041.予知夢


 夢―――――

 それは今日まで様々な研究がなされているが、未だその全てが明らかになっていないと聞いたことがある。


 レム睡眠時に起こる脳の活動ということは広く知られているが、なんのために備わっているかなどはわからない。

 一説によると脳の整理やただの意味のない幻覚など色々言われており、その中でも面白い夢というものも存在する。

 例えば明晰夢。眠っているのにそれは夢だと理解をし、自由にその世界で振る舞えること。

 例えば予知夢。こちらは眉唾だが、未来の出来事を夢を通して知ることができる…………らしい。


 私は予知夢なんて見たことないし、明晰夢だって小学校の頃に数秒間だけ見た記憶があるだけだ。

 その上私は普段、眠りが深いからか夢を見ることが少ない。夜しっかりとベッドに潜って、朝太陽が出てくると目もバッチリ!快眠だ。

 寝付きが良いことは私の数少ない自慢。あまりにもよすぎて去年の修学旅行でもグッスリしちゃったのは悲しいけど……。



 …………でも、そんな私でも今日だけは夢を見てしまったらしい。

 パーティーで楽しみすぎて知らぬ内に疲れ切ってしまっていたのかも。みなさんをベッドや布団に寝かしつけて自分も横になってから一瞬のうちに寝てしまい、気づけば私は夢の中へと旅立っていた。


 夢の舞台はほんの数時間前に訪れたお店の外。

 一人寒そうにしているマスターの為にコーヒーを淹れて2人きりの時間を過ごした、あの場面だった。

 あの時マスターの手をお借りして自身の胸付近に持っていったことはとっても……とっても恥ずかしかったけど!少しの自信にはなってくれたみたいだし、本当に良かった。


 そして夢に見るはその後の展開。本来ならコーヒーを飲み終えて室内に戻るはずの、現実には無かったあり得ない時間。

 ほんの数時間前。それにあり得ないと自覚しているからか、それを夢だと認識するのは思ったより早かった。

 しかし明晰夢まではいかず、夢だとわかったところで自分の意思で動かすことはできない。私はただただ夢だと認識しつつ、見ていることしかできなかった。


「マスターは寒くないのですか?」

「俺はちょっとだけお酒入れてるしね。今暖かいコーヒー飲んだし」


 夢の中。知らない世界線。私は外の寒さに身を震わせ、マスターに問いかける。

 お互いのカップの中は既に空っぽ。暖を取るものがなくなってあとは寒くなる一方だが、なぜが二人して中に戻るという選択肢は見つからなかった。

 けれど確実に、寒さは私達の体温を奪ってしまう。特にすぐに戻ると思って厚着をしてこなかった私は凍える風に身を震わせる。

 どうしよう。早く戻らないと風邪引いちゃう。マスターを置いてもう中に戻るべきかな――――


「――――はい」

「えっ…………」


 マスターと扉。両者を交互に目を配らせていると、不意に肩へと何か暖かい物が舞い落ちる感覚に襲われた。

 ふと手をやった背中には、まだ暖かさの残る大きなコート。そして奥に見えるマスターにはさっきまで着ていたコートが見当たらない。これは…………


「あんまりここに居ると風邪引いちゃうよ。 まだ残ってるならせめてこれ着てて」

「マスター……」

「あぁ、俺は大丈夫。 お酒とコーヒーパワーがまだまだ残ってるからね」


 そう言って笑いかけてくれる、優しいマスター。

 きっとそれはウソ。だってマスター、ずっと指をしきりに動かしてるし、袖からは鳥肌が見えちゃってる。

 けれど突き返す事もできない私はギュッと渡されたコートを握りしめ、『離したくない』と叫ぶ自身の側面にも耳を傾ける。

 きっと突き返してさっさと室内に戻ったほうが良いのだが、少しでもマスターと一緒にいたい、マスターのコートに包まれていたいという感情との板挟みになって彼の顔が見れず頭を下げる。


 しかし頭を下げきるには至らず、彼が「あっ……」と何かに気づいたような声を上げて私も思わず顔を上げてしまった。


「雪だ……。ははっ、道理で寒いわけだよ。この地域で雪とはねぇ」


 そんな言葉が聞こえて数秒、私にも天から舞い降りる雪を視界に納めることに成功した。

 彼の頭に、肩に、顔に落ちたそれはとどまること無く溶けて消え去ってしまう。きっと降りはするけど積もらないだろう。そんな予感をさせる儚い雪。


「まるで天の遣いのような……この場に相応しいホワイトクリスマスだね。 ねぇ、伶実ちゃん」

「ぇっ…………」


 そんな言葉とともに笑いかけた彼は私の肩を抱き、一気に自らの懐へ引き寄せる。

 温かく、優しく、幸せな気にさせる彼の胸の中。まるで独り占めするようにギュッと抱きしめられた私は思わず縮こまっていると、クイッと顎を上げられて目線を合わせる。


「こんなロマンティックな夜にすることは1つ……だよね。伶実ちゃん」

「えっ……? えっ……!?」

「ほら、俺に任せて。 目を閉じて」


 優しい微笑みとともに告げられる言葉に私は思わず目を閉じてしまう。

 背中に触れられる手に力がこもり、同時に唇に何かが触れられる感触に思わず閉じろと言われたにもかかわらず勢いよく開けてしまった。

 視界に入るはすぐ近くにある彼の顔。さっきの私みたいに目をつむっていた彼は視線に気づいたのか一瞬だけこちらに気づき、そのままウインクして再び目を閉じてしまう。


 ”それ”が何かを理解すると、私に中でとめどない感情が溢れ出した。

 それは嬉しさ、喜びから始まるえも言えぬ感情。思わず爆発しそうになったそれを発散するように彼の背中に手を当てグッと顔を押し付けたところで、その視界は塗りつぶされるように真っ白に、全ては無に消え去るのだと理解していった――――



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「ゆ……夢……?」


 目が覚めたら、私は一人きりだった。

 辺りを見渡しても雪が降るどころか外ですらなく、マスターも居ない。

 よくよく辺りを見渡すと見知った方々がみな布団で穏やかな寝息を立てていた。


 夢……さっきのが……。

 あの幸せの境地にいた、あの時間が。


 まさか夢は思わなかった光景に私は大きくため息をつく。

 なんで夢なんだろう……最初は自覚してたのに、なんで後半はそうだと気づかず目覚めてしまったの。せっかく良いところだったのに。


 もう一度寝ようと横になっても、興奮しているせいか寝られる気配がない。

 これは一度頭を冷やすべきだと立ち上がり、お水を飲むため階下へ足を動かしていく。




 下にはマスターがグッスリと眠っている。そう思って音を立てずゆっくりと見せに入ると、彼はまるで絵画のように窓から外を見上げていた。

 本当は黙ってその姿を見ていたかったけど起きてくれていたことが嬉しくて思わず声をかける。


「こんな時間まで起きてたのですか?」


 本当はお水を飲んで寝直すつもりだったけど、マスターが起きてるなら話は別。

 私は一刻も早く目覚めるためコーヒーを淹れていく。もちろんマスターの分も。


 声かけても返事が無かったけど……いいですよね。マスターは寝る直前でもコーヒー飲めるみたいですから。


「ここ寒いですね。マスター大丈夫でしたか?こんな寒いなか眠るなんて」


 彼にコーヒーを渡して敢えて隣に腰を下ろすとその寒さに思わず身震いしてしまう。

 マスターって、こんな寒さで睡眠を……?こんなの眠れるとは思えないけど……」


「ちょっと眠気覚ましに窓開けてたからかも。 ほら見て。窓の外」

「外……? ぁっ……雪……!!」


 彼の言葉にしたがって窓から外を見ると、そこにはシンシンと舞い降りる雪が目に入った。

 クリスマスの夜に舞い降りる雪。それはホワイトクリスマス。まさしく夢で見た内容で思わず目を奪われる。


 しかし、そんなロマンティックな光景でも寒いものは寒い。夢と現実は違うというような突き刺す寒さにコーヒーで暖を取っていると、ふとマスターのコートがフワリと肩に掛けられることに気がついた。


「コート…………」


 ――――正直、そこからのことはよく覚えていない。


 マスターと二人きりの時間。舞い降りる雪。そしてコート。まさしく夢に見た通りの展開だった。

 予知夢はロマンがあると一線を引きつつ楽しむ方だったが、こうも共通点が重なるともはや信じないわけがなかった。

 となれば次起こることは…………そう。彼との大切なキスだ。


 私は半分無意識で、夢心地のまま彼のその一点に狙いを定めて自ら突っ込んでいく。

 そして得られるとんでもない多幸感と、そして恥ずかしさ。


 マスターからやってもらうはずだったのに、まさか自分だなんて。それにマスターのことを考えず無理矢理だなんて…………!!


「あのっ……その……。すみませんっ!失礼しますっ!!」


 自分がやったにも関わらず、そのあまりの行動に思わず彼の顔が見れなくなって逃げるように去っていく。





 それは本来なら気づくはずの、廊下の影にいた彼女の存在にすら気づかないまま――――

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