015.くろねこ
「ストーカー、か……」
いつものように、いつもの店で買い物をし、いつもの帰り道で店に向かって歩いてる日のこと。
段々と人と車の通りが少なくなっていき、一人きりとなった道で考えるのはつい先日の話。
奈々未ちゃんと2人でお好み焼きを食べることになった夜、彼女はストーカーにつけられていたと言っていた。
その後すぐに解決したと言っていたが、本当に大丈夫だったのだろうか。
まだまだ中学生の彼女。俺と干支半分くらいの差がある。
身の回りに祖父母という信頼できる人がいたとしても不安に思っていたのかも知れない。
しかし彼女も本当に困ったら助けを求めてくれるハズ。ストーカーの事を聞いた1度目も2度目もなんてことのない様子だったし……うぅん……。
俺に助けて欲しかったのかな……?でもなんにもなさそうだったし……。
それに前の夜だってなんてことなっそうだったけど、ホントは不安でいっぱいだったんじゃないのかな……?
歩きながら頭を悩ませていると、早くも店近くにたどり着いていることに気づく。
考え事をしてると帰り道も随分早く感じる。仕方ない、奈々未ちゃんの件についてはまた本人に詳しく聞くことにしよう。情報が少なすぎて判断ができない。
もし今後も悩まされるようなら俺からおじいさんに掛け合うのもいいかもしれない。なぁに、どうせ店は暇なんだ。多少閉めたところで不都合なんてないさ。
「……あれ?」
最後の曲がり角を終えてもう店まで数十メートル。
目前となった距離で、俺は見慣れない光景に気が付いた。
なにやら挙動不審な……真っ黒な影。影が俺の店をコソコソと伺っていたのだ。
影といっても今は昼間。太陽が出ていない曇り空でも見晴らしは悪くない時間と天気だ。
だから、正確には上から下まで真っ黒な服に身を包んだ人物と表現するのが正しいのだろう。黒のパンツに黒のコート、黒のフードと黒づくしだ。
別に冬の季節、黒いコートに身を包んだ人物などさして不自然でもない。
それを言うなら真夏でも暑そうなコートを着用していた奈々未ちゃんのほうがよっぽど不自然と言えるだろう。
あの影の不自然な部分は、その行動。フードを手で深く被りながら目元を見せないようにし、しゃがみながら歩き回る。そして時折身体を起こしながら窓から中を覗き込んでいるのだ。
明らかに挙動不審。明らかに不審者。そんな影に警戒をしながら俺もバレないようゆっくりと近づいていく。
背丈は……奈々未ちゃんと同じくらいか。つまり女性か小さな男の子。
しかし奈々未ちゃんはサプライズでもない限りここに居ないはず。買い物中に撮影行ってくると連絡があったから。
………でも、何かデジャヴ感が凄いんだよなぁ。
俺の店をコソコソと伺う姿を見かけるなんて初めてなのに。
コソコソ伺う……奈々未ちゃんみたいな背丈……影みたいな見た目……。あれ、これって――――
「……灯か?」
「ひっ――――!!!」
思わず警戒を解いて近づきつつその影に呼びかけると、突然の声に驚いたのかその身体が大きく震える。
そうだそうだ。
なんか既視感あると思ったら灯と初めて会った日だ。
あの日は梅雨の日で、俺の店を伺ってたらびしょ濡れになって遥に連れてこられたんだっけ。
そういえば灯も奈々未ちゃんと背丈一緒くらいだったな。ストーカーの件から奈々未ちゃんの方へ思考が引っ張られすぎてた。
「どうした? 鍵でもなくしたか?」
店の鍵は恋人となった5人全員に渡している。だから入らないのは不思議に思ったが、なくしたのなら話は変わってくるだろう。
挙動不審だったのも探していたと仮定すれば説明がつく。窓から除いていたのはきっと裏口から誰か入ってきてないか見ていたのだろう。カーテン閉まってるから見えづらかっただろうに。
「―――――!!」
「…………あれ?」
鍵なくしたなら連絡くれればいいのに。
そんな軽い気持ちで話しかけたはいいが、肝心の灯?はフードの隙間から俺を認識するやいなや逃げるように走っていってしまった。
鉄砲玉のように立ち上がりこの場を後にしていくさまに呆気にとられていて、呼び止めようとしてももう姿は見えず。角を曲がって消えてしまった。
「なんだったんだ……?」
悲鳴のように聞こえた声はおそらく女の子。
何だったんだろう。あんな行動をするのは前科持ちの灯しか居ないはず。あ、でもコートは奈々未ちゃんのと同じやつだったな。パッと見な上詳しくないから自信ないけど。
ま、もう追えないしいっか。寒いし、入ったら灯に連絡でもして聞いてみよう。
そう結論付けていつものように鍵穴へ鍵を差し込むと、フッと軽い感触に嫌な汗が吹き出してしまう。
鍵が――――
開いている――――
おかしい。俺が店を出た時は確実に閉めた。閉めた上でドアノブを回して確認したことさえ覚えている。
ならば誰か…………さっきの、影?
鍵をなくしていなかったというのか?それとも、全く知らない人なら……。
背中に嫌な汗がとめどなく流れる。
もしかして、何らかの手段で鍵を開けられて侵入された?こんな辺境の店に?
いや、辺境だからこそかもしれない。人通りの少ない道路、不審なことをしたってバレやしない。
俺はまだ誰か居る可能性を考慮しながらそぉっとそぉっと開けていく。鈴を鳴らさないように、慎重に。
ゆっくりと時間をかけて開けていき、ようやく頭が入るくらい開いたことを確認した俺は、最大限の警戒をしつつそこから中を覗き込んで、誰か居るか様子を――――
「…………灯?」
「へっ……? って、何してるんですかマスター。頭だけで」
頭だけを入れて覗き込んだ店内。
そこの奥、カウンター席でこちらに背を向けていたのはここ数ヶ月見慣れた姿、灯だった。
彼女は俺の呼びかけに振り返ると同時に呆れたような顔をして応えてくれる。よかった、今度こそ本人だ。
きっと彼女から見たら頭だけ、そして店の外から見たら頭隠して尻隠さずという状況だろう。俺はそそくさと立ち上がって遠慮なく扉を開け放つ。
「なんでも……。 灯はいつから来てたんだ?」
「そうですねぇ、20分くらい前でしょうか」
20分となると、俺が買い物に出た直後ってところか。
「他にお客さんとかは?」
「来るわけないじゃないですか。ちゃんと”CLOSE”にしてますし、カーテンだって閉めてますし」
すぐ隣に見える扉は、確かにCLOSEのままだ。
じゃああの人物は店に入ることすらせず、ただ外からこちらの様子を伺っていたというのか?それは、まるで――――
「何かあったんですか? 様子がおかしいですよ」
「いや……さっき、店の前で灯みたいな事してる人が居てな。まるで本人みたいに」
「? 私みたいなこと?」
「ほら、前あったじゃん。ずっと外から店の様子見てきてさ。あんな感じの人が」
――――まるで以前の灯そのものだ。
店が開いてるかどうかの違いはあれど、店内に誰かが居てそれを外から伺うかんじなんかそっくり。そして気づかれそうになったら逃げてくのもまさしく。
「そのっ……!あれはっ……! まだ私がマスターのことを知らなかったからで……!」
「分かってる分かってる。 遥のことが心配だったんだよな」
灯が様子を伺っていたのは遥がここに出入りしていたことがきっかけだった。
あの時は随分と警戒されていたのに、今となってはこうだなんて、随分と変わったものだ。
「でも私みたいに様子を伺う……ですか……」
「ん、何か心当たりでも?」
「いえ、でもマスター、それって幻覚の可能性は? ほら、コーヒー飲みすぎたせいで引き起こす的な何かで」
「いやいやいや、まさかぁ」
まさかコーヒーで幻覚なんて……ないよね?
確かに証拠も何もないけど、幻覚の類ではない……ハズ!
でもなぁ。店開いてからは目に見えてコーヒー飲む量増えてるし、飲み過ぎという点は否定ができない。
ちょっと控えるべきかなぁ……。
「それとも……その子とか?」
「えっ?」
灯がフッと目を細めて視線を向けた先を確認すると、俺の足元には真っ黒な黒猫が。
あら可愛い。足元に身体こすりつけてきてるし飼い猫かな?
「マスターはこう言いたいんですね。 私はこの猫ちゃんみたいにとっても可愛くて素敵な子だって」
「それは……どうだろ……。そうかも?」
しゃがみながら呼び寄せる灯につられていく黒猫。
俺は散々迷った挙げ句、とりあえず同意することにした。
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