036.黒い箱
「なにこれ……首輪…………?」
灯に渡された簡素な袋……よくある茶封筒から出てきたのは、大きな首輪だった。
なんだか使い古された感のある赤い首輪。わずかに金色の毛がついているそれは、人の首をも巻きつけられそうな代物でもある。
サイズさえ違えばベルトにも使えそうなタイプだろう。革製ですこしリッチなその輪っかを観察していると、不意に彼女が俺の胸元まで近づいていることに気づいた。
彼女は何を言うわけでもなく黙って目を伏せ、そっとポニーテールの部分を後ろ手で持ち上げる。
まるでその綺麗な首元を見せつけるように。まるで俺の行動を待っているかのように。
…………なんか嫌な予感がする。
「えっと、灯。 これをどうすれば?」
「ホントにわからないんですか? マスター」
一応問いかけると体勢を変えぬまま声が返ってくる。
うん。わからない……いや、正確にはわかりたくない。彼女の言葉に無言をもって肯定してみせると、小さく息を吐いてからその口が開かれた。
「わっ……!私からのプレゼントは私自身です!! その首輪を巻いて……マスターのペットにしてほしい……にゃん!!」
「………………」
…………どうしよう。
そんな彼女の顔を真っ赤にしながら出た言葉に空いた口が塞がらない。
もはやどう反応すればいいのか。俺には適切な答えが浮かばない。
ふと周りに目をやれば遥も伶実ちゃんも、みんなそのプレゼントは予測していなかったようで驚きの顔に満ちている。
しかし一人だけ……一人だけ、驚くこと無く口に手を当て目を伏せて、まるで笑いをこらえているような動作をする者が――――
「優佳! これは優佳の差し金か!?」
「げっ! もうバレたの!? アンタ状況把握早すぎない!?」
目を瞑って真っ赤になったした彼女の肩を掴みながら背後に居る犯人……優佳の名を呼ぶとようやく驚きの顔が見えてきた。
そんなのすぐ分かるに決まってるでしょう。明らかにさっき見たプレゼントの袋じゃなかったし、何より色々あったお陰で冷静になるのも早くなったんだよ!
「やっぱりか……。 それで優佳。これはどういう悪巧み?」
「悪巧みなんて失礼ね。 この子がプレゼントに自信が無いっていうから、最初にインパクト重視のダミーを用意すれば心理的ハードルが下がるって教えただけよ」
「灯、それはホント?」
「……はい」
腕を組んで自信満々に言う様に胸元の灯へ目を向けるとコクコクと首を縦に振る姿が目に入る。
「じゃあ、この首輪はどこから?」
「えと……おじいちゃんの家で飼ってるゴールデンレトリバーからです」
……信じがたいが、どうやら本当のようだ。
だから使い古された感があって、わずかに金色の毛が残っていたわけね。
まさかの企みに空いた口が塞がらないでいると、今度は首輪を交換するかのようにラッピングされた袋を俺の手のひらに落としていく。
「みなさんと違ってあまり自信ありませんが……どうぞっ!」
「今度こそ本物かな……? 開けても?」
無言で頷く彼女にゆっくりとラッピングを剥がしていくと、10センチにも満たない真っ白な筒状の機械と、いくつかの緑色の小瓶が顔を出した。
これは……なんだっけ。一時期母さんがハマってた――――
「アロマディフューザーです。お店でもお部屋でも、これがあればリラックスできるかなと……」
「おぉ……。凄い。 ありがとう。すっごく嬉しいよ!」
さっきからは一転、かなり実用的なプレゼントに思わず感動する。
そうだよ。こういうのがシンプルで素直に嬉しいんだよ。さっきの首輪で落差もあるだろうが、それを差し引いてもすごく嬉しい。
「喜んで貰えて良かったです……。 それでは、次は遥先輩ですね」
「ふっふ~ん! マスターおまたせっ! 次はマスターの大好きな遥ちゃんだよっ!!」
交代だというように彼女が自ら引いて入れ替わりにやってきたのは、なにやら自信満々の遥。
その手は後ろに回され、なにやら隠しているものがあるようだ。
いや、大きすぎてなんだかチラチラ見える。あのピンクと白のヤツ、なにやら見覚えが…………
「……結婚関係の本じゃないよな?」
「ひぐぅ!?」
そうだ。思い出した。
俺がプレゼント探しのため本屋で彷徨ってる時に見つけた、結婚情報誌の表紙だ。
まさか見せる前に答えを出されるとは思わなかったであろう遥は妙な奇声を発しつつビタッと固まってしまう。…………やっぱりか。
「あ……アハハ~! ソンナワケ無いじゃん! マスターってば心配性だな~!」
「…………」
ホントかなぁ?
彼女は慌てたように後ろを向き、何かを隠しつつまた別の何かを取り出す。
黙ってその様子を見守っていると今度はマトモそうなものが目の前に出てきた。
「はい、ど~ぞっ! アタシからのプレゼント! 開けて開けて!!」
彼女に手渡されたのは奈々未ちゃんと同じく薄いお札サイズの箱だった。
開けるよう促してくる彼女にお礼を言いつつ剥がしていくと、なにやらホテルの名前が記載されたチケットが複数枚飛び出してくる。
よかった。お金じゃないみたいだ。
「これは……?」
「これはねぇ……ちょっと高級なホテルのお食事券!! ここね、デザートがすっごく有名なんだよ!! 今度みんなで行こっ!!」
遥からのプレゼントは俺でも耳にしたことあるホテルの食事券だった。
中には6枚。つまり6人分で俺たち全員を想定したものだろう。思わずしっかりとしたプレゼントに目を丸くしていると、眼の前の彼女は少しはにかみつつ笑いかけてくる。
「なかなか手に入れられなかったからちょこっとだけパパママの力借りちゃってけど……それでもマスターと、みんなと一緒に行きたくって! ダメ……かな?」
少し控えめに、けれどしっかりと意図を持った彼女からのプレゼントは俺としても相当嬉しいものだった。
俺だけじゃなく、自分だけでもなく、全員を思ってのプレゼント。その心遣いが嬉しくて彼女の頭にそっと手を触れる。
「わっ! マスター?」
「嬉しいプレゼントをありがとう。 年明けになったらみんなで一緒に行こうか」
「……うんっ!!」
ちょっとだけ不安げな表情から満面の笑みに。俺とともに笑いあった彼女はスッと後ろに数歩下がってもう一度笑いかけた。
そして辺りを見渡してロックオンするは最後の一人、伶実ちゃん。遥は伶実ちゃんを見つけるやいなやその肩を掴んで俺のもとまで引っ張ってくる。
「さっ! マスターハーレムも次で最後だよっ! レミミン、最後はよろしくね!すっごいんだから!」
「そ……そんなにハードル上げないでくださいよっ! 私だって地味なプレゼントであんまり自信ないんですから……」
「そんなことないよ~! レミミンってば一番頑張ってたじゃん!マスターもきっと喜んでくれるって!!」
その会話から察するに遥は伶実ちゃんのプレゼントを知っているのだろうか。
目の前に5人の中で最も大きな袋を手にした伶実ちゃんは少し逡巡しつつも意を決してズイッとそれを突き出してくる。
……マスターハーレムってなに? いや、ごめんやっぱ聞きたくない。
「その……メリークリスマスです! 気に入って頂けると嬉しいのですが……」
「ありがとう伶実ちゃん。伶実ちゃんのくれるものならなんでも嬉しいよ」
恥ずかしさを隠すように勢いで渡してくる彼女に俺は微笑みつつ受け取る。
伶実ちゃんだったら基本ネタに走らないという安心感もある。
となれば素直に嬉しい。一体彼女からのプレゼントは…………
「おぉ……セーターだ。 ……あれ?」
大きな袋からガサゴソと取り出したのは白いセーターだった。
独特の網目のあるアランセーター。よく伸び、暖かい。この季節にピッタリの代物だ。
そこでふと、あまりセーターの着ない俺にとってどうやって洗濯するのかタグをまさぐったが、いくら探しても見つからない。
タグがない服なんて珍しい……というか市販品ではありえないだろう。ということはまさか…………
「伶実ちゃん、これってもしかして手作り?」
「……はい。実はコツコツと自分で編んでました。 いつかマスターに着てもらえたらなって」
おぉ……まさかの。
それはまさに見事な出来で、言われないと手編みだと気づかないもの。だから頑張った……か。
ならばと今着用している制服の上にセーターを着てみせるとサイズさえもピッタリで思わず声が上がる。
「どう?似合ってる?」
「はいっ! すっごく似合ってます!!」
「そっか。よかった。 伶実ちゃんもありがとね。大変だったでしょ?」
「いえ。マスターのことを思えば全然……!」
そんな真っ直ぐな視線に思わず抱きしめたくなったが、ガマンガマン。
今そんな事したら俺が止まらなくなっちゃってパーティーどころじゃなくなっちゃう。
「総~。 全員渡したことだし、そろそろアンタの番じゃない~?」
「おっと、そうだな。 ありがとね伶実ちゃん。ちょっと離れるよ」
「はいっ!」
そんな待ちくたびれたような優佳の言葉に気を引き締め直した俺は、奈々未ちゃんの頭を一無でしてさっきまで料理していたカウンターへ。
えぇと……確かここらへんに……あった。
「みんな、プレゼントありがとね。 俺からもクリスマスプレゼント。喜んでくれるといいけど…………」
そう言いつつテーブルに俺が用意したものを置いていく。
そこには真っ黒な、おおよそスマホほどの高さと10センチほどの横幅と奥行きを持つ箱が5つ並べられた―――――
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