005.灯


 もはや最近見慣れてきた光景。

 伶実ちゃんと遥、そしてナナミちゃんが同じテーブルで語り合い、俺は変わらずカウンターという配置。


 随分と寂しい光景だが、その景色にもだいぶ慣れてきた。

 何か1つ欠けたピース。欠けた1つが何なのか考えるまでもないが、どうやっても決して埋まることの無かったもの。


 それは伶実ちゃんらのテーブルに足りないもうひとりの人物。俺にとってもみんなにとっても大切な、4人目。

 今日彼女は帰ってくる。1週間ぶりに、この店へ。


 その音は意外と早くやってきた。

 ガラガラと転がすような音を携えて。


「ふぅ~……。 ただいまです。みなさん」

「あっ!あかニャンおかえり~!! 待ってたよ~!!」


 あかニャンと呼ばれた人物。

 チリンチリンといつもの音とともに店へ入ってきたのは、真っ黒の髪を持ち、前髪を揃えつつ後ろ髪をポニーテールにした少女だった。

 右手にはキャリーケース、左手には大きめの紙バッグを持った少女。彼女が店に入ってきた途端、待ちかねたように遥が大手を広げて駆け寄っていき、その小さな身体を抱きしめる。


「わぷっ……! ただいまです……遥先輩」


 遥の事を先輩と付けて呼ぶ少女。

 彼女は遥の、そして伶実ちゃんが通う女子校の後輩である高芝 灯たかしば あかり

 奈々未ちゃんと変わらぬくらいの小さな体躯、そして彼女は抱きついた遥をギュッと抱きとめる。


 しかし抱きしめていたのは一瞬のこと。遥は左手の紙バックに気がついたのか、バッと抱きついていた身体を引き剥がしてその輝く瞳を見せつけてくる。


「あかニャンっ!! その紙袋ってもしかして…………」

「えぇ、はい。 みなさんへのお土産です。主にお菓子多めで」

「やったぁっ!レッミミ~ン!ナッミル~ン! お菓子だよ~!!」


 どうやら遥の目的はその紙袋だったようだ。

 灯からそれを受け取った彼女はスキップをしながらテーブルで見守っている伶実ちゃんと奈々未ちゃんの元へ向かっていく。


 灯はあかニャン、伶実ちゃんはレミミン、奈々未ちゃんはナミルン。

 どれも彼女が思いついたあだ名だ。俺が言ったらヒンシュクだろうが、彼女が言うからこそ可愛い名前。


 テーブルに様々なお菓子を並べていく3人。そんな少女たちを眺めていた灯は軽く苦笑しつつも今度は俺の方へ真っ直ぐ見据えて歩いてくる。


「……よっ。 おかえり、灯」

「…………はい。 ただいまです。総さん」


 俺の目の前で嬉しそうにはにかむのは大好きな恋人4人目である少女、灯。

 彼女は目の前のカウンター席へ座ると、唐突にその整った顔を崩しながらテーブルへ身体を預けてきた。


「疲れましたよぉ……。 もう、一歩も動きたくありません……」

「お疲れ。 何か欲しい物ある?」

「甘いものをぉ……。 うんと、甘いものが飲みたいです」

「了解」


 さっきまでのはにかんだ笑みとは一転、一気に電池が切れたように倒れてしまったが、無理もない。

 彼女は今までずっと動き回ったのだ。そうなって当然だろう。


「それで、どうだった? 楽しかった?」

「楽しかったですけど……みんながいないのは寂しかったです」

「それはどうしようもないからなぁ……」

「せめてマスターだけでも来てくれれば良かったのに……」


 机に倒れ込みながら横向きに頬を膨らましてくるけど、無茶を言いなさんな。

 1週間も店を置いて出てくなんて無理だよ。伶実ちゃんらがいるというのに。


「けど初めてだったんでしょ?北海道。 雪まつりとか見れたんじゃない?」

「あれは年越してからですって。 ……でも、雪景色は綺麗でしたね……」


 この地域は雪が降らないからそう思うのも無理はない。


 キャリーケースと北海道という単語からわかるように、彼女はこの1週間北海道に旅行へ行っていた。

 旅行と言っても学校行事である修学旅行。高校生活の一大イベントだ。

 あの学校では1年の冬辺りに行くものらしい。

 1週間弱という長い日程で帰ってきたのが今日、今さっき。そりゃ疲れもするってものだ。


「食べ物とか美味しいって聞くし、俺もできれば行きたかったけどねぇ」

「確かにカキだったり蕎麦寿司だったり、食べ物は最高でした。 でも、スパカツだけはもう食べたくありません……美味しかったですけどボリュームが……」


 はて、すぱかつとは何なのだろう。

 そんな折、テーブル席で沸き立つ声に目を向ければ少女たち……特に遥が様々なお土産に目を輝かせている。

 キャラメルだったりスナックだったりチョコだったり……アレ、俺の分も残しておいてくれるかな……?



「はい、甘いものおまちどう。 チョコラテで良かったかな?」


 彼女の手元に置いたのはチョコレートを溶かしてミルクを加えた、シンプルな飲み物、チョコラテ。

 俺が飲む時はほろ苦さも加えるが、今の彼女にそれは要らないだろう。


「ありがとうございます。 ……それだけですか?」

「えっ?」


 え、なに?飲み物だけじゃなくてデザートも必要だった感じ?

 何かいいのあったかな……チョコラテに合いそうなものは……。


「あぁいえ、すみません。 モノが足りないのではなく、成分が足りないんです」

「…………?」


 成分? 成分とはなんだ?

 彼女は自他共認めるほど頭がいい。全国模試で上位にいくような頭脳を持っている。

 逆に俺はそこまで頭いいわけじゃないから彼女の知識に追いついていない。


 そう思って素直に聞こうとしたところ、ふと倒れ込んでいた彼女が身体を起こして椅子から立ち上がる。


「マスター、こっちへ」

「……? ここ?」

「はい。 椅子に座ってください」

「座る…………? って、わっ!?」


 俺は言われるがまま、カウンターを回って彼女の側へ。

 そして さっきまで灯が座っていた場所に腰を下ろすと彼女の意図がようやく理解できた。


 俺が椅子に座った途端、そこに乗っかる形で膝の上に腰を下ろす灯。

 背を向けた状態で互いにテーブルへ向かいながら、彼女はこちらへと身体を預けてくる。


「――――ふぅ。やっと……やっと総さん成分が摂取出来ます」

「成分ってなにかと思ったら……」

「ずっと辛かったんですよ? 1週間会えなくって、触れられなくって……。帰ってきたら真っ先に総さんに抱きしめてもらおうって決めてたんです。 だから、はい」

「……はいはい」


 彼女が背を向けたまま俺の手を持ち上げて、その意図を理解する。

 その指示通り上に乗っている灯の身体に手を巻きつけると、すぐ近くにある頭から「ふふっ」と楽しげに鼻を鳴らす音が聞こえてきた。


 まさしく甘えん坊状態の灯。

 俺も1週間会えなくって寂しかったが、彼女はそれ以上だったようだ。

 その埋め合わせをするように要求してくる彼女を、俺は文句をいうわけでもなく願いを叶えてみせる。


「総さん、もっと強くです」

「はいはい」

「総さん、ラテ飲ませてください」

「はいはい」

「ぷぁ……。 総さん、そのままキスしてください」

「はいは…………って、んん?」


 次々のお願いに一つ一つ答える俺。

 その最後の1つを答えようとしたところで、止まってしまった。

 目を見開くと少し振り向いた彼女のニヤリとした顔が見える。クッ……策士め……!


「総さん、ここでいいですよ。 ここで」

「そこ唇じゃん……。ほら、甘えタイムは終わり! 俺は洗い物するからっ!」

「えぇ~! もっとぉ~!」


 まるで遥のように甘えたような声が聞こえてくるのは、しばらく会うことが出来なかった反動だろうか。

 しかし俺は構わず元の場所へ戻る。洗い物しながら、しばらくの間灯に睨まれ続けるのであった。

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