008.3度目の・・・・・
二度あることは三度ある。
三度目の正直。
どちらも昔から伝わる言葉で、それぞれに違った意味を持つ。
前者は文字通り同じことが繰り返される意で、後者は三回目こそ一、二回目と違って期待できるという意。
つまり正反対。完全に矛盾している。
一体昔の人は三度目を何だと思っていたのだろうか。
しかし日本語というのは面白いもので、要は使い分けだ。
三度続いて期待と違ったら前者を使い、逆に三度目で期待通りだったら後者を使う。都合のいい言葉。
俺はこれらの言葉を、三度目はどうとでもなるという昔人の教訓だと受け取っている。
どちらに転んでも言い訳がきくように、心の平穏を保つようにと。
ならば四度目の言葉が欲しいとも思ったが、それだとキリが無くなるのを理解していたのだろう。
二択だと四度となると6パーセントちょっとだし。
ともかく。俺は朝、いつものように早起きして2階でお店の準備や朝ごはんを食べていた。
春からずっと続いている、朝のルーティーン。
一昨日は遥母……紀久代さんからの連絡で準備に追われたし、昨日といえば愛子が早々に来て話し込んでしまった。
そして今日こそ朝からノンビリしようと、三度目の正直といった気持ちで朝作業に取り組んでいると、その音が響き渡る。
ピンポーンと――――。
あまり鳴ることのない、我が家のインターホン。
それは表の店からではなく、裏口に何者かが来たということ。
俺がここに住んで1年弱。この音は3度しか鳴ることはなかった。
初回はオープンして数日立たぬうちに、追い込みのテスト勉強でやってきた遥。
2度目は夏の終わり。これまたテスト初日に来た遥。
そして今回という3度目。俺はルーティーン中のタイミングも時間も以前とピッタリな、デジャヴをひしひしと感じつつ音の発生源に向かう。
恐る恐る受話器を持ち上げて耳元に当てると、彼女の声が聞こえてきた。
「あはは……。 マスター、今空いてる~?」
…………やっぱり。
俺は2,3の言葉を交わして受話器を下ろす。
二度あることは三度ある。もはやこの子専用のインターホンと化してる機械を見つめつつ、階下へと急ぐのであった。
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―――――――
「はい、ココアおまちど」
「ありがと。 いや~、ゴメンねマスター。 こんな朝早くに」
「熱いから気をつけてな。 どうしたんだ今日は?」
テーブルに置くは1杯の暖かなココア。
1階、一日の大半を過ごす店内。
俺たちはまだ暖房すら効いていない室内で寒さに身体を震わせつつ、テーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。
正面には制服姿の遥。平日だし、きっと学校に行く前に寄ったのだろう。
「思った以上に朝早く起きちゃってね~。 なんか家に居るのもアレだしってことで学校前にマスターに会いたくなって……かな?」
「早く起きすぎでしょ……」
ココアが熱かったのか苦い顔して舌を出す彼女に、呆れた顔をしてみせる。
時刻は7時過ぎ。早く出るにしてもかなり余裕がある。
前回、前々回なら追い込みのテスト勉強ということで動機は十分理解できたが、今日はテストではないハズ。つまり本当に、純粋に早く起きたのだろう。
でもまぁ、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。
付き合っている俺たち、朝一番に会いたいなんて言われたら嬉しくないわけがない。
「いいじゃん~。 こんな時間じゃないとマスターと2人きりに慣れないんだからさ~」
「それは……まぁ……」
俺が付き合っているのは遥だけじゃない。他にも何人かいる。
そして女の子同士、みんな仲がいい。放課後なんかはみんな一緒にこの店に集まってワチャワチャすることが多い。
つまり”みんなで”ということは多くとも”2人きりで”というのは滅多にない。
彼女はそれが不満に思っていたのだろう。俺もどうにかしたいと思っていたが、あっちを立てればこっちが立たない。なかなか難しい問題だ。
「だから毎日じゃなくっても……たまぁにこうやって2人でお茶したいの……ダメ?」
「それは、まぁ。 ダメじゃ……ないが……」
「やったっ。 えへへっ……」
そんなすがるような目で見られちゃ弱い。
言葉が跡切れ跡切れになりながらもなんとか了承すると、彼女は小さく微笑んでココアを口にする。
なんだか、いつもとは少しベクトルの違う甘えん坊な気が見える気がする。
それにココアの熱のせいか恥ずかしがっているせいか、頬がいつもより紅潮している。
普段ならもっと背中に張り付いたりしてグイグイ来たりするのに、ローテンションなのか少し大人しめだ。
まぁ朝でまだ眠気が取れていないなんて言われちゃそれまでだが。
「遥」
「なぁに~?」
「まだ眠いか?」
「ん~……ちょっと眠かったけど、マスターの顔見たらしっかり起きれたよ」
ふむ、判断に難しい。
でも目は若干半開きだ。それに前回前々回と、勉強しに来て結局寝たことを考えると……
「なぁ」
「ん~?」
「少しそこのソファーで寝ようか。俺の膝貸すから」
提案するのは前と同じソファー。
どうせこういう結果になるんだ。予測してたさ。
それに以前と違って俺たちは付き合ってるんだし、ちょっとの膝枕くらいいいだろう。
「いいの? ありがと~…………って、あれ――――?」
「っ――――!!」
先に立ち上がった俺に着いてくるのを待っていると、彼女が立ち上がった瞬間その身体が大きく揺れる。
身体に力が入らないのか、前後に大きく揺れる遥。必死に支えようとしているのかその場で足踏みしているが、自らの自重に下半身が耐えれていない。
その様子を目にした俺も慌てて駆け寄ってその肩を掴むと、バランスは取れた代わりに力を無くした彼女の膝は曲がってその場にしゃがみ込む。
「遥……!?」
「あれぇ? おかしいなぁ……なんだかすっごいフラフラするぅ……」
まるで冗談めかすようにおどけているも、目の前で見た彼女の顔は真っ赤だった。
息も荒く、肩が大きく上下している。手にかかる重さもなかなかで、きっとこの手を離すと彼女の身体は床に沈んでしまうだろう。
もしやと思ってその額に手を触れてみると…………熱い。
案の定だ。額の熱さに息の荒さ、そして足元のおぼつかなさは間違いない。
「遥………もしかして、風邪引いたか?」
「……ほぇ? 風邪?」
確かめるように問いかけると、自覚していなかったのか小さな声で聞き返してくる。
その目はやっぱり焦点が合っていなく、俺は確証を得てその髪をワシャワシャと撫でるのであった。
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