046.消えた記憶。思い出される記憶
「マスター……マスター? 起きてますか?」
「………………はっ!!」
ふと、そんな呼びかけが俺の耳に響いてきて飛んでいた意識を取り戻す。
気づけば灯の顔が直ぐ側まで迫っており、その後ろにはフライパンと美味しそうな魚の照り焼きが。
えぇと……何してたんだっけ。
ああ、そうだった。確か買い物終わってすぐ灯がやってきてお昼にしようとブリの照焼を作ってたんだっけ。
「あぁ、……なんか一瞬寝てたみたい」
「そうみたいですね。随分お疲れの様子ですが、寝不足ですか?」
「うん。そうかなぁ……そうかも?」
昨日はどうだったかなぁ。普通にお店閉めて上で動画見たりしていつもの時間に寝たはず。
そんな夜更かしした記憶もないんだけど、クリスマスの件とか色々あって疲れてるのかな?
「とりあえずお皿に取り分けてご飯の準備はできましたよ。食べられます?」
「もちろん。ありがと。 それじゃあさっさと運んじゃおっか」
「はい。では私はお水を用意しますね」
何故料理中にも関わらずボーっとしていたか記憶も定かではないが、きっと寝ぼけてただろう。火は任せてたとはいえ危ないことをする。。
彼女の視線がワークトップに向けられたと思いきやそこにはブリの照り焼きにご飯と味噌汁、あとサラダと和の昼食が。
思い出してきたぞ。サラダはブリの調理中にササッと作ったものだし味噌汁はインスタントの粉を出しておいた。きっと灯はご飯をよそって味噌汁のお湯を入れてくれたのだろう。
段々と記憶が鮮明になっていくのを感じながら俺は手早くお皿をお盆に載せ運ぼうと――――
「っ…………!!」
「マスター!?」
お盆の取手に力を込めて持ち上げようとしたところで、突然意図しない針を刺すような鋭い痛みが俺の手を襲ってその手を離してしまった。
幸いにも料理を台無しにすることはなかったが、思わず声が漏れたことで遠くにいた灯が慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
「う、うん……そういえば手の甲火傷してたっけ……」
必要以上に力を込めると湧き出してくる、火傷の痛み。
さっき怪我してたんだっけ。すっかり忘れてた。
こんなことも忘れてただなんて不用心な。今日の俺の記憶、ボロボロすぎない?
「無理しないでください。マスターになにかあったら私だけじゃなくってみんな心配するんだから」
「……ごめん」
そっと彼女の手が患部を包みこんでいくと、段々と痛みが引いていく気がした。
俺の何回りも小さい彼女の手。冷たく、触れているだけでひんやりと火傷した部分が冷やされていく。
そうだよな。彼女たちの誰かに何かあればみんな心配するように、俺もきっとみんなが心配してくれるんだろう。
そんなみんなの、そして今も目を伏せて心配してくれている灯の彼女の優しさを感じていると、その手がスッと離れて肩へいき、回れ右をさせられた。
「しょうがないですね。お料理は私が準備しますので、マスターはこちらで大人しくしていてください」
問答無用。
灯の手によって背中を押され、たどり着くのはお水の置かれているテーブル席。
その片方へ座らされると彼女はズンズンとカウンターに戻っていきお盆を手にしていく。
そのあっという間の戦力外通告に抵抗しようと席を立ちかけたが、一度失敗した手前、二度目もやるとは言い出せず大人しく腰を下ろした。
仕方ない。これ以上ボーっとすると危険だし、配膳は彼女に任せよう。
でも、なんだろうな……ボーっとして以降なんだかへんな引っ掛かりがある。とっても大事なことを忘れてるような……。
「ほらマスター、腕退かしてください。 お皿置けないじゃないですか」
「あ、あぁ……」
喉まできているのに、どう考えてもそれ以上が出て来ないことにモヤモヤしていると、お盆を持った灯によって再度意識をはっきりさせる。
俺の様子をみてふぅと息を吐いた彼女は、慣れたように片手持ちに切り替えつつお皿を一つ一つテーブルへ。なんだかすごく様になっている。
「配膳、上手いな」
「そ、そうですか……? それは、良かったです」
ふと素直な感想が口から漏れたところ、彼女は恥ずかしかったのかほんのり頬を染めながら手早くお皿を移し終える。
配膳するときってバランスを取るコツがいるのよね。数度やればできることだがやり方がわからないとなかなか難しいはずだ。
もちろん、ここで働く以上俺や伶実ちゃんは当然できる。しかし彼女はそういった経験が無かったはず。それともどこかでバイトでもしていたのだろうか。
目の前にはお昼ごはんにしては頑張った見事な和食。
ご飯と味噌汁、ブリの照焼とサラダとシンプルかつ手軽なものだが我ながらよくできたほうだろう。
こちらと向かい、その両方に食事が乗せられたテーブル。さて食べようと向かいに座る彼女の顔を見れば、なにやら恥ずかしながらも何か言いたげな様子で口をモゴモゴと動かしていた。
「灯?」
「その、気づいてもらえてよかったです。 実はコッソリ練習していましたので」
「練習?」
「はい……こうやって配膳を。 お家で練習していたのを披露していたのでよかったです」
「……?」
なにやら嬉しそうに、そして恥ずかしそうにしつつ吐露してくれるが俺にはイマイチ理解することができずに疑問符が浮かんでしまう。
確かに配膳はキレイだった。練習していたのも凄い。けれどそれをこうも恥ずかしがる理由がわからない。俺、灯に昔何か言っただろうか?
「わかりませんか? 私の言ってること」
「……すまん」
そしてそんな俺の様子を見抜いたのか、すかさず聞いてくる灯。
ここは下手に取り繕って分かると言ってもきっと無駄だろう。絶対見抜かれる。俺の彼女たちにそう言う虚勢は無駄だと言うことは身をもって学んできた。
「私、いずれこの店を大きくするって言ったじゃないですか。 覚えてます?」
「そりゃあもちろん。 あの辺りは色々あったから」
思い出すのは彼女たちにホテルで告白…………花びらを全員に渡した次の日のこと。
店に灯と奈々未ちゃんがやってきて、お店の改造だとか色々話したんだったか。先のことでもあるし冗談かもと軽く捉えていたが、まさか本気で……?
「それでその時……私がマスターと一緒になった時にここで働いて配膳する時困らないように……ですっ」
「―――――」
――――空いた口が塞がらなかった。
まさかそこまで……そこまで彼女は将来の事を考えてくれていたとは。
完全に行き当たりばったりの俺とは大違いだ。まだ紀久代さんに提示された謎のお金についても考えれてないのに……。
「ほっ……ほらマスター! 早く食べちゃいましょっ!午後も予定が詰まっているんですからっ!」
そんな俺を催促するように、声を上げた彼女は早々に「いただきます!」と言って食事を始める。
灯自ら言ったが、なんだかんだ恥ずかしかったようだ。俺はそんな姿を見て少し微笑ましくなり、同じく食事を始めていく。
――――ん? さっきなんて言った?
「なぁ灯」
「なんです?」
「さっき、午後も予定が詰まってるって言ってたが、何かあるのか?」
「…………? 何言ってるんですか?ついさっき伝えたじゃないですか。マスターも了承してましたし、忘れたとは言わせませんよ」
さっきの恥ずかしそうな顔から一転、少し不機嫌そうな顔を見せる灯。
ん?俺、何了承した?
なんだか本当に忘れてる気がする。というか、思い出したくない気がする。
「私の家のことですよ。午後、お父さんに会ってくれるって言ったじゃないですか」
「――――」
彼女の言葉は、俺がついさっきまで喉元まで出かかっていた言葉。
そして同時に、思い出したくない言葉でもあった――――
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