035.私のプレゼント
ガヤガヤと――――
少人数ながらも楽しげな声が店内を明るくする。
壁には白みがかったリースや電飾、星が輝くシールなどが張られ、出入り口近くには遥が用意した2メートルほどのツリー。
テーブルは全て真っ白なクロスが敷かれ、その幾つかには松ぼっくりやカスミソウなどクリスマスに相応しい置物が設置されていた。
まさにコンセプトは雪の舞い降りた喫茶店。残念ながら窓から見える夜空から雪が降る気配は無いが、店内はまさしく降り積もったようなオシャレな空間に様変わりしていた。
それもこれも前日から準備に精を出していた彼女たちの手によるもの。俺は一切関与していなかったが、これまた俺には思いつかない発想でオシャレに仕上がっている。
そして普段女性陣が俺と会話する時に使うカウンターは出来上がった料理が並べられ、全員が今か今かと待ちかねながら談笑に興じていた。
そんな彼女たちを横目に料理の仕上げをしていた俺は最後の料理が出来上がったのを見て火を止める。
同時に「できた!」と声を上げると全員の視線がこちらに向けられた。
「マスターお疲れっ! 料理全部おわったの!?」
「あぁ。あとはお皿に盛り付ければ…………! よし、できた」
ザッとフライパンの中身をお皿に移して出来上がる俺特製の卵焼き。キチンと甘いのとしょっぱいの2種類を完備済み。
これで準備は全て完了だ。カウンターの上にはローストビーフやミニカプレーゼ、トルティーヤに小分けされたちらし寿司など、パーティーのオードブルにふさわしい料理の数々が並んでいた。
ちなみに少人数ということもあって数は控えめ。あんまり作りすぎてもみんなギブアップして
「それで全部なのね。お疲れ様。大変だったでしょ?」
「奈々未ちゃんも手伝ってくれたし、今日は最後の仕上げで楽だったよ」
「ん。私も頑張った」
カウンターを回って彼女たちの輪に加わると奈々未ちゃんが駆け寄ってきたからその頭を優しく撫でる。
昨日今日と、奈々未ちゃんには大いに役立ってもらった。
特にローストビーフなんて初めて作るものだから本当に困った。作ろうと意気込んで材料を揃えたはいいものの作り方が分からず途方にくれていたところ、経験者である奈々未ちゃんの手も借りてようやく完成させることができた。
トルティーヤとかオシャレなものは彼女の発案だし、来てくれてホント助かった。
「それじゃあ優佳、そこの飲み物お願い」
「え? あぁ……乾杯はちょっと待ってもらえる?」
「………?」
残された最後の工程である飲み物を配って乾杯しようと、一番近くにいた優佳に声をかけるも手で制されてしまった。
はて、もう作業は全部終わったと思っていたが、まだやり残していた事があったのだろうか。
料理も飾り付けもおわった。メンバーも少し遅れた灯も加わって大切な彼女たち5人が揃っている。
特別ゲストも聞いてないしこれ以上何かする事なんて無いと思うのだが…………
「じゃあ早速だけど、プレゼント交換しましょっ!」
「え!?もう!?」
優佳から発せられたまさかのプログラムに俺は思わず声を上げてしまう。
こういうのってパーティーの最後とかにするものじゃないの!?最初にやるってあり!?
「だって後半だったらみんなはしゃぎ疲れてそれどころじゃ無くなってるもの。だったら早めに済ませておいた方がいいでしょう?」
「たしかにそういう考えもありだけど……」
「それに他のみんなは了承済みだもの。 ほら」
そう言ってみなテーブルに置いていたプレゼントを俺に見せつける。
大小様々あるがどれも可愛らしくラッピングされた、見るからにプレゼントという代物だ。
まぁ、みんながそれでいいならいいけれど……
「それじゃ決まりね。 安心して。料理が冷めないように女の子同士でも交換は省略するから」
確かに彼女たちが手にするプレゼントはどれも一つずつ。これら全てが俺への贈り物なのか。
なんだか嬉しいような恥ずかしいような…………。
「じゃ、早速あたしから――――」
「はい、マスターさん」
「奈々未ちゃん?」
優佳を遮って一番前に出たのは奈々未ちゃんだった。彼女は5人の中で最も小さく薄い……1万円サイズの箱を手渡してくる。
雪だるまと月が描かれたラッピングを剥がしていいか目で問いかけると彼女が小さく頷くのを見て慎重にテープを剥がしていく。
「…………チケット?」
「ん。2月にあるライブのプレミアチケット。みんなにもこれを渡してる」
「”ナナ”のライブってすっごい競争率高いんだよ~!プレミアチケットなんて倍率すごくってネットが繋がらなくなっちゃうほどなんだから~!」
遥が補足してくるのにもう一度チケットを見る。A-9……座席表がないから詳しくは分からないが、Aとまでつくんだ。きっと最前列なのだろう。
「ありがとう奈々未ちゃん。みんなで行かせて貰うね?」
「ん……」
チケットを片手にもう一度彼女の頭を優しく撫でるとあまり動かない口角がほんのり上がり、満足げな表情で後ろに下がる。
そして続いて立つ優佳の姿を見て一筋の冷や汗が流れていく。
優佳はなぁ……昔から一緒なぶん、一番怖さがあるんだよなぁ……
「じゃあ今度こそあたしね! あたしからは……これ!!」
「何これ? 紙?」
彼女が渡したのは一枚の紙切れ。単にクリアファイルに入れられておりラッピングのかけらもない。
あれぇ?さっきラッピングされてるの見た気がしたんだけどな。自分で破っちゃったのかな?
「裏返してみなさい!きっと今アンタが一番欲しいものよ!!」
「俺の欲しい物?それってなに……」
自信満々に告げる様子に少し心躍らせながらひっくり返すと、その見慣れた用紙に俺の表情は無となってしまう。
――それはちょっと前にも見た、小さな文字で色々書かれた厳かな紙。とある一部を除いてほぼ全てが埋められていた、とある書類。
「どう!?婚姻届よ!今一番ほしいで――――」
「ほしいわけ無いでしょこれはっ!!」
あまりにネタに振り切ったプレゼントに思わずクリアファイルごと彼女に押し返す。
なんで数日前の奈々未ちゃんに続いてまた見なきゃならないの!?
――――ってそこ!!奈々未ちゃんはコートから紙を取り出さないっ!!
「ぶ~! 冗談よ冗談。本命はこっち」
「これは…………豆?」
仕切り直しとばかり、今度こそ手渡されたのは手のひら大くらいの縦長な箱だった。
その中身を見てみると芳醇な香りとともにコーヒー豆だと知らせるパッケージが目に飛び込んでくる。
「えぇ。お店の力も借りて手に入れたレア物よ? 今度飲んだ感想聞かせること!」
「おぉ……これは……。 ありがとう優佳今度一緒に飲もう?」
「ふふんっ!」
プレゼントに手応えを感じたのか鼻を鳴らす優佳。
まさか婚姻届から一転、かなりマトモなプレゼントで驚いた。
コーヒー豆なんて一番いいものを選んでくるなんて。
普段豆を買う時は好みの問題もあるしあまり人に買わせたく無いのだが、優佳はショップで働いてる上に俺の好みも把握しているから全く問題ないだろう。今からでも飲んでみたいと身体が少し震えだす。
「それでは、次は私ですね」
「……灯」
続いて入れ替わったのは灯。
彼女は少し緊張しているのか目をわずかに逸しながらも、意を決してバッと後ろに隠していたものをこちらに突き出してくる。
「そのっ……私のプレゼントはこれです…………!!」
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