026.灯のような・・・・


 クリスマス――――


 それは1年の風物詩の中で、トップクラスにポピュラーかつロマンティックなもの。

 聖なる夜というくらいだ。家族と過ごしたり、恋人と過ごしたりと思い思いの時間を過ごす。

 偶に聖なるを性なると揶揄する場合もあるが、それはそれで個人個人の問題だからまた一興。

 もちろん俺もこれまでは家族と一緒だった。美味しい料理を食べたりプレゼントを贈り合ったりして恵まれた夜を過ごしてきたと思う。


 しかし今年は、いつものクリスマスとは一変した夜を過ごすことが確定していた。

 恋人5人と一緒に店で美味しいものを頂く、楽しいパーティー。

 時間も夜遅くまでかかることが予想されることから紀久代さんや奈々未ちゃんのおじいさんにはキチンと許可は取ってきた。

 そしてどうやったかは知らないが、伶実ちゃんと灯の親は俺が挨拶に行く前から了承してもらってるらしい。

 2人のご両親にはまだ一度も会ってないからな。いずれ会いに行かなきゃならないと思うけど、なかなかタイミングが……。



 ということでクリスマスの準備はまだいい。

 飾り付けはみんなが買って出てくれたし、料理は仮にも飲食店の店長だ。自信がある。

 問題はその後のプレゼント交換。一体何を用意すればいいかと俺は心底悩んでいた。


 十人十色。人によって好みのものは当然変わってくるだろう。

 ある程度把握しているものの、必要・不必要という観点から見るとまた難しくなる。

 アクセサリーは着けることを強制していると思われないだろうか。雑貨は持ってる物と被ったり細かな好みが違ったりしないだろうか。

 日用品はプレゼントとしてなにか違うし、デート券なんかはもうわけわかんない。調子乗りすぎと一蹴されるだけだ。

 もはや誰しもが喜ぶモノ、現金でいいんじゃないだろうか。実用性も手軽さもあるし、万能すぎるプレゼントのような気がする。


 ……ダメだ。思考が変な方向行ってる。

 プレゼントが現金とか真っ先に選択肢から外すべきだろうに。



 冷たい風が身体に吹き付ける昼の街はずれ。

 学生はみな学校に行っていて休日より静かな街中を一人考え事しながら歩いていると、ふと隣を歩く女性の存在に気が付いた。

 黒いフードを被った小さな女性。その姿は小さな男の子の可能性もあったが、コートの中にすっぽりと収まるスカート又は短パンから伸びた綺麗な足と女物のローファー、そして雰囲気から女性と察する事ができた。


 なんだかどこかで会った気もするが、心当たりはさっぱり無い。単にすれ違っただけだろう。

 考え事しながら歩いていたから歩くペースが遅くなるのも仕方ない。俺は少しペースを落とし、彼女に先を譲ろうと試みる。


「…………」

「…………」


 ……あれ?

 なぜか距離が一切変わってないぞ?


 俺がペースを落とせば彼女も落とし、逆に上げれば彼女も上げる。

 まさしく同行者のように連れ立っているようだ。


 しかし俺はこの人のことなんて知らない。

 一人で店を出たし、電車も一人で降りた。体型は灯や奈々未ちゃんに似てるか気持ち小さいくらいだが、仮に2人のどちらかだとして俺に話しかけるなり抱きつくなりしてくるだろう。少なくともこんな妙なことはしてこない。


 試しにその場で立ち止まると彼女もピッタリと止まる。

 ならばと隣にある車止めのボラードに背を預けながらその人物の方を向くと、ゆっくりと彼女も90度回転し、対峙する形で向き合った。


「あの……なに?」

「……『夢見楼』の関係者です?」

「えっ? あぁ、マスターだけど」


 高さとフードを深く被っているお陰で顔までは見えないが、声で女性ということは判断できた。

 突然店の名前を呼ばれたことで戸惑ってしまったが、同時に人違いでもないことを確信させる。


「マスター……マスターさん……。っ――――!」


 キッと――――。

 顔を上げてフードの隙間から覗かせる瞳はまさしく睨んでいるようだった。

 溢れ出る敵意。今にも飛びつかんとする様子の彼女はひとしきり俺を睨んだあと息を吐いて沸き立つ心を抑えさせる。


「ふぅ……ふぅ……。 だったら、”ナナ”って知ってますよね?」

「っ!? ま、まぁ、人並みには……」


 俺と”ナナ”こと奈々未ちゃん。

 その関係を知っているかのような問いかけにドキリと心臓が高鳴る。

 まさか……いや、知らないはずだ。俺と彼女の関係は一切公表してないし、関わる時は基本店内だから漏れることも無いはずだ。

 あれ、そういえば彼女の着てるこのコート、ナナの不審者コーデの時と同じような…………。


「付き合って――――ますよね?」

「――――!?」


 俺の思いとは裏腹に、まさしく心理を突くような言葉に俺の表情は思わず驚きに満ちてしまう。

 その表情をきっと正解だろ理解したのだろう。彼女はもう一度敵意むき出しのまま俺を睨みつける。


「やっぱり。 ならばあなたに言いたいことがあったんです。とっても大事な、あの人に関わる――――」

「それを知っているということは……キミの要求ってもしかして……」

「…………」


 一つづつ詰めるような問いかけに俺は一足先に結論を急ぐ。


 ……あれ?聞くタイミング失敗した感。

 なんだか話の腰を折っちゃったせいでプルプルと怒ってる気がする。


「ごめん遮っちゃって。 続きどうぞ?」

「……いいでしょう。 面倒な質問は飛ばして本題に入ります。 あなたと”ナナ”に関わる、大切なことですから心して聞いてください」


 コホンと息を吐き場を整えつつもコートを整えてしっかりと睨んでくる名も知らぬ少女。


 …………あぁ、段々と読めてきた。

 ヒシヒシと感じる俺への敵意。そして不審者バージョンの奈々未ちゃんと同じようなコート。

 なんかさっきからすっごいデジャヴがあったんだよね。ここまで状況が酷似してるとなると、次の彼女の言葉もある程度は絞られてくる。


「私の要求はっ! ”ナナ”と別れてください!あの人が誰かと付き合うなんてきっと仕事に影響出ますし、何より…………」


 一方的に要求を押し付けるような勢いのある口調だったが、言葉は段々と力を失っていき、やがてゴニョゴニョとここからは聞き取れなくなってしまう。

 でも、やはりそういうことか。なら彼女が最後に言いたかったことは……


「……何より私の大好きな人を奪わないで―――ってところかな?」

「なっ……!? なんでそれを……!?」


 予想がドンピシャだったのか、フード越しでも分かるくらい大げさに驚く少女。


 あぁ、懐かしいなぁ……。この子、昔の灯だ。

 灯も前は遥のことが好きで俺に敵意満載だったんだよねぇ。懐かしいなぁ。かわいいなぁ。


 あの時はすっごいツンケンしてたのに、猫がやってきた日とかすっごい甘えてくれたんだよね。人って変わるものだなぁ。


「なっ……なに人の頭勝手に撫でてるんですかぁ! むが~!」

「あ、ごめん。 つい昔のことを思い出しちゃって無意識で……」

「無意識で人の頭撫でるんですか……これだから男は…………」


 失敗失敗。つい灯を思い出して無意識で頭撫でてしまっていた。


 俺と一層距離を取り眼光が強くなるも、やはり灯と重ね合わせてしまって微笑ましさしか湧いてこない。

 それに怒ってはいるもののなんだか小動物感しかない。俺の耐性が上がりすぎたのだろうか。


「いいですかっ! 早く別れてくださいね!さもないと……」

「さもないと?」

「えっと……その……。 とにかく!大変な目に遭わせるんですっ!!」


 何も思いつかなかったのだろうか。あとから考えるような物言いに思わず笑みが溢れてしまう。


「大変なこと、ねぇ……」

「ホントにホントですからねっ! えっとえっと…………そうだっ!」

「何か思いつきでも…………って、えっ――――?」


 彼女は辺りを見渡すようにしながら考えていたと思ったら、突然思いついたように俺に飛び込んできた。

 胸に飛び込む、抱きしめる形。俺の背中に手を回すもその手は震えているのが感じ取れる。


「うっ……うっ……嬉しいっ!マスターさん、私と全部捨てて駆け落ちしてくれるんですね!?」

「はい? 突然何言って…………?」


 駆け落ち?なんだ?どういうことだ?

 外れとはいえ街中で突然抱きついてくる初対面の少女に、さすがの俺も困惑してしまう。

 胸に張り付いて横を向いているお陰で表情すら読めず、俺はどうすればいいのかもわからない。


 でも、やけに棒読みだ。まるで即興で考えた台詞のような。


「それじゃあ行きましょう! 今の恋人も全部捨てて、誰も知らない遠い地まで…………!」

「だから駆け落ちってどういう――――」

「――――へぇ、マスターさん。駆け落ちするんだ」

「――――!!」


 ――――それは、全く警戒していない場所から現れた。

 胸元の少女が向いている首の先。道の向こうから聞こえてくる、透き通るも低い、暗い、闇の混じった怒りの声。

 突如降りかかるその言葉にギギギ……と音が鳴るような動き方で首を動かすと、俺の真横には顔こそ見えないが確かに、抱きついている少女と同じコートを羽織った少女、奈々未ちゃんが冷たい目をしてこちらを見上げていた。

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