8.絵を描く男の子はあの日に想いをはせる

 授業中、久間秀治ひさましゅうじはノートに鉛筆を走らせる。


 もちろん描くのは花蓮麻琴かれんまこ。デフォルメされていないリアルな線を描きながら、あの日のことを思い出してしまう。


 普通に生きて、気になる女の子ができて、女の子と当たり前に恋愛をする。そう思っていた自分が初めて経験する相手が、男の娘だとは想像もしていなかった。


 愛し愛される関係。自分が想像していたのより何倍も濃厚なひととき。

 思い出し想像するだけで、体の奥底から火照るような熱を感じる。


 思わず前屈みになってしまうのは、男のさが


 女性経験のない自分にでも分かる。あれほどの快楽は、花蓮麻琴かれんまこ以外ではありえないだろうと。


 そう思うといてもたってもいられない。学校から帰ったら直ぐにでもメッセージを送ろうか、荒くなる息を凝らしながらそんなことを考える。


「またノートに絵を描いてるのか?」


 不意に掛けられた声に、久間は顔を上げる。ぎこちなく起こす体は少し前屈みなままの、不自然な姿勢で視線の先にいるクラスメイトの飯田摩宏いいだまひろを見ると、体が熱くなっていることに気がつく。



 麻琴との間に起きたことを言いたい


 教えてあげたい、こんなにも幸せに満ちた世界があることを。


「どうした? ぼぉっとして。調子悪いなら保健室行った方がいいんじゃね?」


「あ、うん。大丈夫」


「そうか、ならいいけど」


 それだけ言って、一旦立ち去ろうとする摩宏だが振り返ると、久間の描いていたノートの絵を指差す。


「前よりもなんかリアリティーが増したって言うか、俺から見ても本人に似てると思う。本人に送ったら喜ぶんじゃないか?」


 摩宏の言葉に、大きく頷く久間の表情は明るい。


 それを見て摩宏は微笑むと、手を振りながら去って行く。


 お互いの表情は見えないが、二人は確かに笑顔でそれぞれの幸せを嚙みしめている。



 麻宏と麻琴は微笑む。


 自分を愛するものが増えたことに喜び、そしてもっと増やそうと。


 自分という存在をみんなに刻もうと。


 愛に飢えたおおかみちゃんは、次の獲物を探しに行く。

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