優しい気持ちは優しく取り出すの
1.ある朝、響く声に引かれて
自分でも情けないとは思うが、自分の欲求に正直な俺は我慢できずにふあわぁぁっと声を出しながら大きなあくびをして、両手を上げ伸びをする。
昨日遅くまで動画の編集をしていたのがあくびの原因なのは分かっているが、今となってはどうしようもなく、もう一度大きなあくびをする。
「うぃ~す! 相変わらず眠そうだねっ!」
俺の肩を乱暴に叩きながら挨拶してくるは、
「墨刺は元気そうだな。寝るの早いのか?」
「おっ? 私の私生活が気になる感じ? じゃあ仕方ない特別に……」
「ああ、別にいいや」
「ちょと待てぇ! そこは聞くとこっ!」
「ああ、はいはい。墨刺さんは何時に寝てるんですかね?」
「何それぇ~なげやりぃ~」
頬を膨らませ地団太を踏み、不服を全身で表す墨刺を引き連れ賑やかな朝の登校を続ける。
下駄箱に靴を入れ上履きに履き替えるときも、隣でブツブツ文句を言う墨刺を連れ歩いていたとき少し離れた場所から声が聞こえた気がして立ち止まる。
と同時に背中に鈍い衝撃が走る。
「いたっ! 急に止まらないでよ」
どうやら俺が立ち止まったことで墨刺が背中にぶつかったらしく、そのときに鼻を打ったのか赤くなった鼻を押えながら文句を言っている。
「わるい、ちょっと気になってな」
謝りながら俺はみんなの流れから外れ、教室とは違う方向へ向かって廊下を歩くと後ろから墨刺もついてくる。
「ちょっと、どこ行くの?」
「しっ、誰かいる」
ついてきた墨刺の口を押さえ抱き寄せると、廊下の角に隠れるようにして身を潜める。この先には階段があって、声の位置から上の方に人の気配を感じる。
「
なんか「もがもが」言って暴れていた墨刺が急に大人しくなったので、墨刺のことが気になりつつも、上の様子の方が気になるのでそっと影から覗く。
「……なんで、
階段の方から女の人の声が聞こえてくる。少し上がった踊り場にいるのだろう、上の方からなんだか怒っているような声がする。
聞き耳を立て集中するとより鮮明に聞こえてくる。
「なんとか言ってよ!」
「ごめん、でも……」
「でも、じゃないの! 菜々子がそうやって甘やかすからあいつら図に乗るの!」
どうやら2人ほどいるようで、声のトーンから何か言い合っているようだ。声質からおそらく女の子だと思われる。
「
片方の女の子が声を上げた後、気配がこっちに近付いてくる。
慌てて逃げようとするが、思ったように身動きが取れないことで墨刺の口を塞いだまま抱き寄せていたことをここで思い出す。
争う声に釘付けになり俺の腕に力強くしがみつき、近付いてくる声の方を凝視する墨刺を動かすことが出来ず、逃げ遅れてしまうのだった。
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