013.偏った思考
シンシンと、雪が降ろうかと思うほど寒い夜。
もう陽はドップリと沈み、月と星々が夜空を彩っている空の下。
俺はノンビリと冬の寒さに身を震わせつつ、店までの帰路についていた。
その手にはソースやキャベツ、紅生姜に揚げ玉など、少し歩いた先にあるスーパーで買った食材が。
遥が風邪で倒れた日の夜。俺は1人スーパーで夕飯の材料を買って店へと戻っていた。
彼女が倒れ、伶実ちゃんが突然やってきた日中。あれから目を覚ました彼女は風邪を引いたのがウソのようにピンピンしていた。
一応念のためという進言もあって病院に行き、予め呼んでおいた紀久代さんの迎えで2人は家に帰っていく。
彼女らを見送った俺は1人、帰りがけにスーパーに寄って夕飯の材料を……お好み焼きの材料を買ったところ。
病院の待合室にあるテレビでお好み焼き特集を見てしまったのだから仕方ない。見たとあっては食べない選択肢なんて存在しないだろう。
もちろん食べるのは俺1人。一人お好み焼きパーティーだ。
一人焼肉も一人バイキングもできない俺は、もちろん一人お好み焼きも行く勇気がない。
その点最近の家電事情というものは最高だ。一人でそういったことができるように小型の電熱プレートが販売してるし、一人なのだから何を食べようが周りの目を気にしなくていいのがまたいい。
惜しむらくは一人用に小分けされた粉が売り切れていたことだろうか。この一袋で4人分くらい作れるが仕方ない。俺だけで2枚は食べられるだろうし残り半分は後日近いうちに食べることにしよう。
「…………あれ?」
そんなこんなでお好み焼きの口になりながら軽い足取りで店目前まで歩いていると、ふと何者かの存在に気がつく。
街灯と街灯のちょうど中間。光の途切れ目で暗闇になる位置。
店の目の前で散々見慣れた者でないと気付けないような小さな違和感。
その場所によく目を凝らすと、黒いなにかが動いたのが見て取れた。
おそらく人。ファンタジー的な生物やホラー的なナニカで無い限りは黒い上着を来た何者かだ。
しかし、ファンタジーやホラーより、何より怖いものは人間というのはよく聞く話。
万が一の可能性を考慮していつでも逃げられるように警戒しながらゆっくり近づいていくと、ようやくその正体に気づくことができた。
「――――奈々未ちゃん?」
「ん………ぁ、マスターさん」
街灯の間。暗闇の部分で道路に背を向けてしゃがみ込んでいたのは真っ黒の服を着た小さな少女、奈々未ちゃんだった。
彼女は俺の存在に気がつくと待ちかねたように立ち上がり、こちらを向いてくる。
よかった、合ってた。
若干動く影。辛うじて街灯の光が届いた位置に真っ白の髪が光らなければ俺でもわからなかったよ。
下手すりゃダッシュで逃げてたかも。
「おかえり。 やっと帰ってきた」
「来るって連絡あったっけ? ちょっと病院と買い物行ってて…………って、つめたぁ!?」
駆け寄ってきた彼女が俺の手を取るとまるで氷のように冷えた手の冷たさが伝わってきて思わず声を上げてしまう。
よく見れば照らされたその真っ白の頬は紅くなっているし、よっぽどこの寒空の下待っていたのだろう。体全体が冷えてしまっている。
「すぐ来るって思ってたから……」
「だからって遥みたいに風邪引いたらダメだよ。ほら、店入って」
「ん……ありがと」
彼女を連れ立って店の中に入ると、まだ暖房が効いていないから寒くはあるが少なくとも外よりはるかにマシだった。
急いで店の奥からファンヒーターや毛布を持ってきて渡すと、包まるように身を縮めていく奈々未ちゃん。そりゃ寒いよね……。
でも、何故外で待っていたのだろう。そんな切羽詰まった用事でもあったのだろうか。
一刻も早く温めてもらおうと即興で用意したホットミルクを手渡すと、奈々未ちゃんは水面に視線を落としながら恐る恐る口をつけ、すぐに熱かったのか離して顔をしかめてしまう。
「マスターさぁん……あつい……」
「レンジやりすぎちゃったね。 冷たいミルク足す?」
「お願いぃ……」
涙目になりながらコップをこちらに差し出す様子を可愛いと思いつつ受け取るも、ふと違和感に気づく。
なんだろう……暖房も付けたし、彼女の身の回りは毛布にファンヒーターともはや暑いと言ってもおかしくないはずだ。
しかし一向に今着用しているコートを脱ごうとしない。
奈々未ちゃんの愛用するコート。それはセミが五月蝿くなる真夏でも苦言1つ漏らす事なく着用している。
それは極度の寒がりだからではない。周りからの目をごまかすため。アイドル活動をして有名な彼女は、その真っ白な髪や肌と相まってかなり目立つ上、肌にも悪い。
だからこそ外では夏でも冬でもコート姿なのは理解できるのだが、今脱がないのは不思議だ。
いつもならすぐ脱ぐというのに。それに夜の店。カーテンも閉めて周りからの視線を気にする必要なんてないのはずだ。
「マスターさん、気づいた? コート、脱いでないのに」
「ぇっ……」
おそらくミルクを継ぎ足すこともせず、ずっとコートを見つめていたから彼女も気づいたのだろう。
奈々未ちゃんはゆっくりと立ち上がり、微笑を浮かべながら近づいて来るのに合わせて俺は後退りする。
真っ白な細い手はコートに触れ、まさに悪巧みをしているといった様子。
別にそれだけなら単にコートを脱ぐだけだと、俺に近づいたのもコートを持ってもらいたいのだと予想もできるものなのだが、俺の脳裏に浮かぶのは昼の光景。
昼、伶実ちゃんが来る直前。俺が身体拭く用のタオルを持って入ったら上を脱いだまま遥が待ち構えていた、らしい出来事。
もしかして奈々未ちゃんも、彼女同様に下には何も着ていないんじゃないかという予感が駆け巡って一筋の汗が流れ落ちる。
裸を見せられるほど俺を信頼し、好いてくれるのは嬉しい。
けれど彼女は遥たちよりもっと歳が下。まだ早すぎる。そんな嬉しさや期待や不安が駆け巡る中、壁に背中がぶつかって追い詰められたことに気づく。
「マスターさん、なんで逃げるの?」
「い、いや……それは……」
両隣はテーブルに挟まれて後ろは壁。正面には奈々未ちゃんと、完全に逃げ場のない状態。
どうしようかと思考を巡らせている間にも徐々に詰めてくる白い髪の少女。
目の前に来て観念したと悟ったであろう彼女はもう一度コートに手をかけてその小さな口を歪ませてみせる。
「さっき外で待ってたのはね……マスターさんにこれを見て貰いたかった……のっ!」
「っ…………!!」
せめて裸姿は見てなるものかと。目を思い切り瞑って抵抗をしてみせる!
これならどうしようが見えるはずが――――!
「……マスターさん、見たくないの? 私の新しい衣装」
「――――へ? 衣装?」
抵抗している間に告げられる思わぬ言葉に目を開けてみると、そこにはキチンと服を着ている奈々未ちゃんが立っていた。
服……といっても街で見かけるようなありがちな服装ではない。
それは彼女自身が言っていたように、衣装。
肩を出したワンピース姿の、明らかに何かしらのイベントでないと着ないようなデザインだ。
随所に宝石のようなキラキラ光る物が付随していて、脚は膝上20センチ弱はあろうかというほどのミニスカート。しかしその下にはスパッツが着用されており、激しい動きにも耐えうる代物。
真っ白な髪と肌に対抗するように漆黒の衣を纏った彼女は、まさしく売れ行き絶好調のアイドルそのものだった。
「どう? 次のMVで着るんだけど……似合ってる?」
「もしかして……それを俺に見せに?」
「うん。 今日出来上がったから、おじいちゃんやおばあちゃんよりも早く、マスターさんに見てもらいたくて……」
おじいさんとおばあさん。彼女のアイドル活動を最も近くで支える育ての親とも呼べる家族。
そんな2人より俺に見てほしいだなんて……奈々未ちゃんときたら……。
「もちろん! すっごく似合ってる!可愛いよ奈々未ちゃん!!」
「わぷ……!」
少し恥ずかしいのか目を逸しながら聞いてくるそのいじらしさに思わず俺は彼女を引き寄せ力いっぱい抱きしめる。
よかったぁ裸とかじゃなくって!そうだよね、遥は風邪引いてて思考が極端になってただけだろうし、ちょっと俺の思考も偏りすぎてただけだね!
「マスターさんがギュッとしてくれるなんて……。そんなにこの衣装、よかった?」
「え……? あ!ごめん!」
胸元から四苦八苦しつつも抜け出して見えたその表情は苦しそうな表情。
自身の思わぬ行動に驚きつつ剥がそうとするも、今度は奈々未ちゃんの腕が俺の背中に回っている事に気づいて剥がすことができない。
「ううん、いい。むしろ嬉しかった。 マスターさん、もっと強く抱きしめて」
「ちょっと服着てくれてることに感極まっちゃって……。昼の遥は風邪引いてるのに上半身裸で俺を呼ぼうとしてたからさ」
「…………」
あれ?
今度は勢いよく俺を引き剥がしたけど、どうしたの?
なんだか心なしか頬が膨らんでる気がするんだけど…………
「……って! 奈々未ちゃん!なんで服脱ごうとするの!?」
「私も……! 裸でマスターさんに迫る……!」
「迫らなくていいから!未遂だったから!! だからその手離してぇぇ!!」
何が気に入らなかったのかせっかくの衣装をその場で脱ごうとする奈々未ちゃんを必死に止める。
俺の虚しい叫び声は、周りが空き家だったが故に、幸いにも誰の耳にも届くことはなかった――――。
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