037.包容力
彼女たち5人の目の前には、それぞれ一つづつ黒い箱が並べられていた。
予め付箋で誰がどれかを指定していた、一人ひとり差異のあるもの。
付箋も外して一見違いなどわかりはしないそれをみなマジマジと眺めている。
「随分とシンプルな形ね。 開けてもいい?」
「もちろん」
優佳の問いかけに答えるとガサゴソとラッピングを剥がしていく。
そうして顔を出したのは木製の箱。そしてロゴなども何もないただの木箱箱から出てきたそれは、透き通るように輝くグラスだった。
「普通のコップ……でしょうか? 特別ななにかもなさそうですが……」
「まってレミミン! ここだけ綺麗に光ってるよ!」
俺が渡したのはコップ……正確にはロックグラスだ。
切子硝子の模様が綺麗な透明なグラス。それを彼女らは様々な角度から見つめている。
遥が真っ先に声を上げたが、きっと伶実ちゃんは光の当たり具合で見逃したのだろう。
その言葉によって示された箇所を見つめると、何かが埋め込まれていることに気づいたようだ。
「何か埋め込まれてるようですね……。私はオレンジ色で遥さんは水色。みんな色はバラバラみたいですね」
「みたいだね~。 あかニャンは紫でナミルンは赤色かぁ。優佳さんは……透明?」
「透明ね。あたしのだけちょっとわかりにくいわ。 総、この色にもなにか理由があるってことよね?」
グラスの側面に数個埋め込まれた、特徴的な色の石。
優佳だけは透明に透明の石でわかり辛いが、どれも光り輝いてその存在感を発揮している。
「マスター、もしかしてこれって……誕生石ですか?」
「……うん。さすが灯。 誕生石だよ」
「そうなのあかニャン!? どうしてわかったの!?」
俺が告げるよりも早く答えを導き出したのは灯だった。
彼女は遥からの問いに少し恥ずかしがりつつ答えていく。
「色がわかりやすかったので。ガーネットにアクアマリン、ダイヤモンドにトパーズとタンザナイト。どれも皆さんの誕生石です」
「ほえ~」
色だけでわかるとは、さすが持ってる知識量が違うまである。
その通り、彼女たちに渡したのは全員分の誕生石が埋め込まれたロックグラスだ。
1月、3月、4月と11月に12月と。全員誕生月が違ってくれて助かった。
「へぇ~。アタシの誕生石ってアクアマリンなんだ~! ねね、もしかしてこれ……本物?」
冗談交じりに聞いてくる遥かにゆっくり頷いてみせると「ウソッ……!?」とその笑みが一気に驚愕へと変わっていく。
彼女たちに渡したもの……それは1~2カラットの誕生石が幾つか埋め込まれたグラス。まさしく彼女たちのためだけのグラスだ。
そんな無茶なものを作っている店なんて無かったからオーダーメイドになってしまったが、なんとかクリスマスに間に合ってくれてよかった。
「それじゃあ、あたしのダイヤも本物だったり?」
「本物といえば本物だけど……合成ダイヤ?ってやつらしい」
できれば優佳のダイヤモンドも天然物にしたかったが、それだと他の人たちと格差が出過ぎる。
聞いたはいいもののあまりこだわってなかったのか優佳は「ふぅん」と言うだけに留めて再びグラスを見つめだす。
喜んで……くれてたかな?
「マスターさん」
「……ん?」
一同不思議そうな顔をするものの喜んでるのか分からぬ表情に不安に思っていると、奈々未ちゃんが服を引っ張っていることに気づく。
片手に真っ赤な石のあしらわれたグラスを手に、純粋な瞳でこちらを見つめていた。
「なんでグラスにしたの? 指輪とかネックレスとか……そういうのはダメだったの?」
「ダメじゃないけど……。 もしかして、アクセサリーがよかった?」
「ううん、誕生石ってそういうのが鉄板って聞いたから。疑問に思っただけ」
それもそうだな。
俺も誕生石を渡すと聞いて真っ先に思いついたのはそれだった。
指輪はまぁ、また大変なことになりそうだから見送るとしてもネックレスとはブレスレットくらいならいいだろうと。
しかしグラスにしたのにも理由がある。彼女らにとってはたいしたことないかもしれないが、以前奈々未ちゃんからの言葉によって気付かされた、俺の小さなエゴ。
「みんなよく店に来て色々と注文もくれるからさ、それなら客用じゃなく専用のが良いかなっておもって。それに恋人なのにだから特別な物にしたかったっていうのも……」
少し顔が赤くなるのを感じつつ、これまでのことを思い出す。
春の日以降――――
彼女たちは暇さえあれば常にと言っていいほどこの店に来てくれていた。特に伶実ちゃんや遥なんかは来なかった日が数えるくらい。
だからこそ、グラスすらお客様用というのもどうかと思った。それにコーヒーにも合うロックグラスで、俺の好きなコーヒーを飲んでもらえたらと。
「――――いやぁ、クリスマスに誕生石ってのはよく聞く話だけど、まさかグラスとはねぇ。なんていうか……絶妙にキザねっ!!」
「ウグッ……!!」
不意に身も蓋もない優佳から出てくる率直な感想に俺の心には大ダメージ。
キザ……俺も頭を過ぎったよ!!これで大丈夫かとか、カッコつけてるんじゃないかとかさ!!
「い……イヤだったら回収してまた別の物用意するからさ……」
「なによ。キザってだけでイヤだなんて一言も言ってないわよ。 むしろこんな良いもの、返せって言われたって返してやるものですか!! ……だから――――」
最後の最後で優しい口調になった彼女は俺の眼の前まで歩いてきて柔和な微笑みを向けてくる。
そして心にダメージを負った俺を癒やすように、彼女は自らの胸元に頭を引き寄せてそっと抱きしめてきた。
「だから……よく頑張ったわね。 5人も居るのにみんなのプレゼント分、よく考えたわ」
「優佳……」
「あたしはすっごく嬉しかったわよ。 ここに来る日は絶対、これを使わせて貰うわ」
胸元で俺の頭を抱きしめながら告げる言葉は優しいものだった。
まるで子供を抱きしめるように俺を包み込んでくれる彼女に身体を預けていると、ふと目の端に誰か近寄ってきたのか影が落ちていることに気が付いた。
視線を上にやるとなんだか眉を吊り上げている遥が。頬は膨らみ、なにやら怒っているように見える。
「む~! 優佳さんっ!次アタシ! アタシもマスターを抱きしめるっ!!」
「あらそう? じゃあ交代ね」
「わっ!!」
そんな宣言をした彼女は素直に譲った優佳に代わって、肩を掴んで引っ張るように俺を奪い取る。
そうして先程の優佳のように自らの胸で受け止めた彼女はギュッと力強く頭を抱きしめてきた。
優佳もなくはなかったが、最も物理的な包容力がある遥。
彼女の豊満なそれに沈みゆくようにギュッと抱きしめられた俺は柔らかさと暖かさ、そしていい香りに思わず身体を明け渡してしまう。
「むふふ~。マスター眠いの? アタシの胸で寝ちゃってもいいんだよ~」
「ん……いや……、寝な……い、から……」
「そんな事言っちゃって~。今日は疲れただろうし、アタシにまかせて!」
いくら抵抗しようとしてもそんな至福な空間と甘言に包まれては抵抗する気も落ちるというもの。
俺も昨日からの準備と昼のデートで疲れたのだろうか。段々と意識が闇に沈み込んで、瞼も落ち――――
「マスタ……、やっぱり胸の大きい子のほうが好きなんですか……?」
「マスター、見損ないました」
「――――はっ!!」
それはまさしく突き刺さるような視線。気づけば伶実ちゃんと灯が含みのある目でこちらをジッと見つめてきていた。
「い、いや!そういうのは全く関係なくって……!」
「マスターさん、おっぱいが好きならそう言ってくれればリサのを揉めば良かったのに。今からでも呼ぶ?」
「呼ばないっ!!」
ここであの子の名前だす!?
確かにあの子も包容力すごかったけどさ!大きさだけじゃ遥かに負けないくらいまで会ったけどさ!!
「……奈々未さん、リサさんってどなたです?」
「リサっていうのは友達のグラドルやってる子で、ちょっと前にマスターがおっぱい揉もうとしてた――――」
「言い方ぁ!!」
なんて言い方をするんだ奈々未ちゃんは!?
俺がじゃなくって奈々未ちゃんがけしかけてたんでしょ!?いつの間に俺主導になってるの!?
「なぁに~?総ってばまだハーレム増やすつもりなのぉ? あの双子だって怪しいんだし、あたしはあんまり推奨できないんだけどなぁ」
「俺にそんな気持ちは一切ないからね…………」
優佳まで何を……あの双子って愛子と愛梨か。そもそも、2人が俺に恋愛感情持ってないだろうに。
「だから俺は、この5人以外には――――」
「マスター! ギュー!!」
「――――わぷっ!」
誤解を解こうと口を開いたところで、またも遥の腕にと胸によって俺の頭は埋もれてしまう。
柔らかさと幸せに埋もれる中、俺は彼女たちの誤解を解こうと奔走するのであった。
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