5.余裕を繕って
「こちらカリッとポテトになります」
店員が持ってきた料理をテーブルに置くと、花蓮麻琴が店員に微笑みながら頭を下げる。
「ありがとうございますっ」
可愛らしい笑顔でお礼を述べる花蓮麻琴に、店員も嬉しそうに微笑み返し頭を下げる。
「そういうの、偽善者ぶった感じが嫌い」
一連の流れを見ていた私は反射的に口にしていた。そんな私を花蓮麻琴は相変わらずキラキラした目で見てくる。
「麻琴は嬉しいなって感じたことを口にしてるだけど、弥生ちゃんには嫌味に見えちゃう?」
私が黙っていると花蓮麻琴が口角を僅かに上げ微笑を浮かべる。それはさっきまでの可愛い感じではなく少し怖く、色っぽい笑みに感じた。
「弥生ちゃんは麻琴と話すのが怖い?」
「なっ! なんでそうなるのよ」
くすっと笑う花蓮麻琴が唇に指を立て私を見る。「聞こえてる」と言いたいのだろうが、その表情に苛立ちが湧いてくる。
「弥生ちゃんはなんで、そんなに人にぶつかってくるのかな? 辛くない?」
「は?」
「相手にぶつかって、傷つけて、上下をつける。自分が常に上でありたいために……ね?」
「意味分かんないっ! それはあんたの勝手なっ!?」
私の口に花蓮麻琴が指を当て押さえてくる。その指は温かく、人に触れられたのなんて子供のとき以来ではないかと思い出すと同時に、気安く触れられたことへの怒りが湧いてくる。
「すぐ顔に出るぅ~。弥生ちゃんは自分で思っているよりも、か・な・り・分かりやすいよ」
「ぐっ」
文句を言ってやろうと思ったが口を更に押されたため、喋ることを妨害され声が漏れるだけになってしまう。何から何まで苛立たせてくる目の前の女を睨みつけるが、当の本人はそんな私を可笑しそうに見て微笑んでいる。
「ムカつく。って顔にそう書いてある。すごく大きな字でね」
心の中で思うよりも先に言われ、怒りの矛先を見失ってしまう。
「余裕がない……ってとこかな?」
「ふざけてっ!」
「じゃあさ~、麻琴を受け入れてみてよ」
私がテーブルを叩いて声を荒らげ立ち上がる前に、頬に触れ挑発的に微笑む花蓮麻琴の表情は、拒否を許さない圧力と色気の合わさっていた。
笑っていて大きな目で見つめているのに、その目には拒否を許さない強い力が宿っていて、今まで経験したことのない空気に声を出せずにいると、瞳に妖美な光を加え私を見つめてくる。
「触れることも、触れられることも拒むあなたが麻琴を受け入れられるの? 無理でしょ? だって余裕ないもの……ね?」
馬鹿にしたように言って、クスクス笑う花蓮麻琴を前に私は抑えていた感情を爆発させる。
「馬鹿にして! できるし! やってやるわよ!」
テーブルを叩いて立ち上がり怒鳴る私に周囲の視線が集まる。視線が痛いが気にしてない振りをして花蓮麻琴を睨み続ける。
「弥生ちゃんの熱い宣言、嬉しいな。じゃあまずはご飯食べようよ。折角お店の人が作ってくれたんだし。美味しいよっ」
本当に嬉しそうに笑みを見せた後、カリッとポテトを摘まんで口に運ぶ花蓮麻琴を見て、私は乱暴に椅子に座ると雑に手を伸ばしポテトを摘まんで口に放り込む。
そんな私を微笑みながら見る花蓮麻琴の射貫くような視線に、踏み入れてはいけない領域に足を突っ込んだ、そんな心にある不安を押し込みつつ悟られないようにポテトをわざとらしく咀嚼する。
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