8.お友達の声を聞いてあげて
ショッピングモールの中にある靴屋の中できょろきょろと棚を見回す少女が一人。名前は
探していたものがあったのか一つのサンダルを手に取ると、わずかだが笑みがこぼれる。
数秒ほど眺めていたが、スッと笑みを消した後、左隣を見て小さなため息をつくと、サンダルを商品棚へ戻そうとするそのときだった。
「そのサンダルを選ぶとはお目が高いですね」
「うわわわっ!? っと、っと!」
突然声を掛けられ驚いた菜々子は、手にしたサンダルをお手玉のようにして跳ねさせてしまう。
菜々子が声のした方を振り向くと、視線の先にいた女性は可笑しそうに笑った後、手を合わせて「脅かしてごめんね」と謝る。
「え、ええっと大丈夫です……って!? あ、あのっ、もしかして、もしかしてですけど、花蓮……麻琴さんで合ってますか?」
謝る女性を見て菜々子は再び目を丸くして驚きながら、期待と尋ねる。
「うん、そうだよ」
「ほ、本物! 私、相田菜々子っていいます。そのっ、ファンです!」
「ホントっ! 麻琴のこと知ってくれてるだけでも嬉しいのにファンだなんて最高に嬉しいなっ!」
手を取り合って喜ぶ2人だが、麻琴がふと菜々子の手に持っていたサンダルに目をやる。
「あ、ごめんなさい。私サンダルを持ったままだった」
「あ、いいの、いいの。それよりそのサンダルってこの間私が紹介したやつだよね?」
「そうです、そうです! 麻琴さんが今年の夏はこれを履くんだーって紹介してたやつです!」
「スポーツサンダルってなにより歩きやすくて機能的だし、上のコーデを可愛目にしておいてあえて下を、カッコよくしてはずすってアリだと思うんだよね。それぞれが引き締め合うって感じがいいと思うんだよね」
麻琴の話にうんうんと頷いていた菜々子がサンダルに視線を落とすと、僅かだが瞳が寂しそうに揺れる。
「麻琴が紹介したのを参考にしてくれる人に実際に出会えたの初めてかも! 本当に嬉しいなっ!」
菜々子の手を両手で取り、上下に振りながらテンション高く笑みを見せる麻琴に菜々子は、落とした視線を上げ笑みを浮かべ応える。
「ところでさ、菜々子ちゃんはときどき寂しそうな目をするけど、何かあったのかな?」
突然の言葉に驚いた表情で見つめる菜々子に対し、麻琴は微笑んだまま話しを続ける。
「そのサンダルを買うには何かが足らない。その何かは麻琴は分からないけど、菜々子ちゃんにとって大切なもの……そんな気がするな」
じっと麻琴の瞳を見入っていた菜々子の目から涙が流れ落ちる。
「菜々子ちゃんがよければ、涙の理由を聞かせてもらえるかな?」
麻琴の言葉に、涙を拭う菜々子が頷く。
* * *
ショッピングモールの一角にあるベンチに座る麻琴は、隣に座っている菜々子の話を、相づちを打ちながら聞く。
「菜々子ちゃんも辛かったよね」
麻琴が優しく微笑みながら言葉を掛けると、菜々子は小さく頷いて涙を目に溜める。
そっと頭を撫でられたのを切っ掛けに、涙をポロポロと落とし始める菜々子を麻琴は抱き寄せなだめる。
「菜々子ちゃん自身、自分がいいように利用されてるって分かってるものね。でも学校生活でいがみ合いなんて望んでないし、楽しく過ごしたいのものね。
それになにより、雪恵ちゃんを巻き込みたくなかったんでしょ」
「ううん、そんな立派なものじゃないです。私が悪いんです。私が、断れないから。でも、今でも正直どうしていいか分からないんです」
涙目で首を振り困った表情を見せる菜々子を、麻琴は髪を撫でながら語り掛ける。
「そうだねぇ、宿題を写させてって言う子たちを、勉強会でも誘ってみたらどうかな?
宿題を写させないって言ったら角が立つわけだから、あなたたちのためを思ってるんだぁって、少しうっとうしいくらいのお節介を見せてみると意外に引いてくれるかも。
それで一緒に勉強するようになって仲良くなれることがあれば、それはそれでありかもしれないし。もし上手くいかないようならまた麻琴と一緒に考えようか」
麻琴は、涙を拭いながら小さく頷く菜々子の頭を優しく撫でる。そして母が子に話し掛けるように優しく語り掛ける。
「菜々子ちゃんは雪恵ちゃんの気持ち、分かってるんだよね。彼女が傷付いたことも、自分が傷付けたんだって後悔してる。
あなたたちはお互いを思いやれる優しい子なの。ぶつかることはあってもここで絆を断ち切るべきではないと、麻琴は思うの」
「でも……私……雪恵に絶交って言って……」
「大丈夫。麻琴がどうにかするから安心して。だから菜々子ちゃんは優しい気持ちを持ったまま雪恵ちゃんのお話に耳を傾けてあげて」
麻琴は菜々子を優しく抱きしめ言葉を遮る。頭を撫でられた菜々子は麻琴の言葉に安心したのか、頷きながら麻琴の胸に顔を埋める。
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