3.視聴者⇔配信者
ペットボトルの紅茶を飲みながら読んでいた雑誌を閉じて、ソファーテーブルの上に置く。
雑誌に私の記事が載っていると視聴者から教えてもらって読んでいたのだが、小さな記事でも自分のことが書かれるということはとても嬉しいものだ。
私に好意的な内容なら尚更嬉しく、記事の内容を思い出し一人で
嬉しさが抑えきれずにソファーで足をパタパタとさせてしまう。
* * *
「えーっと、今日のお題は嬉しかったこと! なんだけど……へえ~結構色々あるね。コンビニで買った新商品が美味しかった! あぁこれは分かるっ! 分かるよ! 新商品て心を引かれるけど手を出すのに勇気いるんだよね。知らない味より馴染みの味の方が外れはない! だけど気になるっ!
ん? そうそう大体失敗してスタンダードが一番ってなるんだよねぇ。だけどこれを乗り越えて勝利できたときの嬉しさは半端ないよね!」
私は配信の為マイクを前にして私は画面に映し出されるコメントと会話をしていく。
「ん~? 今日も可愛い? ありがとぉ。あ、雑誌の記事読んだんだ! そうそう、取材されたわけじゃないから麻琴もリスナーのみんなから教えてもらって初めて知ったんだ。んーそうだねぇ、ここ最近だとそれが一番嬉しいことかな。うん、朝一番にコンビニに行って買ってきた! そう、走ったよ! そそ、全力全力っ! ルンルンだったから疲れなかったもん」
乱立する言葉から拾い会話を成立させ繋げていく。近くにいないけど近くにいる感じで話すのがコツだと、知り合いのバーチャルミーチューバーの子が言っていた。
バーチャルミーチューバー、『Virtual Me Tuber 』の頭文字文字を取ってバ
主にアニメ調のキャラを使って配信活動する人たち。中身が分からず、老若男女問わず見た目を美しく着飾っていることを表していることを指している名前。
となると私は何と呼ばれるべきだろうか? なんてことを考えつつコメントを目で追う。
雑誌に載ったことへのお祝いと称したメガチャと呼ばれる投げ銭や、今回のテーマである『嬉しかったこと』のコメントが高速で流れて行く中、たった一つのコメントで文字の羅列が乱れる。
一つの言葉を他の言葉が避け、そこだけぽっかりと穴が開いている感じ。文字にも心があると感じる瞬間だ。
『つまんないんだけど』
私の配信画面の概要欄に、誹謗中傷等をするいわゆる荒らしと呼ばれる行為に反応しないようにと記載しているだけあって誰もコメントに反応しないが、コメント欄の空気が悪くなる感じを受ける。
『無視しないでもらえます? これの何が楽しいか分かんないんだけど』
普通、批判ギリギリの皮肉っぽいコメントで批判してくるものだが、久々にあからさまな荒らしをするコメントに出会ったなと、ある意味素直な人なんじゃないだろうかと感心してしまう。
といってもこのまま放置しておくのは、視聴者のみんなにとっても良いことにはならないので黙ってブロックする。
「えーっと、なになにソシャゲでレアキャラが出た! これも分かるなぁ。あれってなかなか出ないって分かっててもついついレアが出るまで引いちゃうよね。えっ!? 引くまでガチャやるから実質100%ってそれはやりすぎ! 課金は用法、用量を守ってやってね。自分は用法・用量を守って麻琴に課金する? あぁ! だめ! こらっ! 無暗にメガチャを投げない!」
一つのコメントで始まる悪乗りのメガチャで、画面に青や緑の色がついたコメントが大量に流れてくるのを慌てて止める。
* * *
ノートパソコン画面の下から上に流れて行くコメントには青や緑、ときに黄色や赤が流れいく。コメントの下に金額が記されている。
「なにこれ、せこい。こんなんで金稼ぐとか人間終わってる」
私は流れるコメントと、ヘラヘラ笑う花蓮麻琴とかいう女に嫌悪感たっぷり込めて睨む。
こんなくだらない会話で男に媚びて金を稼ぐ存在に、何が楽しくて
悩み相談もやっているとか概要欄に書いてあるのが目に入るが、どうせ適当に相槌打って適当なことを答えるだけだろう。
画面で笑う花蓮麻琴を見て、さっき私のコメントを無視したことから雑誌の記事に書いてあった『真摯に向き合うのが人気の秘密』の一文を思い出し怒りが込み上げてくる。
「なにが真摯に悩み相談に向き合うよ。私のことは無視しやがってムカつく!」
机を蹴るとノートパソコンが机の上で跳ねる。後からじんわりと私の足に痛みが広がる。
それが更にイライラさせる。
僅かに横を向いたノートパソコンの画面を戻すとき、じんじんと痛む足のせいで
睨んだそのとき画面の花蓮麻琴と目が合う。実際はそんなことはあり得ないのだが、そのときはそう感じてしまった。
それと同時にパソコン画面にメールの受信アイコンが表示され通知音が鳴る。
タッチパッドを使いカーソルを受信ボックスを開くと、一件のメールが受信されていた。
『はじめまして、花蓮麻琴です』
メールのタイトルを見て血の気が引く。
恐る恐るメールを開くと短い文面が目に入る。
『さっきはブロックしてごめんね。あなたのコメント凄く気になっちゃって一度お話してみたいなぁって思うんだけどダメかな? お返事待ってます』
視線を上に上げると、画面の向こうの花蓮麻琴が笑っていて、一瞬だが私を見た気がする。
その視線に全てを見透かされている気がして、私の背中に冷たいものが走る。
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