020.2つのコップ


「たっだいま~! いやぁ、お腹すいたわねぇ」


 実家に帰り着いた優佳の第一声は、まさしく開放されたような一言だった。

 父さんならばそのままビールをカシュッと鳴らしてゴクゴクと一本を一瞬で消し去りそうな、そんな声色。


 俺が一緒の時は靴を揃えず上がるのは未だに健在らしく、そのまま上機嫌でリビングに一直線。

 続くように俺も彼女の靴も揃えて後を追っていくと、彼女は母さんの立つキッチンで何かをジーッと見つめていた。


「おっ、今日は唐揚げかぁ。 お夕飯前に味見味見っと……。一個貰――――あたっ!!」

「つまみ食いはいいけど優佳、手洗って無いでしょ。 まず洗面所行ってきなさい」

「はぁ~い…………」


 どうやらキッチンに置かれていたのは唐揚げだったようだ。

 迷うこと無く手を伸ばしてつまみ食いを企んだものの、母さん門番の手によってあえなく失敗。

 トボトボと悔しそうな顔をしながら洗面所まで向かっていく。


「母さん」

「あら総、おかえり。 夕ご飯はちょっと待ってね。まだご飯も炊けて無いから」

「それはいいけどさ……。俺が来ること知ってた?」


 なんだかいつもと違う反応に戸惑いながら一応問いかける。

 おかしい。普段何の連絡も無しに帰ると「一言入れなさい」だの「夕飯困っちゃうじゃない」だの言われるのに、今日は予め知っていたような口ぶりだ。

 それにキッチンのシンクに並べられている夕飯。これらはどう考えても父さんと母さん、優佳の分だけじゃない。多すぎる。もしや、俺がここに来るのは決まっていたのか?


「あら、優佳から聞いてなかったの? 今日アンタはウチに泊まるのよ」

「それ聞いたの5分前なんだけど。そもそも何する気? この大量の料理……明らかにパーティー的な何かだよね?」


 用意されていた食べ物は明らかにパーティー用。唐揚げやエビフライにイカリングなど、カロリー爆弾……もとい完全なオードブルだ。

 無邪気だった子供の頃の俺なら歓喜に打ち震えるほど。しかし今日パーティーするなんて聞いてない。

 12月も中旬。クリスマスにはまだ少し遠いタイミング。あり得るとしたら前祝いだけど……今までそんな事やったこと無いぞ。


「アンタ、何も聞いてないのね。 これらは――――」

「――――お母さ~ん!! ”アレ”どこ~!?」


 まさに核心に迫る一言。その言葉を遮ったのは、優佳だった。

 洗面所から聞こえてくる大声。まさに狙いすましたようなタイミングで片肘張っていた力が抜けてしまう。


「優佳の部屋よ! ちゃんとお願いされた通り上がってもらったわ!」

「ありがと~!」


 バタバタと彼女の階段を駆け上る音がここまで聞こえてくる。

 アレとはなんぞや?それにお願いって……大きな家具家電でも買って設置してもらったのか?


「さ、総も手洗って来なさい。 ご飯も話もその後よ」

「……ん」


 なんだか出鼻をくじかれたのは釈然としない。

 でもここは素直に従わないと話を進めてもらえないだろう。さっさと洗ってくるか。


「あ、ついでにお風呂入ってきなさい。 着替えは籠に入ってるから」

「はいはい……えっ?」


 思わぬ指示につい振り返って見てしまう。

 そこには笑みを崩さぬ我が母が。風呂の準備まで……これ絶対なにかあるよな……。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「何だこれ……」


 母さんからの進言命令で大分早めのお風呂に入り、一日の疲れを洗い流して戻るとリビングには美味しそうな夕食が並んでいた。

 先程のオードブルに加え、パエリアやローストビーフ、グラタンなど至れり尽くせりのご馳走の数々。

 明らかに普段の日常とは違う料理とその量。3人……父さん入れて4人か。その人数で食べ切れるとは到底思えない。


「ちょうど良かった。 総、飲み物入れるから運んで頂戴」

「あ、あぁ」


 母さんの呼びかけに慌てて近づくと普段の家族用とは違い、紙コップとお茶やオレンジジュース、ジンジャエールなどが並んでいた。

 ここまで本格的とは、どう考えてもパーティーだな。お風呂入ってる時も考えたけどおそらくクリスマスはどこか行くとかで出来ないから、前祝いとかなんかだろう。

 大穴で俺と優佳が付き合った記念とか?確かにありえなくはない話だけど、結婚披露宴じゃないんだからさ……。


「……あれ? 母さん、コップ出しすぎじゃない?」

「え?そう?」


 お茶の入ったペットボトル片手にコップを並べている姿を眺めていると、その違和感に気づいた。

 どう考えても数が多い。俺入れて4人家族なのに並べられたのは5つ。明らかに多い。

 父さんだってまだ帰ってきてないはずだ。車無かったし。だからコップは3つでいい。


「……コレでいいのよ。これで」

「え、なん――――」

「そ~……おっ! ちゃんと準備してる~?」


 母さんに再びの問いかけをしようとしたところ、またも狙いすましたようなタイミングで優佳がやってきた。

 まるで驚かすように背中から抱きつき肩からにこやかな笑顔を見せつける彼女。


 驚かせたつもりだが、残念ながらコレに関しては遥に散々やられて耐性がついているわけでね。言葉が途切れこそすれビックリすることは無いのだよ。

 しかし彼女と違うところは背中に当たるささやかな感触。いや、優佳が決して無いわけじゃないんだけどね。遥がありすぎるというかなんというか……。

 ともかくいつの間にかシャツと短パンという私服に着替えていた彼女は並べられていた飲み物を見て不満げな顔を見せる。


「え~。 お母さん、お酒は~?」

「後でちゃんと出すから食事中はジュースよ。 お酒はあんまり数用意して無いんだから」

「ぶ~……」


 ほんの少しだけぶーたれながら彼女は俺の背中から母さんの注ぐ姿をジッと見つめる。

 俺と同じく優佳もコップの数に目が行っただろうに、何も言及しないということはこの数で間違いないのか。俺たち3つに加えてあと2つ……なんだ?


「ま、いいわ。 早くご飯ご飯! あたしお腹空いちゃった~!」

「ちょっと優佳。 さっきまで俺と一緒にパフェ食べなかったか?」

「え? だって帰ったらご馳走あること分かってたもの。 ちゃんとセーブしたに決まってるじゃない」


 …………だから殆ど俺が食べることになったのか!!

 普段より少ないからおかしいと思ったよ!こういうカラクリか!!


「……太るぞ?」

「総にとってはそっちのほうがいいんじゃない? だってさっき『肉つけろ』って言ってたじゃないの」


 クッ……!

 意趣返しが効かない……車内での言葉が仇となったか!


「ほらほら、総もコップ運んじゃいなさい。 その手に持ってるの持っていかないと始められないじゃない」

「あ、あぁ……」


 なんだかやられっぱなしな気持ちを抱えながら既に3つ優佳が運んでくれていたコップを、残り2個空いていたスペースに置いていく。

 取皿も、椅子も、コップも。何もかも5人分。あと2人は誰だ……?


「だ~……れだっ!!」

「おわっ!?」


 最後のコップをテーブルに置いた途端、突如暗くなる視界に今度は思わず声を上げてしまう。

 え、なんで!?さっきまで俺の視界には、テーブルの向かいには母さんも優佳も居たはず!

 暗くなる数瞬前まで見えてたのだから俺の背後に回るなんてありえない!


 じゃあ誰か……もしかして、今まで考えていた2人?

 声的に女性。しかも肩に腕の体重がかかってきてるから、下から伸びてる?つまりしゃがんでるか元々背の低い人?


「誰……?」

「え~!?しらないの~!? ヒントはねぇ……そう、同窓会!!」

「同窓会……同窓会……!! まさか……!」


 ここ最近で同窓会なんて一度しかやっていない。

 しかも2人と絞ればもはや答えを言っているようなもの。


 フッと明るくなった視界に振り返ってみると、背後に居たのは案の定、予想通りの人物が笑顔で立っていた。


「やほっ! ……来ちゃった」

「えっと……ゴメンね? お邪魔してます」


 そこに立つは楽しげな人物と少し申し訳無さそうにしている2人の女性。

 ふたりとも背が低く、顔も瓜二つ。しかし性格だけは正反対の女の子。


 俺の背後、そこには高校時代の友人である小川 愛子と愛理の双子が立っているのであった。

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