7.暗闇から光へと

 否定の言葉を口にした僕は怒られ、罵られると思い身をすくめる。


 だけど予想に反して頬を撫でられ顎下に置かれた手に、顎を上げられ左頬に麻琴ちゃんの頬が触れる。


 頬から伝わる麻琴ちゃんの温もりを感じ、速くなった心臓の鼓動が送る血液が体中を熱くする。


「一方的な愛情表現は相手を困惑させ、不安にさせることが多いの」


 頬から温もりが上へ這うと、息が耳をくすぐる。


「さっき、切り落とすって言われて怖くなかった?」


 僕は素直に頷くと、耳元でクスっと笑い声が聞こえてそれがまた耳をくすぐって心地いい。


「∞ねずみさんは、麻琴の言葉に耳を傾け自分で考えれる人。だから相手のことを考えれる人になれると思うな」


 耳元で囁かれるあでやかな声に全身を硬く強張らせてしまう僕だが、耳たぶを包むような感触に更に体を硬直させる。

 それは柔らかくて温かい温もりと、なまめかしい音を立て僕の耳を快感で満たしていく。


 耳を這い、くすぐる快感に身を委ねる僕だが、瞬間息を吞んでしまう。つい先ほど冷たく鋭い感触で僕を恐怖に陥れていた場所に今触れ包むのは優しく温かい感触。


「冷たいものを突き立てられるよりも、温もりに包まれる方が嬉しくない?」


 耳元で囁かれる声に僕は必死に頷く。


「自身の気持ちも大切だけど、まずは相手のことを見て、その人のことを考えてあげることが大事。幸せや喜びの形は人それぞれだから、自分の幸せが相手の幸せではないよ。だからね、一方的にぶつけられた気持ちは凶器になりかねないの。例え伝わらないかもしれないとしても、相手のことを考えて優しく伝えるの。今のあなたなら出来るよね?」


 大きく必死に頷く。


「返事は?」


「はいっ!!」


「ふふっ、いい返事っ」


 甘い声がしてすぐに耳を快感がつつみ、麻琴ちゃんの手が胸元から撫で、太ももの上を指が這いしばらくじらされると、さっきまで切り落とされると脅された場所へと手が伸びる。

 耳に響く艶めかしい音と、手の動きに息を吞み、上と下からくる快感に身を委ね快楽に身を沈めていく。


 快楽の絶頂を迎えるとき、今まで出したことのない声を上げてしまう。その瞬間だった、暗闇の中に激しい火花が散る。


「これでお終い。∞ねずみさんは今生まれ変わったの。ここからどう成長するかはあなた次第。成長したときも麻琴のことが好きならその気持ちをちゃんと伝えてね」


 遠のく意識の中、頭の中に声が響く。


 響く優しい声に安心した僕は、暗闇の中で目を瞑り更に深い闇へと落ちていく。



 * * *



 ズキズキと頭が割れるような痛みがする。目覚めは最悪で体は重いが、心は清んでいて軽い。


 ゆっくりと目を開けると光が入ってくる。そこまで眩しくないのは周囲が薄暗いからだろうか。体を起こすと自分がリクライニングチェアーに寝ていたことを知る。

 ぼんやりとした視界で辺りを見回すと、つい立てのような壁に囲まれているが天井は抜けている。


 リクライニングチェアーの背もたれを起こし、目の前の机にあるパソコンを見つめる。見覚えのあるパソコンのマウスを動かすとスリーブ画面からミーチューブの画面に切り替わる。

 画面には麻琴ちゃんの動画が再生途中で映し出されていて、麻琴ちゃんが笑っているところで止まっている。狐につままれたとはこういうことを言うのだろうと思いながら立ち上がると、ドアノブに手を掛ける。


 僕がよく利用するネットカフェの一室。なぜここにいるのかは分からない。後ろを振り返ると麻琴ちゃんの笑顔が目に入る。


 頬に触れ、耳に触れる。


 そこには温もりがあって、あのときの感触が甦る。それだけだがあれは夢や幻でないと確信する。


 最後に麻琴ちゃんから言われた言葉を思い出し、僕は何か変えてみようかと思う。


 久しぶりに部屋の掃除でもしてみようか。そんな些細なことでも今なら自分の成長に繋がる、そんな気がする。成長したそのとき僕の気持ちが伝わるかは分からないけど、今度は正面から声を掛けようと思う。


 あの暗闇で過ごした時間は怖くもあり快楽に満ちた甘美な一時。それは現実か幻かも定かでないけど僕の心の中にある大切な一時。

 暗闇の中だからこそ自分を見つめ直し、希望の光を感じることが出来たのかもしれない。


 清々しい気分でネットカフェの個室を後にする。

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