4.息のかかる距離で
『知らない人に声を掛けられても、ついて行ってはいけません』
幼稚園に通っていたころから言われ続けてきたことだ。
今その言葉を僕の頭の中で父さんや、母さん、先生たちが代わる代わる現れては、僕に語り掛けてくる。お陰で同じフレーズが何度も響き反響している。
お風呂場で全裸の僕は、お姉さんに背中を洗ってもらっている。正確にはお姉さんではなくお兄さん? なのか……な?
「あ、あの」
「どうかした?」
「その……お、お姉さん? はなんて言うかこう、男なのに女の人というか……体と心が一致しないとか、その……」
自分でも何を言ってるのか分からないほどしどろもどろな問い。どこか失礼な物言いになっていたかも知れないが、お姉さんは嫌な顔をせず聞いてくれる。
「そんな気を使わなくても良いよ。麻琴の性別は麻琴だから」
「えっと……?」
「誰でも男っぽい部分と女っぽい部分って持っていると思うの。その比率はみんな違うし、その時々、場面場面でも変わるはず。
だから子供を産めるかという違いはあるけど、絶対的な性別って無いんじゃないかな? って麻琴は思うの。だから麻琴は麻琴」
僕の背中を洗いながら、そう説明するお姉さんの話を背中越しに聴く。
分かるような分からないようなことだと思い、自分がお姉さんにの立場になったら……なんて考えてしまう。考えてしまったら思ったことが口に出てしまう。
「でも、親とか、嫌がったりしませ……」
途中まで言いかけて、凄く失礼なこと言ってるような気がして慌てて言葉を止める。
「ん~、どうかな? 麻琴のお父さんもお母さんも麻琴を女の子としてしか愛してくれなかったし、今の方が喜ぶのかな? 今となっては確かめようがないし」
お姉さんの言葉が重く、悲しさとどこか冷たさを含んでいるのが鈍い僕でも分かる。
これ以上は踏み込んではいけない、そう思ったとき背中に温もりが広がる。
それがお姉さんの肌が密着したことによるものと気付く前に、首の前で腕が組まれ、耳に息が掛かる。
「さっきも言ったけど気を使わなくてもいいのに。でも優しいのは嫌いじゃないなぁ。麻琴、剛くんのこと気に入っちゃたかも」
耳元で囁かれる甘い声に心臓の鼓動はありえないくらい速くなり、僕自身の心音なのに騒がしくて、うっとうしすら感じてしまう。
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