6.初恋の蝶
「そうなんだぁ。てふてふさんは短い会話の中でその人を好きになっちゃったんだね」
私が打った文字を画面の向こうで花蓮麻琴が目で追っていくと小さく頷いて答えてくれる。
──変ですよね? 一目惚れにしてもずっとその子のことを思っているなんて。
「ううん、そんなことないと思うよ。一目惚れも一途に想うのもてふてふさんらしさ。おかしいことはないよ」
私の打った文字に対し、声で答えが返ってくるのは新鮮な感覚だ。
「その子が言った言葉、てふてふさんの胸に凄く印象に残ったんだろうね」
そして私の名前は
──幼い私に綺麗だねって
右胸を押さえながら、遠回しに言われた言葉を伝えると、画面の向こうにいる麻琴はじっと文字を見て優しく笑う。
「その子は同じくらいの年代の子だったって言ってたよね。これは麻琴の考えになるけど、幼い子が綺麗って言葉を使うってことは、本当に綺麗だって感じたんだと思うの。だからてふてふさんが感じた思いが深いのは当然だし、心の奥にずっと大切にあるのも当然」
優しい微笑みを浮かべ静かに語る麻琴の姿は、見ているだけで安心感を覚えてしまう。私の文字に反応して丁寧に答えてくれるのはそれだけでも癒される、だがそれと同時に焦る気持ちが大きくなる。
そもそもこの人が麻宏であり、幼いあの子であるのかを確かめる為にこうしてコンタクトを取ったわけだが、このままではただの悩み相談で終わってしまう。
私の話す内容で示す反応を見て見極めようと思ったが浅はかだったと、自分の観察眼に対し無駄に信頼度が高かったようだと反省する。
悩みを中心にして麻琴と会話できる時間は配信の兼ね合いもあって、無駄に引っ張るのも難しい。個人的にメールでやり取りをしたいと送ってみるか、初恋の相手は実はあなたかもしれませんと一か八かメッセージを送ってしまうか、焦燥感に溺れそうになって息苦しくなる。
「てふてふさん、素敵な初恋のお話をありがとう。初恋の子が見つかるといいなって麻琴は願ってるよ」
そんな私とは対照的に落ち着いた様子の麻琴の言葉が締めの展開へと向かっていることを示唆する。
メッセージを送るために握っているスマホの画面のフリックに指を掛けたとき、麻琴が唇に左手の人差し指をそっといて目を僅かに細める。
「そうそう、てふてふって蝶々って意味だよね」
そう言って麻琴は唇の上に置いてあった指を右胸の上に置く。
「蝶々が運んできた初恋かぁ……麻琴のところにも飛んでこないかな?」
画面越しだが麻琴と目が合う。大袈裟な表現でなく間違いなく目が合ったと断言できる。
寒気と電流が同時に背骨を駆け抜ける。
「それじゃあ、てふてふさん。素敵なお話ありがとう! またねっ!」
会話を切られて私の麻琴の相談は終わってしまう。
自信を持って断言できる。間違いなく麻琴は右胸を指さし、蝶々が来ないかと私に向けて言った。
私が誰か気付いている?
それは想い人を見つけたかもしれないという喜びと同時に、全てを見透かされているような言い知れぬ怖さを感じさせる。
「会ってみれば分かる。誘われてるなら行ってみればいいだけだし」
ここに来て待つだけなんてことは出来ない。誘われているならこっちから向かってやる!
誰に向けて言ったわけでもない言葉を自分で受け、気持ちを奮い立たせた私は歯ぎしりをしながら笑みを作り、麻琴へメッセージを送るのだった。
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