き合ったら私だけじゃなくって愛梨もついてくるわよ」
「それは……俺のことが好きなのか?」
「さぁ、どうかしらね」
飄々とした様子で震えながら出た問いを受け流す愛子。
あまりに突然のことに困惑していると、フッと目を瞑ったかと思えばこちらに倒れ込んできて隣にいる優佳の寝顔が見えなくなってしまう。
「ハーレムに加えるのもいいし、みんなと別れて私たちとくっついてもいいわよ?都合のいい存在になってあげる……。 なんなら隠れて付き合う?きっと刺激的よ」
耳元でささやくような甘言に思わず身体が震えてしまう。
それだけを言って身体を起こして見えた表情は、笑顔。
彼女は笑顔を浮かべながら俺の胸元を指先でなぞっていく。
「それは……ダメだ……」
「あらどうして? バレなきゃいいじゃない」
「それでも――――」
ダメだと告げようとしたところで、ピッと口元に指が触れて言葉が止められてしまう。
「きっとそう言っていられるのも今だけよ。 初めてだけど双子だからきっと、気持ちよくさせてあげられるわ」
「なっ……何を……!? だ、ダメだ……!」
ゆっくり。ゆっくりと。
煽情的に彼女はカーディガンを脱いでベッド外へと放り投げる。
カーディガンを脱いだ彼女はシャツ一枚。そのボタンを一個一個上から、俺の様子をからかう目で見つめながらも確実に外していく。
「――――!!」
これ以上はダメだと。
俺はせめてもの抵抗に自らの視界を闇に包んでいく。
瞼を閉じ、開けられないようしっかり力を込め、彼女の行動をやり過ごす。
意味のない行動だって分かっている。しかし今の俺に取れる方法はそれしか無かった。
「全部脱いだけど……どうかしら?感想は……って、目瞑っているのね」
「…………」
「ま、それなら好都合よ。 そうやってる間にやること済ませちゃうから」
フッと腹部にかかる重さが消え去ったと思いきや、彼女の手が頬に触れられる。
きっと腰を上げて前のめりになったのだろう。頬を、鼻を、目を、口を、その細い指先でなぞるように触れさせていくと「フフッ」と笑うような声とともに指が離れていった。
「それじゃ、一瞬で終わるから…………心の準備だけしておいてね」
そう告げた後に聞こえてくる衣擦れの音を、俺は絶対の意思で目を閉じる。
これで開けたら、俺を好いてくれる人に申し訳が立たない。意味のない行動だと、焼け石に水かも知れないが、それでもそこだけは譲れなかった。
ただただ黙ってジッとしていると、ふとベルトに手がかけられる感触がした。
たどたどしい手付きで、しかし確実に外す工程を踏んでいくとカチャリと金属の音が聞こえながらベルトが外される。
これは本気でヤバい……!今からでも暴れて抜け出すか!?でもそれで2人が怪我したら大変なことになるし…………
そうだ!今からでも優佳を起こせば最悪は回避できるかもしれない!
多少……いやかなり怒られるがこればっかりは仕方ない。俺はフリーの手を動かして優佳の身体に触れ――――
バチィィン!!!!
「いっ―――! つぅっ――――――!?」
なんだ!? なにが起きた!?
未だに眠っている優佳を起こそうと手を動かそうとした瞬間、額に走る痛みと耳に響く衝撃音。
何事かと思わず目を開ければ優佳の手が目の前にあって中指を思い切り逸していた。
「――――はい、しゅうりょ~!」
「…………へ?」
何が起きたのかと未だ理解できないでいると、愛子がいつもの軽い調子でそう宣言してくる。
どういうことだ? 終了? なにが?
「大牧君、いま何があったかわかった?」
「えっ……えっと…………」
「デコピンよ。 私が大牧君の頭にバチィンッ!ってね」
再現するかのように指を弾きながらウインクする彼女に未だ困惑中の俺。
デコピン……だから額が痛いのか。
「ゴメンね大牧君、からかっちゃって。 さっきの全部ウソよ」
「ウソ……何が………ぁっ……」
ウソとは何か。ゴメンとは何か。
それは彼女の様相に答えがあった。さっきまで服を脱いでいたかと思っていたがそんな事は無く、カーディガンを脱いだ状況のまま。
俺もベルトを外されはしたがそれ以外は何もなしだ。
「今日はパーティーでもあったから、ちょっとした催し的なサプライズをね。 同時にいつ優佳が起きるかな~って試してたけど、ぜんっぜん起きないわねぇ」
「優佳…………」
瞬く間に俺の身体を開放した2人はベッドから降りて何もしないと手を挙げる。
隣の優佳は確かに、未だ眠ったままだ。 それほどお酒と疲れが効いているのか……
「怒られたら止めるつもりだったけど怒られないからちょっと楽しくなっちゃってね。 さっきのはウソだから安心して」
「ウソ…………? どこから……どこまで?」
「んんと……押し倒したところから全部? 告白の文も考えたけど全然出てこなかったから半分罵声になっちゃったわ」
あぁ……だから変な告白だったのか。
段々と状況を理解できるようになってきた。
つまり、ただ俺をからかっていただけだと。あービックリした。
「それに下からの声も聞こえてきてね。 大牧君、さっき1階から呼ぶ声が聞こえてきたわよ」
「母さんが?」
「えぇ、早く行ってあげなさい」
慌ててベッドから降りると、素直に道を開けてくれる愛子の隣を通って俺は部屋を出る。
色々と混乱してばっかりだけど今はあとだ。下に行けば多少頭も冷静になるだろう。
俺は階下への道を急ぐ。背後から2人に手を振られながら――――
◇◇◇◇
「ふぅ…………つっかれたぁ。 慣れないことするもんじゃないわね」
総が出ていった優佳の部屋。
そこに立つ愛子は総が見えなくなると疲労を全面に出してベッドへ倒れ込む。
「お姉ちゃんすごいよ……! 私は何も喋れなかった……」
「適材適所ってやつよ。 愛梨も手伝ってくれてありがと」
まるで全ての力を失った彼女に愛梨は伏し目がちに近づくも、隣に座らせた愛子が頭を撫でることでその表情は緩和する。
「それで…………これでいいのよね? 優佳――――」
2人が同時に視線を向けるのは、未だ横になっている優佳。
ゆっくりと穏やかな寝息を立てながら決して起きることのなかった人物。総の危機にも関わらず決して干渉することのなかった者。
彼女は愛子の呼びかけに応えるよう、ゆっくりと瞳を開いていった――――
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