039.何度目かの危機一髪
「なに……これ…………」
外での一服を終え、伶実ちゃんと店に戻ると、そこは先程までの景色と一変していた。
店はパーティー会場となっているのはさいしょから。しかしそこに出席する人物は俺が出る頃とはまるで変わってしまっていた。
灯はテーブルに伏せって身動き1つ取らず、優佳は一人楽しげに飲み物を一気飲みしている。
奈々未ちゃんはいつものコートを着たまま黙々と食事を進め、遥にいたってはテーブルの下や棚の中、果てはグラスの中を覗き込んで何かを探しているようだった。
まさに阿鼻叫喚。一人ひとりが思い思いに動きすぎて傍から見れば不審者の塊と言っていいレベル。
一体何が起こったのか……問いかけるように伶実ちゃんへ視線を向けるも彼女は知らないと言うように大きく首を横に振ってくる。
「わ、私にも全然……! 外に出る時は普通にみなさんと話してただけだったので。」
伶実ちゃんもわからないか。ならこれは一体?
「…………あっ!もしかして……。少し気になることがありますので失礼しますね!!」
「あ、あぁ……」
少し考える素振りを見せた彼女はふと心当たりに行き着いたようで、俺の側を離れて乾杯した当初のテーブルへと向かっていく。
明らかに普段と違う光景。その場に協調という文字はなく、みんなが思い思いに過ごしている空間。
しかし全員暴れまわった形式も見当たらない。幸いにも場がメチャクチャになっておらず、ただただみんなの行動がおかしいだけだ。
そんな中、ずっと探しものをしていたと思しき遥が俺たちの存在に気づき、戸惑っている俺とバチッと目が合ってしまう。
遠くからでも分かる、頬の赤みと虚ろな目。彼女が俺を認識するとニコォ……と口を歪ませ、いつもと違う笑みを向けてきたことで背筋になにやら冷たい感覚が伝っていく。
「あ~! ますたぁだぁ~! も~!どこに行ってたの~!?探してたんだよ~!!」
「ちょっとトイレに……って、何かあったのか?」
「あったよ~! ますたぁが居なくって寂しくって泣いちゃうとこだったんだからね~!!」
ギューッと。
間延びした声のまま近づいてきた遥はその勢いのまま抱きついてくる。
いつもとちがう……?いや、でも遥なら普段からこういう事してくるし……。
「も~! 机の下にも棚にもコップにも居ないんだもん~! 心配したんだよぉ~!」
あぁ、それは心配かけた。でも遥、人間はグラスの中に入ることは不可能なんだよ?
棚は頑張れば行けるかもしれないけど基本は無理だし、ってか普通に考えたらサイズ的にわかるでしょう。
「スンスン……スンスン……はぁ。やっぱりますたぁだぁ。ますたぁの匂いだぁ~」
「ちょっと、なんか変だぞ?」
「えへへ~。 ますたぁだいすき~」
胸元に顔を埋めながらそんな嬉しいことを言ってくる彼女を撫でていると、俺を見上げてきた彼女はニコッと笑――――って、酒くさぁ!!
この酒の匂い……そして今の惨状……まさか――――!!
「マスター!やっぱりそうでした! みなさんが飲んでいたらしいグラスにはどれもお酒が入ってます!!」
「そう……みたいだね……」
やはりそうだったか。
彼女たちがお酒を飲めばどうなるか……それは今の光景が全てを表していた。
灯は倒れ、奈々未ちゃんは……普通?
優佳は上機嫌にお酒を飲み続けて遥は見ての通りの惨状。
これはお酒の効果じゃなければ説明がつかない。
「優佳! なんでみんなお酒を!?」
「そ~お~! アンタもこっち来て飲みなさいよ~!美味しいお酒持ってきたのよ~!」
俺を除いたメンバーの中で唯一の酒飲み……優佳に目を向けるも酒瓶片手にプラプラと手を振っていて彼女もダメだと確信した。
優佳はまぁ、明日ダウンする程度で他は問題ないだろう。放っておく。
問題があるとすれば他の面々だ。どうしようかと頭を悩ませているともう一人の無事だった仲間、伶実ちゃんが駆け寄ってくる。
「マスター! 遥さんは私が見てますのであの2人をお願いします!」
「わかった! こっちはお願い!!」
「はい! 遥さん、私とこっち来て一緒に美味しいジュース飲みませんか?」
「あ~レミミンだぁ~! それくれるのぉ?ありがと~!」
きっと俺が見ている間に作っていたのだろう。
伶実ちゃんが遥に誘いながら用意した手の内には温かそうな飲み物があり、受け取った遥は美味しそうに飲んでいる。
一瞬お酒を更に飲ませているのかと思ったが、その傍らにレモンとはちみつが置かれていることに気が付いた。……はちみつレモンか!
ナイス伶実ちゃん!はちみつレモンは酔いに効くらしいね!
「それじゃあ俺は……奈々未ちゃん、大丈夫?」
「……ん」
遥は任せた。優佳は放置。灯は……とりあえず大丈夫だろう。近づいて見ても静かに上下させて眠っていることが見て取れる。
なら次は奈々未ちゃんだ。彼女は呼びかけられてようやく俺の存在に気が付いたようで、ゆっくりと顔を上げて見せる。
「マスターさん、これ美味しいよ。食べる?」
そう言ってさっきまで食べていたピンチョスをこちらに向けてくる奈々未ちゃん。
よかった。表情も普通だし、言動もマトモだ。このピンチョスも俺が作ったやつだし変なものではないだろう。
「それじゃ、もらおうかな」
「よかった。ここ座って。……はい、あ~ん」
「あ~……」
促されるまま灯の対向へ腰を下ろしてそれを口にいれると、トマトの酸味やきゅうりの食感、ハムの塩味が口の中に広がっていく。
うん、美味しい。我ながらうまく出来たと思うよこれ。
「マスターさん、美味しい?」
「うん。美味しいよ」
「よかった……じゃあ次はこっち。あ~ん」
椅子を動かして真横に位置した彼女が差し出したのは、これまた俺が作ったミートローフ。
これもいい感じだ。ソースも苦労したかいがあった。
「ん。それじゃあ次は――――」
「待った待った! 奈々未ちゃん、ちょっと変わったことはない?」
危ない。なんだか止めないとエンドレスで食べさせられそうな気がする。
休む暇もなく次の料理に手を付けようとしていた彼女を止めると、その視線がこちらへと向けられる。
「変わった……って?」
「例えばフワフワした気分になるとか、身体が暑いとか、そう言うのない?」
「……ううん、大丈夫。なさそう」
――よかった。
きっと酔ったのはそこの姉と遥だけだったのだろう。
奈々未ちゃんは問題なさそうだし、灯は……俺だって学生時代眠かったら机に伏せって寝てたんだ。そういう時だってあるだろう。
「あ、そういえばマスターさん、ちょっと見てほしいものがあった」
「見てほしいものって?」
「ちょっと待ってて。準備するから」
見て欲しいもの……なんだろう。前にリサちゃんと撮ってた写真とかかな?
そう予想しつつ彼女を見ていると少し椅子を引いてから今まで着ていたコートのファスナーに手をかける。
そういえば奈々未ちゃん、俺が出てくまえまでは普通の格好だったのにいつの間にかコート着てたな。
暖房は効かせたけど彼女にとっては寒かったのかな?夏でも普通に着てるし、寒がりなのかもしれない。
そんなことを悠長に考えつつ彼女の手の動きに合わせて降りていくファスナーを見ていると、徐々に下に着用しているものが見えてくる。
……あれ、なんだか胸元の肌色の面積多くない?そんなに大きく開いた服着てたっけ? ……ってか、それ以上肌色が見えたら服が――!!
「……んしょ。 どお?マスターさん。 可愛い?」
「なっ……! なっ……! 奈々未ちゃん……!服が…………!!」
一番上から下まで。彼女がファスナーを下ろしてその姿を露わにした段階で、ようやく見せたいものが理解できた。
その下に隠されていたのは服らしい服が一切無く、ただ局所のみを隠しただけの布のみが見えるのみ。
それは真っ黒なレース状の布。いわゆるブラだの下着だの呼ばれるもの。普段見ることのないソレを目の当たりにした俺は、思わず自らの目を手で覆い隠す。
「ん。ちょっと前に買ってみた。 黒い下着ってあんまり好みじゃないけど、マスターさんが喜ぶかなって思って。 どう?よくじょーする?」
「そっ……そういうのいいからっ! 早く前閉じて!!」
「むっ。 マスターさんちゃんと見て。どお?かわいい?」
「~~~~!!」
ズイッと距離を詰めるように立って近づいた彼女に、思わず驚いて目を開けてしまう。
目の前に見えるは彼女の真っ白な肌と対象的な、黒色の下着。そして大きいとは言えずとも無いとは確実に言えないそれを、俺へと近づける。
こちらに近づく時に前のめりになっているお陰で見える、肌を守る黒い包みの間にある確かな双丘。
もしや若干大きめのものを使っているのだろうか。意識しているのかしていないのか、サイズの合って居ないソレが少し肌との空間を作り、切っ先が見えるかどうかの位置まできてしまう。
そこまでの距離になってようやく気がづいた。
彼女からもお酒の匂いが微かにする。間違いなく、飲んでしまっていると。
「どう?マスターさん。 よくじょーした?襲ってもいいよ?」
「れっ……伶実ちゃん!! 助けて!!」
「―――!! 奈々未さん!何やっているんですか!!」
まさに混沌の中の天使。
叫ぶような呼びかけによって俺たちの状態に気が付いた伶実ちゃんは、大慌てで駆け寄ってきて奈々未ちゃんを引き剥がしてくれる。
そして引き剥がされつつも終始不満げな表情を見せる彼女に、ピンッ!と軽くデコピンをするのであった。
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