050.朝日の眩しさ
朝日というのは随分と眩いものだ。
遠く、遠く。光の速さで移動してようやくその距離が尺度に収まるというほど遠くから放たれている光。
思わず顔をしかめるほど強いその光は、カーテンの隙間から差し込まれることによって閉じていた目を開けていく。
あぁ……朝か。ようやく朝が来てしまったか。
暗い部屋に差し込む朝日。同時にカーテンの隙間から光が漏れてきてようやく部屋の全体像が浮かび上がる。
幼少の頃より使っていそうな学習机に本棚。ぬいぐるみが集まった区画にあれは……盾か?
光が反射してより神々しく見えるとある棚。よく見れば真四角のものや小さなトロフィーのようなものが見える。
ここは間違いなく彼女の自室。そしてあれらは何かしらでとった賞といったところだろう。
灰色の学生時代を送った俺とは違い、華々しい生活を送っているであろう彼女に視線を向ける。
俺がこの時間まで背中を預けていた小高い場所。
長方形の形をしたその大きな家具の上で横になっているのは、この部屋の主である灯本人だ。
毛布を深く被って穏やかな表情を浮かべている灯。彼女は日が差し込んでいるにもかかわらず未だ起きる気配がない。
俺はベッドに腰掛け、目にかかっている髪をそっと分けてみせた。
「んみゅ……」
「っ…………!」
少し触れてしまったせいで小さく声を上げる彼女に驚くも、それ以上何にアクションも示さない事にホッと胸を撫で下ろす。
よかった…………起きてなかった。
こうしてみるとホント、昨日の暴れっぷりが嘘のようだ。
大人しくて、可愛い彼女。俺の大好きな恋人でもある。
…………毛布の下の光景に目を瞑ればだけど。
昨晩。灯に襲われかけた夜。
なんとかベッドから抜け出すことに成功した俺は、それだけで力尽き床に倒れ込んでしまった。
疲れが限界まで来て動くことのできない自らの身体。せいぜいベッドから這いずり出てフレームを背に目を瞑ることくらいしかできなかった。
すぐ後ろには水着姿で迫ってきていた灯が無防備で眠っている。そんな状況で深く寝入ることなんてできるはずもなく。
常にドキドキと心臓の高鳴りながらもウトウトと目を瞑ってなんとか朝を迎え入れることができた。
一応、寝たと言えない状況のため寝不足で怠くはあるが、昨晩の疲れはある程度取れて問題なく身体は動かせるようだ。
「みゅう……ぁれ…………?」
「あ、ごめん。 起こしたか?」
彼女の美しい黒髪を撫でていると、ゆっくりと目を開ける彼女に声をかける。
声を上げてからも薄目のままパチパチと瞬きしている。まだ寝ぼけているようだ。
「ますたぁ……? あれ……私……今日もお店に泊まって……?」
「いや、ここは灯の家だよ。 おはよう」
もしかして店に泊まったと思っているのだろうか。まだ記憶が混濁しているようだ。
ハラリと。
上半身を起こした彼女が辺りを見渡すと同時に、今まで被っていた毛布が落ちていきその全容が露わになる。
昨晩と同じ、ネコのカチューシャ。そして上下真っ黒の黒色ビキニを意図せず見せつける灯。けれど彼女自身は気づかないようで穏やかな顔でこちらを見つめている。
「…………ホントだぁ。 総さん、なんで私の家に?」
「っ――――!! い、イヤ……ナンでって言われると……その……エっと……」
何も気づいていない灯とあられもない姿を見てカタコトになる俺。
昨晩の時点で水着姿というのは理解していたが、思った以上にビキニとしても布の面積が少なかった。
胸部を隠す三角部分が通常よりも一回り小さく、思わず何も付けていないんじゃないかと幻視するほど。
けれど彼女は知ってか知らずか、露わになったそれを隠すこともなくただボーっとカタコトになった俺を見つめている。
「……? 怪しいです。襲いに来てくれたんですか?」
「襲うっていうか俺のほうが襲われ…………いや、なんでもない」
「襲われ? 誰にです?」
思わず襲われそうになったと言うところをすんでのところでせき止める。
危ない。灯はお酒を飲んでたんだし記憶があるか曖昧だ。下手なこと言う前に覚えているか探らなければ。
しかし、彼女は俺の言葉を無視することはなかった。
めざとく言いかけた言葉を拾い上げて怪訝な目を向ける。
「だ、誰でも…………」
「むぅ……怪しいです。 私と総さんが部屋に居ることといい、昨夜何があったんですか!?」
「あっ……灯っ……! それはダメだって……!」
「ダメって何がです!?」
問い詰めるようにズイッとこちらに前のめりになり距離を詰めてくる。
それは……それはまずい!
ただでさえ面積が小さい水着を着てるんだ!前かがみになったら水着が見えて今にも見えそうに…………!
「その……前かがみだと……胸が……」
「胸? 胸ってなに―――――」
きっと、彼女自身今の格好に気づいていなかったのだろう。
眉をひそめながら俺の言葉を確かめるように視線を下に向けていくと、自身が相当際どい格好をしていることに気がついた。
「っ――――!!」
それからの行動は早かった。
彼女は弾かれるように俺から距離を取り、ベッドに転がっている毛布を拾い上げて自らの胸元を隠していく。
「な……! 総さん!いくら付き合ってるからって寝てる私を襲うなんて特殊な性癖……!」
「誤解!! 覚えてないの!?灯がこの格好で迫ってきたこと!」
「私が!? そんなのいくら思ってても実行に移すなんて…………あっ――――」
話していくうち心当たりに行き着いたのか、小さく呟いて目を見開いた彼女は徐々に丸くなっていく。
「ふぅ。 思い出した?」
「はい……そういえば私、総さんを篭絡するために水着を着て、お酒の勢いで…………キスを…………!!」
復習するように言葉を紡いでいく灯はみるみるうちに顔が真っ赤だ。
次第に顔までも隠すようになった彼女は目だけを出してこちらを見つめる。
「その……すみません総さん。 無理矢理キスして……」
「ううん。付き合ってるんだし、いずれだったよ。 むしろ俺が奥手過ぎてごめん」
「それは……そうですけどぉ……」
……うん。否定しないよね。そのとおりだもん。
「そういえば、昼からのボクシングからずっと灯の計画?」
「はい……。ボクシングするのはお父さんの希望ですが、疲れきるまでというのはお願いしました」
「だからってあの格好で迫ってくるなんてね」
「それはぁ……。えっと、遥先輩と伶実先輩がキスしてるって気づいて、いても経ってもいられず……」
あぁ……灯も知っていたのか。
優佳だって知ったんだ。聡い彼女が気づかないわけないだろう。
だからといってこの展開は予想外だったが。
落ち込む彼女にそっと手を伸ばして頭を撫でると彼女もそれを受け入れてくれる。
まるで懐いた猫のように預けてくれる少女。しまいには自ら頭を手に押し付けて撫でるよう要求してきた。
「――――総さん」
「うん?」
無言になった空間で彼女を撫で続け、雰囲気が弛緩してくると同時に彼女の俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
すると突然彼女はベッドに手を付きもう一度迫ってくるかのように前のめりになってこちらとの距離を詰めてきた。
「っ!?」
思わずぶつかりそうになったが直前で止まり、真剣な目で見つめる彼女が目の前にいる。
すると彼女の小さな口がゆっくりと動き出した。
「私、勢いをつけるためにお酒飲みましたが、夜のことがおぼろげなんです」
「……そうだろうね」
「だから……今度は総さんの方からキスしてもらえませんか?」
「…………ん?」
その要求は意外なものだった。
気づけば少し唇を突き出してキスを待っている彼女が目の前に。
えっ、俺から?
俺からキスするの!?なんで!?恥ずかしい!
「そ、それは……」
「私、テストで全教科100点だったのですがクリスマスデートは遥先輩に譲ったんですよ。 私への特別なプレゼント……もらえませんか?」
「くっ……!」
それを言われると……本当に弱い。
確かにクリスマスは遥が数学を頑張ったからデートをした。そして伶実ちゃんともずれたけど年明けに約束をしている。
灯とも同じくデートをとも考えていたが、今それを要求されるとは思わなかった。
どうすればいいか決めあぐねている間にも彼女は待ち続けていて、両手を膝につき「んっ!」と唇を突き出している。
俺からキスか……。
今までずっと不意打ちで喰らってきたから、自らやるなんてなかった。
まさかここまで緊張するものなんて。
「それともイヤ……ですか?」
「!! そんなわけない!」
「じゃあ……お願いします」
落ち込む彼女に思わず反射で答えてしまったが、それが自らの退路を断つことに言ってから気が付いた。
これ、やらないとダメなヤツか。
「じゃあ……いくよ?」
「はい……! ――――!」
そっと肩に手を触れると彼女の身体がビクンと大きく揺れる。
小さくて柔らかくて白い、灯の肩。服を着ていないから余計に感じるが、それでも彼女は小さかった。
年不相応に、一個下の奈々未ちゃんと遜色ない灯の背丈。そんな小さくて可愛らしい彼女に向かってゆっくりと顔を近づけていく。
「…………」
「んっ――――!」
今度こそ間違いなく触れる、灯の唇。
触れた瞬間今まで以上に大きく肩を震わせたがすぐに身を委ねて力を抜いてくれた。
秒数にして1秒にも満たない、触れるだけのキス。
もう何度かしたにも関わらずかなり緊張した。これがみんなが乗り越えた壁なのか。
お互いにゆっくりと離れていき、同時に開いた目から見えるは笑顔。
俺と灯はお互いに、キスをして笑い合うのであった。
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