想い出とおおかみちゃん
1.一匹になったおおかみちゃん
一人で暮らすマンションは広く、生活で使っている部屋は少なく、ほとんどの部屋が衣装や物で埋まっている。
台所で一人、タブレットを立て掛けレシピのサイトを見ながら夕食の準備の為に料理を作る。
一人でいるときも麻琴であることが多い。麻宏なのは基本学校だけ。
昔から麻琴として育てられた私は、麻琴の方がしっくりくる。麻宏も嫌いじゃないけど、好きな格好でいたいから必然的に麻琴で
あることが多い。
お鍋で魚の煮付けを煮込みながら、テレビと周辺機器、ソファーだけのがらんどうな、リビングに置いてある
仏壇と同じ意味を持つ祖霊舎には、私の両親が奉られている。
神頼みはするけど無宗教な私は、周りに言われるがままに行われた両親の葬儀の後、叔母さんの信仰する
初めは違和感があったが、今では部屋に馴染んでいる。
──女の子だったらよかったのに
ふとお母さんの声が思い起こされ耳に響く。物心ついたときからよく言われたフレーズは今でも耳にこびりついている。
女の子が欲しかった両親は男の子であることに嫌悪感を示し、私が女の子っぽいことをすると喜んでくれた。
洋服は女の子の方が可愛くて好きだったし、遊びも女の子が好むことをよくしていたから両親は満足そうだった。でもときどき男の子っぽいことをすると、ため息混じりに嫌味を言われる。
それでも幸せに過ごしていた私に劇的変化が起きたのは、小学校に入学するときだった。
男の子としてしか入学できない。
学校側からそう言われお母さんは憤慨し、お父さんは学校に文句を言う。いまでこそ多種多様な価値観が認められつつあるが、当時はそんなに浸透していなかったしどこの学校も私を女の子として入学させることに難色を示した。
結局はお母さんたちが妥協して麻宏として小学校に通うことになる。
学校へ行くために麻宏であるときの、私に対する両親の関心のない目は今でも鮮明覚えている。
でも時代は進み、ジェンダー平等の声が大きくなる。ちょうど私が中学生になったとき、麻宏は麻琴として学校に通えるかもと、両親が希望を持った矢先に渋滞中に後部からトラックに突っ込まれ亡くなってしまった。
あの日も私が麻琴として学校へ通えるようにそういう団体に働きかけた帰りだった。
結局、麻琴として学校に通うなんて余裕はなくなり麻宏として学校へ通い続けている。
「お母さんとお父さんは今の麻琴に満足?」
私が問いかけけても返事があるわけがなく、鍋の煮込む音だけが響く。
誰に向けるわけでもなく微笑んだ私が鍋に目を戻したとき、インターフォンのチャイムの音が響く。
モニターに映し出される男の人を見て私は一瞬だけ下唇を噛む。
「今開けるから」
インターフォンの向こうに呼び掛けながら、施錠ボタンに触れて僅かに間を置いた後、ボタンを押し込む。
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