049.灯猫


「あ……灯……?どうした…………」


 暗い、すぐ目の前の物を目を凝らすことでようやく見えるようになる部屋。

 幸いにも冬特有の突き刺すような寒さはなく、暖房が効いているお陰で暖かいが、俺の脳内はまさしく困惑一色だった。


 唇には未だに感じる彼女が触れてきた感覚。

 暗闇から不意打ちのようにキスされた俺は、ベッドで横になりながら馬乗りになっている彼女を見つめていた。

 対する彼女も俺をジッと見ている。暗くて分かりにくいが、その表情は恥ずかしそうだ。


 しかしそんなわけの分からない状況の中でも比較的冷静でいられるのはこれまでの経験のお陰だろうか。

 3人に不意打ちでキスされ、紀久代さんには散々トンデモなドッキリを喰らってきて胆力がついてきた気がする。

 でも、いくらパニックにならずとも戸惑いというのは生まれ出るものだ。だって、その……いまの灯の格好は…………


「なんで水着ネコちゃん風の格好!?」


 色々とそれなりに、この一年弱で経験を詰んできたつもりだったが、さすがにその格好は経験が無かった!

 暗闇に慣れてきたからこそ分かる、その特異性。

 今の彼女の格好は猫耳によく見れば尻尾まで付いている。その上露出度の高いビキニ姿だったのだ。

 以前プールで見たセパレートタイプのような控えめではなく、明らかに露出を全面に出した際どい格好。


 確かに彼女の胸部は控えめだが、あくまでそれは遥のような平均を数段飛ばしした人物と比較してのこと。

 適切に評するなら平均より少し下という程だろう。決して無くはないが大きくもない。まだ年齢を考慮しても十分余地のある大きさだ。

 そんな彼女が自ら大事なところのみを隠して俺に迫ってきている。冷静さを保っているが、心臓はバックバクだ。


 それにいくら暖房が効いているといっても服を着ている俺で丁度いいくらい。彼女からしたら寒いだろう。

 ベッド近くの窓からはほんのり冷気が入り込んできてるし、きっと我慢してるに違いない。


「ほら灯……どうしてそんな格好してるかわからないけど毛布を――――」

「っ…………!」

「また……っ!~~~~!!」


 フワリと近くにあった毛布を持ち上げて灯に被せるも、彼女がそれを享受することはなかった。

 俺が毛布を掛けた瞬間、堰を切ったように馬乗りになっていた彼女の身体が動き出し、再び俺の顔めがけて顔を近づけ、キスをした。


 二度目の、不意打ちのようなキス。

 ただ触れるだけのソフトなものだが、彼女は次第に熱が増しキスをしながらも俺の顔をジッと見つめだした。

 二度目のキスを惜しむようにゆっくり離れたと思いきや、今度は間髪入れずにまた顔を落としてくる。

 顔が落ちる度唇越しに歯の当たる感触がする、決して上手いとはいえないものだが、その熱量は確実に本気といえるものだった。


「あ……灯……?」

「ますたぁ……大好きだニャン……」


 3度目、4度目とキスを終えた彼女はようやく身体を起こしたと思ったら、今度は小さく甘えるように胸元に潜り込んでくる。

 水着だからこそ感じる、彼女の柔らかさ。そして少し汗ばんでいるのか、肌同士の触れる感触が張り付くものになっている。

 そんな普段より熱を持っている彼女は、こちらを見上げながら首元へ顔を持っていった。


「ちょ……ちょっと! 今俺汗臭いから!」

「ゃん……。いい匂い……好き……」


 そ……それは恥ずかしい!


 好きって言ってくれてるけど本当に汗臭いから!!

 さっきまで運動しててホント、服が吸収した汗も凄いことになってるんだよ!?ただただ汗臭いだけでしょ!


「…………ぺろっ」

「~~~~!!」


 しばらく首元に埋めていた彼女だったが、何を思ったのかジッと首の一箇所を見つめたと思ったらペロリと舌を出して舐め始めた。

 くすぐったいような妙な感触に思わず身震いをしてしまう。


「んぁ……しょっぱい。 でも、美味しい……にゃん」

「それはダメだって……離れ………おもぉ!?」


 力付くで離そうとしてもグッと両腕が俺の背中に回されてびくともしない。

 確かに疲労困憊で俺も力が入らないというのもあるが、それでも少しは回復したのに全く動かなかった。体重が重いわけもなく力が強い。一体どこからこんな力が。


 そんなことを考えながら抵抗していたら、さっきまで舐めていた彼女の顔がこちらをジッと目を細めながら見つめていて……


「総さん……最近ちょっと気にしてるんですから重いは禁句で…………にゃん!」

「ちょっとブレてきてるでしょ! 悪かったから離れてぇ!」

「…………にゃん」


 一瞬素に戻りつつもネコモードを保ちつつ彼女をなんとか引き剥がしていく。

 ししてようやく願いが通じたのか、彼女は小さく言葉を漏らしつつさっきの馬乗りの状態に戻ってくれた。


 それとさっき離れる瞬間、微かにお酒の匂いがしたような……


「灯、もしかしてお酒、飲んでる?」

「全然飲んでないニャン。ちょっとだけだニャン」


 どっちなの……。

 キスされた時はそれどころじゃなかったけど、よくよく鼻を効かせてみれば確かに感じる。

 彼女の寒さが平気な身体も、今の行動も、全部お酒の力によるものか。


「でも、お酒が無くてもこの気持ちは本音で……にゃん。 だから私は……」

「灯……? ――――!そこは……そこはダメだ……」


 スッと離れるかのように足元へ下がっていく灯。

 ようやく降りてくれるかと思ったが違うようだ。彼女は降りる事無く、俺の脚上に腰を再び下ろす。

 そして見据えるは俺の一部分。足の付け根付近にある、とあるもの。


「そこは……そこはダメだ……」

「総さん……好き……大好き……」


 慌てて起き上がり、なけなしの体力を使い切って伸ばした腕は意図せず彼女の腕に触れてしまった。

 ただの偶然。勢いのまま触れただけ。しかし触れた腕は勢いを殺し切れずに彼女の支えとしている片腕を弾き飛ばしてしまった。


 支えを失ったことで崩れ行く彼女の身体。まさかそのままアレに突っ込むのかと目を見開くも、片側のみの支えを失ったお陰で灯も横に倒れ、俺の右腰に頭を落としていった。


「みゃぁう…………」

「だ……大丈夫?」


 なにやら可愛らしい声とともに正確に落ちた場所は、俺の右太もも。

 柔らかいとは言え顔面から落ちたことに恐る恐る問いかけるも、返事が聞こえてこない。


 もしかして……これって……こんなオチ?

 まさかと嫌な想像をしつつ彼女を仰向けにさせると、返事がない理由をすぐに理解させられた。


「みゅぅ……みゅぅ……」

「寝てる……のか?」


 仰向けになった彼女から聞こえるのは穏やかな寝息。

 普通の寝息より随分と可愛らしいのは先程の名残か、それとも狸寝入りか……。


 真実のほどはわからないが、そういえばと数日前のクリスマスパーティーがフラッシュバックしてくる。

 あの日の灯は、一人倒れるように寝ていた。もしかしてお酒でぶっ倒れて、今回もそのパターンなのか?


 完全に推測の域を出ないが、それでも確実に言えることはある。それは――――


「た……たすかったぁ…………」


 俺は隣で寝息を立てている彼女にそっと毛布をかけつつ、大きな大きなため息をつく。

 それは心の底から湧き上がる、安堵の一言であった。

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