7.優しい気持ちは優しく取り出してね

「怖がらせてごめんね」


 雪恵の頬から手を離して微笑む麻琴は、先ほどまでの妖艶な感じはなく優しく微笑んでいる。


 先ほどまでの感じが嘘のような、まるで夢でも見ていたような感覚に陥った雪恵は、狐につままれたとはこういうことを言うのだろうと、この状況を冷静に分析してしまう。


「赤の他人に突然悩み相談するのは戸惑うかもしれないけど、赤の他人だからこそ本音を語れる。ってことでもあるって思わない?」


 悩みを話してみないかと言う麻琴に対し雪恵は僅かに身を引き警戒の色を見せる。


「タイミング……タイミングが良すぎます。逆に怪しい……です」


「ふふっ、意外と冷静。相手のことを見るのも大切だしね。雪恵ちゃんはミーチューバって知ってる? 麻琴はね、動画配信とかしてるんだけどそこでお悩み相談とかもしてるだ。でもね配信中だと相手の表情とか見えなくて言葉だけで判断しなきゃいけないことも多いの。そ・こ・でっ」


 麻琴が雪恵を指さす。


「雪恵ちゃんみたいな人を探して、生のお悩み相談をして日頃から自分を鍛えるの」


 警戒の色を含んだ瞳でジーッと雪恵は麻琴を見つめる。


「警戒するのは構わないけど、それでどう? お悩み相談してみない?」


「……そういえば見たことあります。友だちが好きだって、たしか花蓮麻琴さんといえばコスプレする人……ですよね?」


「そうそう、コスプレしたり歌ったり、お悩み相談をする人っ」


 嬉しそうに答える麻琴のの部分が強調されている気がするのは自分の考え過ぎなのだろうか。


 そんなことを思いながら雪恵は口を開く。


「じゃあ、ちょっとだけ……」


 その言葉に麻琴は柔らかく微笑み頷く。静かに雪恵の言葉を待っている姿勢になんだか安心感を覚えつつ雪恵は話し始める。


 最初はポツリ、ポツリと。


 段々と勢いをつけ話し始め、ときに愚痴っぽいのも混ざったりもしたが、麻琴は微笑みを崩さず、時々頷きながら雪恵の言葉を丁寧に聞く。


「えっと……以上です」


「そう」


 会ったときとは違い艶っぽい返事にドキッとしながら、麻琴の言葉を雪恵は固唾を飲んで待つ。


「そうだねぇ。結論だけ言えば雪恵ちゃんは悪くない。友だちのことを思って行動したわけでしょ。でも、その友だち、相田さんだっけ。彼女にも相手の頼みを断れないという悩みがあるんだと思うんだよねってどうかした?」


 目を見開き驚く雪恵を見て麻琴が首を傾げながら尋ねる。


「い、いえ。最近も同じこと言われたんでびっくりしただけです」


「そうなの? じゃあそれに付け加えて、雪恵ちゃんはすごく優しい心を持ってると思うの。その胸にある優しい心を口に出すとき、そのまま声に出してない?」


 じっと聞き入る雪恵に麻琴は話を続ける。


「やってはいけない! 悪いことだっ! って思ったら、ましてやその人のためだと感じたら胸に浮かんだ言葉をそのまま吐き出してる、雪恵ちゃんと話しててそんな風に感じたな」


 隣に座っていた麻琴が横にずれ、雪恵に近づき手をそっと取る。


「優しい気持ちは崩れやすいの。雪恵ちゃんの心にある優しい気持ちを相手に伝えるときは、崩れないようにそっと優しく掴んで声に出してみて」


 雪恵の手を優しく握り、麻琴の胸元へといざなう。


「そして相手のことを見てあげて。突然現れ、ミーチューバを名乗る花蓮麻琴という人物に警戒心を抱いていたとき、冷静に考えて話せるあなたがいる。なら日常でもそれが出来ると思うよ」


 優しい言葉を掛けられたのもあるかもしれない。でもそれ以上に麻琴に握られた手にドキドキしてしまい、雪恵は思わず手を引いてしまう。


「あららっ」


 突然自分から離れた雪恵の手を麻琴が寂しそうに見つめる。


「あ、いえ、ごめんなさい。ちょっとびっくりしたんで」


「いいのいいの、突然手を握ったらびっくりするもの。それじゃあ、脅かしたお詫びに、雪恵ちゃんと相田さんが話すきっかけを麻琴が作ってあげるね」


「そ、そんなことが──」


「麻琴なら出来るから。というわけで連絡先交換しよっ」


 勢いに押され連絡先を交換した後すぐに、麻琴は雪恵に手を振りながら立ち去ってしまう。


 ──すごく不思議な人。存在がハッキリしてるのにどこか希薄で掴みどころのない不思議な感じがする。


 先ほど麻琴に握られた手を見ると、胸の鼓動が高鳴ってしまう。麻宏に掴まれたときといい最近の自分の心臓はよく動くものだと胸を押さえる。


 そのとき感じた心地よいリズムを刻む鼓動から、自分の胸の中にあると言われた優しい気持ちをなんとなく感じ取れた気がして嬉しくなり笑みがこぼれる。

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