9.ちっぽけな器
日頃は年上だとか年下だとか関係ないと言いつつも、心のどこかで自分より年下を下と見ていたところはある気がする。
長く生きるということはそれだけ経験も多いということで、それに伴って知識も豊富なのだと、だから立場的に優位なのだと。
だが、そういった考える自分を今否定しているのは、目の前にいる麻琴の雰囲気に飲み込まれているからなのだろうか。
「話せば……麻琴に話をしたら悩みを解決してくれるのか?」
自分でもこの言い方は意地が悪いと思う。
俺の話を聞いてくれると言ってるのに、お前に何が出来る? と聞き返す。あれだけ話し相手を欲しっておきながら、いざ現れたら突き放して距離を取ろうとする。
「麻琴が悠真さんの悩みを解決することは出来ません」
麻琴は嫌みっぽい俺の質問に、嫌な顔一つせず小さく首を振って答える。
しかも返ってきた答えが否定でなく、肯定なことに驚いてしまう。
「たとえ麻琴がどんなに望む環境や、求める立場を与えられることが出来たとしても、最後に納得し決めるのは悠真さん本人ですから。
それはどんなに互いに親しくて愛していたとしても、決定する理由にはなれたとしても、自分の生き方がこれでいいのだと見定め決めるのは悠真さん本人しか出来ないと……麻琴はそう思います」
「結局俺次第ってことか。それじゃあ解決にはなってないし、麻琴に話す理由にはならないと思うんだが」
分かってても口に出てしまう、意地の悪い言葉にも麻琴は顔色一つ変えずに清んだ瞳で俺を見つめ返す。
「そうですね、解決しないわけですから話す意味は見いだせないかもしれませんね。
でも、人生悔いなしなんてことはまずあり得ません。どこまで上手に今を楽しめ、明るい未来を夢見れるかが人生を楽しめるコツじゃないかなと思うんです。
だから麻琴が出来るのは悠真さんの話を聞いて心や体で反応し、共感や助言、ときに意見を述べるだけです。
それで悠真さんの気持ちが少しでも楽になってくれたら良いなと思ってます」
顔を僅かに近付け、やや上目遣いで言う麻琴に、先ほどまで落ち着いていた俺の心臓が再び鼓動を打ち始める。
「じゃあ……」
俺は何を言おうとしているのだ。それは言ってはいけない言葉。
激しくもう一人の自分が叫び警告するのに、今の俺は自分の空虚感を埋めたくて、埋めてくれそうなものを渇望している。そんな心を止められる訳がないと更に別の俺が叫び、麻琴の前にいる俺の口から言葉となって出てしまう。
「麻琴を抱ければ気が楽になるかもしれない……と言ったら?」
最低な言葉。
しかも断言するのではなく疑問系にして言葉を濁し、最後は相手に決定権を委ねる卑怯なやり方。
「いいですよ」
嫌な顔をされたり、怒って罵られたり、もしくは沈黙が続き気まずい空気のまま別れると思ったのだが、麻琴は相も変わらず清んだ瞳で優しく微笑んで答える。
「麻琴は悠真さんに興味があります。もっと深く知れるなら喜んで」
優しさに満ちている、そうとしか表現できない笑顔を見せる麻琴の底の深さにどこか不安を感じ……いや俺自身の底の浅さ、器の小ささを思い知らされ、目の前の少女に触れられるかもしれないことを素直に喜べない自分がいた。
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