10.懐かしいリズム
『一泊──円』『休憩──円』など書かれた看板を掲げる、淡い光と独特な匂いとどこか浮わついた通りを歩く。
ラブホテルなど行くのはいつ以来だろうか? もう縁はないと思っていた場所に来て若かれしころの記憶と共に、男として理性よりも性欲が勝ってしまう独特な感覚も甦る。
その感覚は隣を歩く麻琴に対しての、若い子へ手を出すことへの罪悪感を掻き消し、触れられることへの喜びの方を高める。
先ほど感じた自分の器の小ささなど、どうせ小さいのだからと開き直り、場の雰囲気と自分の欲望に飲み込まれた俺は、ただ目の前の子に触れられることで頭が一杯になってしまう。
やがて小綺麗な一軒のホテルの前で俺が立ち止まり、麻琴と目を合わせると彼女が小さく頷く。
同意と受け取った俺は中へ入ると廊下を歩き、無人のカウンターで空いている部屋を選ぶと足早に向かう。
部屋へ入ると俺は、隣に立っていた麻琴を正面にする。
麻琴は俺と目が合うと少し恥ずかしそうに微笑む。間近でじっくりと見れば見るほど、なんでこんなにも可愛い子と俺が一緒にホテルの一室にいるのかと疑問を感じてしまう。
考えてしまうと思考の深みに陥り、初めて会って間もないのに会話もそこそこに体の関係を許すのか? 最近の子はそうなのか? そもそも麻琴何も要求してきていない。などと疑心暗鬼の心が芽生え大きくなっていく。
「いくらで……お金はいくら払えばいい?」
俺の口から出た言葉に一瞬目を大きくしキョトンとした表情を見せる。
「麻琴は悠真さんのことを知りたいから、ここに来たんですよ」
恋人にでも向けるような笑みに大きく高鳴った心臓を抱えた俺は、己の欲望と目の前にいる麻琴の言葉を確かめたいという欲求をぶつける。
肩を押え無理矢理ベッドの縁に座らせそのまま覆いかぶさる。
「激しいのも嫌いじゃありませんけど、麻琴としてはシャワーを浴びたいなと」
麻琴と服の上からふれ合う俺の心臓は激しい鼓動を刻むのに、冷静に言葉を紡ぐ麻琴の心臓は静かな鼓動を刻む。
「き、きみは……麻琴は怖くないのか? いいのか? 俺はやるからな? 後から文句とかっ!?」
ベッドに手を付き覆いかぶさっていた体を起こし、麻琴を見下ろし睨む。そして麻琴に向かって言ってるようで、自身に言い聞かせているようなセリフを並べる俺の視界が大きく揺れる。
「悠真さんから誘っておいて土壇場でその言い方はないと思うんですけど。麻琴はその気になってるんで」
甘い声で囁きながら俺の首に両手を回してくる。体重を掛けられ自分の体を支えれなくなった俺は敢えなく肘を折り、麻琴の胸へと顔を埋めてしまう。
理性よりも本能。
目の前にいる麻琴に襲いかかろうとするのは雄としての逞しさなのか、男としての愚かさなのか。
「悠真さんのこと全部教えてくださいね。奥さんのことも、子どもたちのことも全部……ねっ?」
耳に麻琴の唇が触れる感触と共に、鼓膜へと飛び込んで来た言葉に思わず身を震わせてしまう。
それは家族を思い出して思い止まったとか言う綺麗事ではない。
散々俺を馬鹿にしてきた家族ではあるが、今の俺の行為はその家族に文句を言えることなのか?
話を聞いて欲しいとか言いながら若い女の子の体を求める俺は、人として許されないのではないだろうか?
目は確かに開いているのにどこを見ているのか自分でも分からなくなる。
「このまま悠真さんのこと聞かせてください」
俺を抱き締めるために回された手が、優しく背中を叩き始める。
一定のリズムを刻みながら叩く手は子供をあやすしているようで、奇しくもそれはおふくろが俺によくやってくれた行為と重なり幼き日の俺を呼び起こされる。
「ゆっくり、ちょっとずつでいいです。悠真さんのことを聞かせてください」
先ほどまで俺の心をかき乱していた甘い声は今は心に深く沁み込み、鼓動と思考を落ち着かせてくれる。
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