024.ただ一人の正妻(自称)
暗い――――何も見えない世界の中、あたしはギュッと握りこぶしを作りながら耐える。
すぐ隣で何かが倒れてきたような衝撃を感じ、スプリングによって私の身体は大きく揺れる。しかし決して表情を崩したりして起きてることを悟られるわけにはいかない。これがあたしの計画なのだから。
「愛子……なんで……」
すぐ隣から彼の声が聞こえる。
不安げな、信じたくないという思いが全面に出た声。
あぁ、今すぐ身体を起こして彼を助けたい。ギュッと抱きしめてその頭を撫でてうんと甘やかせてあげたい。
……でもダメ。これはあたしが決めたことなんだから。私が2人に頼んだことなんだから。
「案外素敵じゃない。優しいし、気が利くし、ヘタレだし、ちょっと暗いところもあるし。 だからどう? 私達と付き合わない?私だけじゃなくって愛梨もついてくるわよ」
あまりの言いように私の眉間に一瞬だけシワが寄る。
なによその告白の仕方は!!
もっとこう……いいところはいっぱいあるじゃない!
色仕掛けしたら強がるけど本心はバレバレなところとか、母性本能をくすぐるように甘えてくるところとか!!
……おっと、いけないいけない。
このことであたしが出ていったらせっかくの計画が台無しになっちゃう。もっと冷静に……冷静に……
「ハーレムに加えるのもいいし、別れてくっついてもいいわよ?都合のいい存在になってあげる……。 なんなら隠れて付き合う?きっと刺激的よ」
か……かかかか…………隠れて!?
そんな台詞打ち合わせになかったわよ!あたしが許すわけ無いでしょう!!
別れるだなんて……あたしはもちろん女の子全員で反旗を翻すわっ!!
それに隠れて付き合うなんて5人全員の目をかいくぐるなんて不可能よ!!
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
はぁ……はぁ……。
なんでしょうね、どっと疲れたわ。
ただ寝てるフリをしてただけなのに。どうしても会話が気になって冷静に保つのが精一杯だったわ。
もう背中も汗でビッショリ。後であたしもお風呂入らないといけないわね。
「それで…………これでいいのよね? 優佳――――」
スプリングが大きく揺れると同時に真横からかけられる声に、あたしはゆっくりと目を開ける。
飛び込んでくるのはまばゆいライトの光。その光量にすこしだけ顔をしかめつつ目を慣らしていくと、仰向けになりながらも視線だけこちらに向けている愛子の姿が見えた。
「えぇ、十分すぎるほどだわ。 ありがとう愛子。無理な役目押し付けちゃったわね」
「別にいいけどさぁ……本当に必要だったの?これ」
あたしはその問いに無言で是とし、彼が出ていった扉を見つめる。
今日の計画。それは彼が女の子たち複数人と付き合うことに対する資質を確かめることにあった。
何人にも優しい顔をした結果、5人もの女の子と付き合うことになった総。
そんな彼が他の女の子からの甘い誘惑に耐え、拒否できるかどうか。そしてこれ以上女の子を増やす気があるのかどうか、それが知りたかった。
今日の同窓会リベンジはそれが目的だった。もちろんあの時のやり直しという面も十分あるけれど。
まったく、ただ一人の正妻である私がここまで尽くすなんて、総ったら幸せものね。ふふんっ
「優佳ちゃんごめんね? 私何も出来なくって……」
「いいのよ、手伝ってくれてありがとう。 愛梨も頑張ったわね」
これまでずっと無言を貫いてきた愛梨。彼女は演技ができなく口を開けば必ずボロが出るからずっと黙って貰っていた。
でも話し合いの段階から今まで、ずっと楽しそうな表情をしてるってことは、なんだかんだおもしろかったわけね。
「それで、優佳にとって今日の大牧君はどう? 合格?不合格?」
「そうねぇ…………」
愛子からの問いにあたしはさっきまでのことを思い出す。
2人は概ね事前に話し合った内容の通りに演じてくれた。
問題は総の反応だが、評価としては…………
「……腕自由にさせてたのに愛子を突き飛ばさなかった。明確にハーレム入りを拒否しなかった。流されっぱなしだったで0点かしら」
「思ったより辛辣な評価ね、優佳」
あの反応は0点でしょう!
あえて手は動くようにしたのに何もしなかったし、暴れもしなかったし!!
でも、それでも……総は――――
「でも……そんな優しいところをあたしは好きになったの。誰にでもやさしいところ、決して人を傷つけるようなことをしないところ。自分からは絶対手出しどころか見もしない甘いところ。 それらを鑑みて……100点よ」
「――――」
そうね。
反応は0点でも、その背景や行動理由、彼の優しさを考えたらどう考えたって100点以外はありえないわ。
むしろ理想の、それでこそあたしの大好きな総というもの。あたしにだけ優しくして欲しい感もあるけど、ハーレムだしあの行動は当然ね。
「…………」
「……なによ?」
「いや、惚れた弱みというかなんというか…………ほんっとべた惚れなのねぇ、優佳って」
「当然じゃない。総のことを15年以上前から愛しているもの。 長さも深さも、あの子達にだって負けるわけにはいかないわ」
「さすが”夫婦”と呼ばれ続けたことはあるわね……」
なつかしいわねその響き。
随分と誇らしい呼び名だったわ。その言葉だけであたしたちの関係はシンプルに伝わるし、何より変な虫が付かずに済んだもの。
「さて、優佳も起きたし、そろそろ下に行って大牧君に事情説明しないとね」
「あ、二人とも先に行っててもらえる? あたしはちょっとお風呂の準備してから行きたいから。 結構汗かいちゃって……」
話も一段落ついたところで愛子がベッドから降り、カーディガンを拾い上げる。
カーディガンね……あの時服を脱いだ時は私もかなり焦ったわ。ホントに全裸になるんじゃないかって。そのお陰で背中とか諸々汗で大変よ。
「そう? じゃあ先行ってるわね。行こう、愛梨」
「う、うんっ!」
「――――あぁ、それと一個、聞きたいことがあるんだったわ」
2人が1階に降りようと部屋の扉に手をかけたところで、あたしは背後から声をかける。
ドアノブを捻って開ける寸前だった彼女たちはその呼びかけにピタッと止まり、こちらを向くことなく「なに?」と問いかけてくる。
「いえ、大したことないんだけどね。 …………2人は総の事どう思ってるの?」
「大牧君のこと? 私は――――」
「私たちは別になんとも思ってないわよ。 好きな部類ではあるけどあくまで友人として。恋愛としては優佳に譲るわ」
「………………」
愛梨の言葉を遮るように答えた愛子は堂々と振り返ってあたしを真っ直ぐ見つめる。
少しだけ口角を上げ、なんともないように微笑む彼女。その真意はわからない……が、これ以上何を聞いても分かることなんて無いと悟ったあたしは目を伏せ息を吐く。
「そうね。わかったわ。 呼び止めて悪かったわね」
「いいえ。 それじゃあ、準備が終わったら降りてきてね?」
彼女は笑顔のまま、小さくあたしに手を振って部屋を出ていく。
そして誰もいなくなった部屋の中、あたしは一人さっきの出来事を反芻していった。
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