3.麻琴とお兄ちゃん
──そうあれは私が中学生になったとき。お父さんとお母さんは事故でこの世を去ってしまった。
悲しみとは対照的に良く晴れた穏やかな春の日。祭壇に置かれた二つの骨壺の入った箱の前に座って、何をするわけでもなくただ呆然とする私を見て、数人の人たちが声を潜め話しをする。
「ねえ、あの子」
「あの子? ああっ、飯田さんの娘さんのこと?」
「それがね、あの子は娘じゃないのよ。男なんだって!」
「うそでしょ! どこからどう見ても女の子じゃない」
「飯田さん夫婦、息子を娘として育ててきてね。女の子として生活させてたんだって! しかも女の子として学校に行かせようとして学校とか教育委員会とかに働きかけてたの知らない?」
「なにそれ! 飯田さんまともな人かと思ったら意外と変わった人だったのね」
内緒話ならもっと声を潜めればいいのに、私の耳に届く声は次第に数を増して珍獣でも見るような視線にさらされる。
「ねえ、君の名前は?」
視線に向き合わないように、聞こえていないように振る舞い、ただじっと祭壇に置いてある骨壺の箱を見つめていた私に話し掛けてきたのがお兄ちゃんだった。
突然声を掛けられ驚きはしたが、気持ちがどん底にまで沈んでいた私は、表情を変えることなく答える。
「
「そっか、じゃあ麻琴ちゃん、はじめまして。僕の名前は
そう言いながら手を差し伸べたお兄ちゃんの手を恐る恐る握ったとき、私の心臓は今まで経験したことのない高鳴り、心音が心地のよいリズムを奏で始めた。
それまで人を好きになったことがない、まして恋愛なんて経験のない私にとっての初恋といってもいい瞬間。
だが初恋は実らないという言葉が示す通り、人をどう愛していいか分からない私はなにも出来ずお兄ちゃんの言葉に従うだけになってしまう。
お葬式が終わってもときどき尋ねてくるようになったお兄ちゃん。何度も会ってお兄ちゃんが私の面倒を見てくれる叔母さんの子供、つまり従妹だと知り私の面倒を見るように言われていたことを教えてくれる。
そしてお兄ちゃん自身が私と話してみたかったことも告げられ、麻琴の幸せの為に協力するからなんでも言ってねと優しくされ、私は嬉しくなってしまう。
「麻琴ちゃんは女の子じゃないんだよね? 本当に?」
一年ほど月に数回会う関係が続き、ある日そう言われ頷くとお兄ちゃんは私を抱きしめてきた。
戸惑う私の頬を撫でるとゆっくりと顔を近付け唇を重ねてくる。
僅かな時間だけどとても長く感じたキスの感触は、衝撃の方が強く覚えていない。そのままソファーに押し倒され後はお兄ちゃんのされるがままだった。
「本当に男の子なんだね。でも見た目は女の子。不思議だけど悪くない」
──悪くない
その言葉は私を肯定する言葉だと、受け入れてくれる言葉に聞こえた。今まで女の子の『麻琴』としてでしか愛されなかった私が、男の娘としての『麻琴』として愛された、そんな気がした。
それをきっかけにお兄ちゃんは会うたびに求めてくるようになり、私はそれに応えようと知識を得たりしながら努力した。
そんな日々が半年ほど続き、高校受験を控え勉強をしていた私は、シャープペンシルの芯がないことに気付き、息抜きを兼ねて散歩に出かけることにした。
お店の中で文房具コーナーを見ているとき、ふと、どこかで聞いた声がしたような気がして声のした方へと引き寄せられるように歩いて行く。
そこにいたのは、知らない女の人と楽しそうに歩くお兄ちゃんだった。
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