056.甘い後の苦味


「あっけまして……おめでと~!! ……って、何朝からそんなに疲れてるのよ」

「おめでと……ちょっとね……気にしないで……」


 1月1日。元旦。

 その朝はいつも通り俺の店から始まった。


 朝っぱらから元気でやってきたのは我が姉、優佳。

 勢いよく入って来たはいいが俺がカウンターに突っ伏している姿を見るや呆れた顔を見せてくる。


「なぁに? もしかして初日の出を見るために年越しから今まで起きてたとか?」

「当たらずとも遠からず……かな?」

「?」


 おしい。半分正解で半分外れだ。

 正確には今までおきていたもののその理由が初日の出というわけではない。


 もはや記憶もおぼろげな昨晩。

 年越しの瞬間奈々未ちゃんへのキスを皮切りに、彼女は猛獣へと変貌した。

 俺の口内を蹂躙した後は鼻を、目を、口を、手を。もはや体中と言っていいほどキスの嵐が降り注いだ。

 そんな中でも貞操を護りきれたのは奇跡だろう。しかし彼女との攻防を終える頃には日の出も近く、奈々未ちゃんの電池切れという形で幕を閉じたのだ。


 そして日の出前に帰ってきたおじいさんとおばあさんにバトンタッチし、奇しくも帰り道で初日の出をお目にかかるというオチと相成った。

 と、いうわけで俺は殆ど徹夜。ソファーで2~3時間弱ほどウトウトしていたがやはり疲れは取り切れていない。きっと奈々未ちゃんも今日は一日中ダウンだろう。


「ま、なんでもいいわ。 それで総、アンタこれを見てなにか言う事ないの?」

「これ……? あぁ、着物か。似合ってるな」

「でしょ~! 朝から頑張ったんだから~!」


 顔を上げてようやく気づいたが、彼女の格好は正月ならではの着物だった。

 上は黒で下は赤色のグラデーションを持った、松竹梅の着物。袖の部分や裾など赤色に変わる部分が派手目に彩られていてまさしく晴れの日という感じだ。


「でもわざわざ着物なんて。 初詣でも行くのか?」

「え?アンタ行くの?」

「俺? 俺は行かないが……」

「でしょうね。そんな人混みに突っ込むような人がこんなところに店構えるわけ無いしね。 ただ彼氏にあたしの晴れ姿を自慢したかっただけ。どう?可愛いでしょ~!」


 眼の前で元気に自慢してくる彼女を見てるとだんだんつられて元気が湧いてくる。

 まぁ、晴れ姿は似合っている。髪も結いてるし、頑張ったのだろう。でも彼女は可愛いというより――――


「―――あぁ、いつもそうだが、今日は特に綺麗だな」

「…………っ! そ、そう?だったらいいけど……」


 正直に感想を口にしたところ、思いもしなかったのか少し戸惑っている姿が目に入る。

 別に俺だって素直になるときだってあるわね。特に最近は、いろんなことを経験してその思いが顕著であることも自覚してる。


 さて、優佳も来たことだし俺もそろそろ本格的に動くためにコーヒーでも…………


「まぁ~すぅ~……たぁっ!!」

「うぉ!?…………って、遥か」

「えっへへ~! マスターあけおめ~! ん~……ちゅっ!」


 そろそろ動こうと立ち上がった瞬間、背後から突然の抱きつきに驚きの声を上げるも、その見慣れた姿に安堵する。

 何かと思ったら遥か。正面から入ってきたら鈴も鳴って気づくはずだが、背後からということは裏口から来たのだろう。彼女は俺の背中に抱きつくとともに肩から顔を出して頬に軽くキスを落とす。

 でも、正月早々ここに来て大丈夫なのだろうか。


「遥来るとは思わなかったな。 家の用事とか大丈夫か?名家って挨拶周りとか……」

「パパは確かに毎年忙しそうだけど……アタシがそういうのすると思う?」

「ううん。全然」

「でしょ~! 挨拶周りする暇あったらすぐにでも大好きな人のところに行くってば~!」


 ギュッと強く抱きついて頬を重ね合わせる遥。

 今日、元旦は集まるなどと皆で示し合わせてこなかった。それぞれ家もあるし、年中フリーな俺がとりあえず店を開けてれば誰かしら暇な人が来るかなと、そんな感覚。

 なのに2人。特に忙しそう筆頭の遥も早朝からやって来るなんて思わなかった。


「あ、後でママも来るってさ! なんか銀色の、秘密結社とかが使いそうなバッグをいっぱい用意してたよ!」

「………………どこか、逃げないといけないかもな」


 銀色のバッグ……そんなの心当たりが1つしか無い。

 俺が以前彼女とあった時にも見せられたアタッシュケース。その中身も今となっては心当たりしか無い。

 子供だった当時はモノの価値が分からなかったが今渡されるのは色々と重すぎる。どうにかして逃げたいところだけど……無理だろうなぁ。


「? ま、いいや。 そういやレミミンとあかニャンはちょっと遅れるって!ナミルンは夜から連絡つかないけど、お仕事かな?」


 遥が来たということは伶実ちゃん灯も来ると思ったが、さすがに一緒には来ていないようだ。

 奈々未ちゃんは……そっとしておこう。


「あぁ……奈々未ちゃんは大丈夫。俺が把握してるから。 今日は忙しくて来れないかも」

「そぉ? マスターが言うんならそうなんだろうね~」


 背中に寄りかかってる遥は深く気にしていないようだが、向かいの優佳からはなにやらジト目を向けられている。その目は明らかに何かを疑っているよう。

 そうだよね……彼女ら4人のネットワークが知らなくって俺だけが知ってるって不自然だよね。それに優佳はさっきの疲れ切った俺を見てるわけだし。


「あ、そうだ! ねぇねぇマスター!どうこれ!?可愛い!?」

「見えないんだが……。 もしかして、遥も着物とか?」

「そうだった……よっ! 見てみて着物~!ママに着付け手伝ってもらったの! なんだっけ……きょーゆうぜん?的なやつ!!」


 背中から飛び降りた遥が振り返ると同時にクルリとその場で一回転する。

 そのきょー?ってやつは知らないが、彼女もまた綺麗な和装だった。

 真っ赤の生地に雲や花々が散りばめられ、まさしく豪華絢爛といった姿。

 きっと家のことを考えるにその服は相当なお値打ちものだろう。値段なんて考えたくない。


「似合ってるよ。 いつも遥は可愛いけど、今日はなんだかキレイめだ」

「そ、そ~お? えへへ……」


 結った髪を崩さないようそっと頭を撫でると軽く顔も赤く染まった彼女が照れ隠しなのか頬を掻く。

 うん、やっぱり遥も似合ってる。むしろ和装になると綺麗度が増して少しだけ紀久代さんとの雰囲気が似てる気がする。母娘ならではか。


「そ~おぉ~?」

「うおっ!?!?」


 そんな遥の可愛さと美しさが両立した姿を眺めていると、突然背後からヌッと優佳がやってきて俺の首に巻き付いてくる。

 びっくりしたぁ。二人とも背中から近づいてくるの好きだね!?


「ど、どうした優佳……?」

「もちろん、あたしの方が似合ってるわよね?着物姿」

「む~! 優佳さん!今回はアタシのほうが似合ってるもん!すっごく気合い入れて来たんだから!」


 背中に抱きついた優佳が問いかけてくる究極の選択。そして珍しく対抗してくる遥。

 え、何この不穏な流れ……


「総、アンタ決めなさい。どっちが似合ってるのか」

「俺!?」

「そりゃそうよ。 あたしも遥ちゃんもアンタに見せたくて着てきたんだから」


 突然、まさかの選択を求める前門の遥と後門の優佳。


 これ決めなきゃならないの……?

 着物のランク的には確実に遥が上だろう。しかし似合うかどうかと問われれば……本当に甲乙つけがたい


「えっと……その……」

「ますたぁ~! どっち~!?」

「え~~~~……」

「…………ねぇ、総」


 そんな2人の視線を浴びつつ答えを模索していると、ふと俺にだけ聞こえるように優佳が話しかけてきた。

 なんだ……この声量、遥に聞かせたくないのか?


「さっきの奈々未ちゃんの件、遥ちゃんが気づかなくてよかったわね」

「――――!!」

「もちろんあたしも見逃してあげる。 だから……わかってるわよね?」


 ――――聞かせたくなかったのは、俺だった。

 完全に勘づいている優佳の台詞。その瞬間選択肢は狭められ、実質一択となってしまった。俺は目を伏せながら、そっと腕を持ち上げていく。


「…………優佳で」

「え~! そんなぁ~!!」

「ふふっ」


 すまない……!すまない遥……!この埋め合わせはきっとするから!!


「じゃあ、勝ったご褒美に新年最初のキスはあたしからにしてもらおうかしらね」

「嘘!? そんなの聞いてない!?」

「当然じゃない。今言ったもの」

「あ~! 優佳さんズルい!アタシも~!」

「もちろんよ。あたしが終わったら次は遥ちゃんね」


 キス!?終わってからそれ言うのってズルくない!?

 しかも2人って……ここから逃げようにもそれは不可能のようだ。完全に包囲されていて抜け出す事ができない。


「……はぁ。 優佳、こっち向いて」

「えぇ、あなたからお願いね」

「――――――」

「んっ……。 うん。そうね……。してもらうっていうのもなかなか悪いものじゃないわね」


 そっと、こちらを向いた優佳に触れるだけのキスを落とすと口元に手を当てながら堪えきれないように口元を歪ませていく。

 よかった。これで合格のようだ。次は……


「遥」

「う、うん。 ……えへへ。なんだか照れちゃうね。こう改まってするなんて」


 そっか。あの時は一瞬のうちだったからこうやって向き合いながらやるのは初めてか。

 彼女の小さな肩に触れるとビクンと震わせるものの、すぐ受け入れるように口元をこちらに突き出してくれる。

 俺もそこへめがけてキスをすると、離れ際彼女は名残惜しそうに顎を上げ限界まで触れるよう努めていた。


「んっ……。 えへへ……えへへ……これがキスかぁ……えへへぇ……」


 もはや壊れたように笑みを零し続ける彼女もまた、合格のようだ。

 ホワホワとトリップしている2人を横目に、俺も顔を真っ赤に染めながらコーヒーを作り始めた。

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