11.私の口は愛を語れ、手は温もりを伝えれて

「弥生ちゃんの手、温かくて麻琴は好きだよ。それにねっ」


 そう言って私に顔を近付けると軽く唇を重ねてキスをする。


「弥生ちゃんとキスするのも好き」


 頬をほんのり桜色に染める麻琴の瞳は真っ直ぐ私を映し、その言葉に嘘偽りがないことは伝わってくる。


「弥生ちゃんの口は人を蔑む為のもの? 手は人を傷つける為にあるの?」


 尋ねながら私の唇に触れ、手を握られる。


「麻琴は弥生ちゃんの手に触れてもらえて嬉しかったよ。麻琴の言葉に答えてくれた言葉は優しくて癒されたよ」


 私の手を両手で優しく包みきゅっと心地よい力で握る。


「ね? 今までしたことは簡単に許されることではないのかもしれない。でもね、これから優しくなることはできる。弥生ちゃんを取り巻く環境がすぐすぐ変わることはなくても、変わる方に向かうことは出来る。

 なんで自分だけ、周りはそんな苦労してないのに、なんて理不尽に思うかもしれない。それでもその理不尽乗り越えなければいけないの。

 世の中平等になんて言うけど、決して平等なんかではないの。スタートラインも環境も全てバラバラ、それを理不尽だと思いながらも乗り越えることが大切なの」


 一つ一つ丁寧に伝えてくれる言葉は私の中にゆっくり染み込んでくる。


「それにね、乗り越えるのを一人でやる必要はないの。弥生ちゃんに触れて本当はすごく優しい子だって分かったの。麻琴も少しだけお手伝いするから、今までと違う自分に向いて歩んでみない?」


 今までと違う自分に向いてあゆむ、それは今の私を否定するのではなく、今の自分を連れて変わっていかないか? と言う意味だと感じた私は静かに、だけど深く頷く。


 そしてゆっくりと自分の手を見つめる。


 見慣れているはずの手はいつもより艶やかで、なんだか生き生きしているように感じる。


 その手でそっと自分の唇に触れる。


 自分の唇なのにこんなに柔らかな感触だったのかと驚きつつ、自分自身のことも知らないことに気付く。


 私は手を伸ばし目の前にいる麻琴の頬に触れ、自ら唇を近付けると長いキスをしてゆっくり離れる。


 頬を桜色に染め、嬉しそうな麻琴の表情を見て私も微笑む。


 ──そう、私の口は愛を語れ、私の手は温もりを伝えれることが出来る。


 私はずっと持っていたけど、知ろうともしなかった可能性。


 麻琴の頬から離した手はまだ温もりを覚えていて、その温もりを逃がすまいと手を握る。


 ゆっくりと開いた私の見慣れた手のひらは、いつもより赤みがかっていて、なんだかくすぐったかった。

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