7.ひらひら舞う蝶とじゃれるおおかみ

 芸能人をテレビで見るより、実際に会った方が綺麗だと聞いたことがある。

 私の目の前にいる花蓮麻琴は画面越しで見るよりも綺麗で、その噂の真相を身をもって体感している最中である。


 気軽に食事が出来るからファーストフードを選んだわけだが、こんなにも優雅にハニーラテを飲む人を見たことがない。


「どうかした?」


「あ、いや……」


 じっと見ていたことバレてはいけないと思わず目を逸らし、言葉に詰まる私を見て麻琴は可笑しそうに笑う。


「今日は誘ってくれてありがとう」


「いえ、どういたしまして」


 色々と言ってやろうと意気込んで花蓮麻琴にメッセージを送ったまではいいが、次の日には会って話しませか? と返信が来て気が付けば今に至っている。


 更にいざ目の前にすると、見た目の美しさだけでなく雰囲気や話し方など全ての面で飲まれてしまい、さながら借りてきた猫状態の私は歯切れの悪い返事を返すだけになっている。


「てふてふさんは、麻琴に聞きたいことあるんじゃないの?」


 私が言い出す前に切り出してくる言葉が的確で、ペースを掴みきれないがこの誘いに乗らないわけにはいかないだろうと身を乗り出す。


「例えばてふてふさんの初恋の相手がどこにいるのか? とか、麻琴が誰なのかとかね?」


 身を乗り出して勢いをつけた瞬間に、軽くいなされて勢いだけが滑って行き場を失ってしまう。


「そんな顔しないで。てふてふさんは顔に出やすいから、ちょっとからかいたくなっただけだから」


 クスクス笑われるが、嫌みっぽくはなく素直に恥ずかしいと顔が赤くなるのは、麻琴という人物だからなのかも知れない。


「じゃあ、花蓮麻琴さんっ!?」


「麻琴って呼んでほしいなっ」


 喋っている途中で鼻先を軽く押しながら可愛く言われ、顔が更に熱くなるのを感じてしまう。


「麻琴は、その誰……なんです?」


「誰だと思う?」


「なっ!?」


 流し目で答えた麻琴は私が文句を言う前に、憎めない悪戯っ子ぽい笑みを見せてきたせいで、口から出せずに行き場を失った言葉が口の内側から頬を押してくるものだから頬が膨れてしまう。


 完全に麻琴のペースに乗せられている。このままでは聞きたいことも聞き出せないと、日頃あまり動かさない頭をフル回転させ、妙案を捻り出す。


 ────真正面から聞いてもはぐらかされるだけ。なら、麻宏だと証明出来る言葉を言わせれば良いわけだ。

 そう、例えば私の名前を然り気無く言わせればそれが証拠となる! 「てふてふじゃなくていつも通り呼んでよ」とか言えばポロっと言っちゃうんじゃないっ!


「てふてふさんの本名はなんて言うの? 嫌じゃなければ教えてくれるかな?」


 私天才! そう思った瞬間に狙ったかのような麻琴の言葉に頭を叩かれ地に伏せられ……いや天国から地獄へと表現するに相応しい落差を味わされ肩を落としてしまう。


 じっと見つめる麻琴の瞳に映る、落胆の色を顕にする私を睨みながら答える。


墨刺すみさし飾切かざぎりです……適当に墨刺とか呼んでいいですよ」


 投げ槍に答える私の手を麻琴の手が優しく包むと、とびっきり可愛い笑顔を向けられる。


「じゃあ飾切って呼ぶね」


 近付けられた顔を見つめた私は耳が痛くなるほど顔に血が上るのを感じてしまう。


 そしてこの可愛い子が初恋の相手かはともかく、麻宏であることへの自信を失くしてしまうわけである。

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