夢のカフェを開いてみたら、JKのお嫁さんができました
春野 安芸
001.いつもどおりのトンデモ提案
カコォン……と、遠くで鹿威しの音が聞こえる。
風になびく草々がサァァ……と寒々とした気候を告げる中、暖かな部屋で一人、目的の人物がやって来るのを待っていた。
ここは世間の煩わしさや忙しなさから隔絶された空間、本永家。
高いビルやマンションなどもない、昔から多くの金持ち達が集まる高級住宅街の中でも一際広い土地を持つ名家。
喧騒から外れ、まさにこの敷地以外はなにもないかのような静けさの中でただただ自然音だけが聞こえてくる。
季節は冬。師走に入ったばかりのとある日。
俺はこの家の人物に呼び出され、言われるがままに足を運んでいた。
呼び出した人物は
早朝スマホにただ来いという旨のメッセージを受け取った俺は、
広い広い日本家屋。もし一人で目的の部屋まで行けなんて言われたら絶対迷う自信がある。
しかし意を決してインターホンを押すと俺の来訪はに伝わっていたらしく、案内役である壮年の女性によっていつもの客間へと連れられていた。
既に準備ができていたのか暖かな暖房の効いた部屋の中、黙って静かに彼が来るのを待っている。
冬至も近い冬の日。
雪の降らない地域ということもあってまだ水が凍るほどでもない気候なのは、一定のリズムを奏でる
しかし、それでも寒いものは寒い。こんな中スカートを履いて通学しなきゃならない彼女”たち”のことを心配しつつヌクヌクと薪ストーブという初めての暖かさに感動していると、不意に襖が開いて彼女が姿を表した。
「失礼致します。 突然お呼びして申し訳ございません。寒くはありませんか?」
「いえ、はい。 薪ストーブってすごいですね。外の寒さがウソみたいに温かいです」
石油ストーブに勝るとも劣らない、窓の中でゴウゴウと燃え盛る炎のダンス。
まさにウチにも採用して年がら年中付けていたいと思うほどの暖かさだ。
でも絶対管理とか面倒になって物置になると、余分な思考を捨て置いて彼女と向き合う。
現れたのは白と黄色の和服に身を包み、背筋をピンと伸ばし凛とした雰囲気の女性…………件の紀久代さんだ。
出会った当初は娘の遥を退学まで追い込もうとしていて、相当厳しい母親と思っていたが、関わっていると常に娘を心配する優しい母親ということに気づいた。
娘思いの優しい人……優しいのだが、あの手この手で俺の予想の斜め上を行くトンデモな人でもある。
娘に俺のことを『お兄ちゃん』と呼ばせたり、着替えてる男子更衣室に入ってきたり、家でだらけている娘の部屋に俺を伴って突撃したりと、その行動に予測ができない。
今日も彼女から連絡来たから多少……いや、大分警戒してる。
一体今回は何を言い出すのか……今から怖くてたまらない。
「それは何よりです。 では、お願いします」
「はい」
…………?
彼女が開いた襖に声を掛けたと思ったら、さっき案内してくれた女性がこちらに一礼して入ってきた。
その手に収められているのは和と自然で統一されたこの部屋に不相応なアタッシュケース。
銀色の、手元に2つのロックが見えるタイプ。昔ドラマとかでよく見たやつだ。
それを1つ……2つ……3つ部屋の隅に置いた女性は何も発することなく出ていってしまった。
…………なんか、すっごく嫌な予感。
「あの……これは一体……?」
「はい。 本日はコレのことでお呼びしました」
部屋の隅、ソレに手が届く位置で腰をおろした彼女は改まって俺と向かい合う。
テーブルを挟んだ俺と彼女。その目は何やら真剣味を帯びていて思わずこちらも背筋が自然と伸びてしまう。
「遥は……娘はよくやってますか? あの喧しさでご迷惑をおかけしてませんか?」
「全く。 むしろ場を華やかにしてくれてますよ」
いつも元気で明るい遥。
彼女は夜こそこの家に帰っているものの、日中は朝から平日休日問わず俺の店にいる。
親なのだからそこらへんを気にするのは当然のことだろう。でも何故だか、その質問にはまだ俺の察せない何かが込められているような気がした。
「そうですか……。ワガママなどは言っていませんか? 家ではそちらのお宅に泊まりたいと煩いのですが」
「それは……まぁ……」
ありありと目に浮かぶ様に冷や汗をかきながら思わず目をそらす。
墓参りをした月命日のあの日から今日まで、俺と彼女”たち”とは色々なことがあった。
文化祭では彼女らの友人たちからからかわれたり、紅葉狩りでは誤ってお酒を飲んだりしてもう大変だった。
色々な事があった中でも、俺は決して自室に泊めることはしていない。一線を引いている。
しかし俺だって普通の男。そういうのに興味がないわけではない。
彼女らはまだ高校生、華のJKだ。20過ぎた俺と付き合うのも信じられないのに、そういうのはまだ早いと思うから。
そんな理由で毎回断ってるのに、毎回ねだって来るからホント困ったものだ。それが一人じゃないからなお大変。
「そうですか…………話は変わりますが、大牧さんは引っ越しの予定はございますか?」
「へ? 引っ越し?」
突然の、思い切り変わった話題につい声が上ずってしまった。
引っ越し?いやまぁ店もあるし今の部屋には全く困ってないし、そんな予定は一切無いのだが。
そう示すように首を横に振ると彼女は黙って目を伏せる。
「では今後……大牧さんが結婚して住まわれる時、あの部屋で暮らすのですか?」
「それは、その……。 考えて……無かったです」
核心を付くような質問に思わずハッとする。
そうだ。あの建物の居住スペースは一人で残りの人生を過ごそうと考えてたから余裕はあまりない。
1人では余裕があり、もう1人泊まるくらいならなんとかなるものの、『暮らす』となったらかなり手狭になってしまう。
これまで考えてこなかったが、となるとどこか別の場所に居を構える必要があるのかもしれない。
目が覚めるような問いに今後の事を考えていると、彼女はおもむろに印刷したであろう地図を取り出してこちらに見せてくる。
これは、俺の店付近の航空写真?
「あのお店の周囲を調べてみたのですが、少なくとも両隣と更に向こう、計4棟は空き家であることが判明しました」
「はぁ……」
テーブルを乗り上げて指で示してくれる紀久代さん。
まぁ、あんな奥まったところにある建物、よっぽどの物好きでなければ人が入りやしないだろう。
だから安く買い叩く事ができたのだが。その分客は一切来ないというオマケ付き。
一切客の来ない喫茶店、『夢見楼』。
そこの店主である俺、大牧 総。
最初は客の来なくたっていい、もう人生の役割を終えた道楽のつもりで始めた店だったが、今となってはあれよあれよと毎日可愛い女の子たちのたまり場となってしまった。
当然紀久代さんの娘であり、俺の恋人である遥もその一人。彼女ら以外に客はほぼ来ないから、売上も彼女らに依存している。
一応誰一人客が来なくても、大赤字になっても問題ないほどの資産と資金は潤沢にあるが、それでも来てくれたほうが嬉しい。
「そこで大牧さんにご提案があるのです!」
「っ――――!!」
バンッ!
と突然の衝撃音とともに鬼気迫る表情で迫ってきて息を呑む。
キッとつり上がった目は本気を表していた。
彼女は衝撃音を生じさせた犯人であるアタッシュケースに視線を落としつつ、チラリと俺の表情を伺う。
「な、なんでしょう?」
「大牧さん、増改築……しませんか?」
「増改……築?」
彼女が示したのは、予想を遥かに超える言葉だった。
開店して一年も経っていないのに、利益も微々たるものだというのに、もう改築?
「はい。あの子が卒業した後でも、今からでも住めるようにようにするのです」
「いやでも、あの狭い場所にそんな土地なんて…………あっ……」
当然考えられる問題点を言おうとしたものの、その答えは事前に用意されていることに気がついて言葉が途切れてしまう。
だから両隣は空き家だと。増築する土地はあるのだと言っていたのか。
「でも、お金の問題があります。 さすがに利益も出てないのにそれをするのは……」
確かに住まいの方はどうにかすべき問題だろう。
しかしお店の方は今のままでも十分いいはずだ。そんなものに出す金は…………無くはないけど出したくない!
「そこでこれの出番です」
「これ……ですか?」
彼女が示したのはテーブルに置いたケース。
それが全ての始まりだった。
「ケースは全て、あなたに差し上げます。 これで増改築でも何でも、ご自由になさってください」
ガチャッとロックの外れる音がして開かれる重厚なアタッシュケースの蓋。
そこに敷き詰められたのはとある
俺は初めて目にするその実物に、はるか後ろにある壁までバック走と言える速度で後ずさりするのであった。
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