8.麻琴と彩のクッキングチャンネル

「はいはい、じゃあ次にジャガイモをむいちゃいましょうか」


「麻琴、ジャガイモむくのって苦手なんだよねぇ」


「あ、分かりますよ。馴染みのある食材のクセにボコボコしててむきにくいし、芽には毒まであったりしますし、ボクは人畜無害ですよなんて顔してて油断ならないヤツです。たっくもー!」


「急にどうした? 彩ちゃん怒ってるけどジャガイモに何かされたの?」


 私は今、彩の所有する部屋で料理の動画を生配信している最中。配信者には見えないが撮影機器に囲まれた中で料理をしている。そんな空間で他愛のないトークをしながら私と彩の2人はジャガイモの皮をむいていく。

 キッチンから離れた場所にあるモニターに流れるコメントを見た彩が、私に話し掛けてくる。


「なんでまたカレーなんですか? それはね、今回は麻琴ちゃんのリクエストなんだよね。ってことでなんで?」


「カレーって、人によって個性が出る料理だと思うんだよね。ん? 簡単? そんなこと言っちゃダメだよぉ。簡単な料理ってないんだよ。ね?」


「そうそう、よくレシピ紹介とかで簡単に出来る! って見出しあるけど、あれって他の料理に比べてであって、普通に手間かかるからね! 今日は簡単にカレーでいいやとか言っちゃダメだよ! 簡単な料理なんて存在しないのだ!」


 カメラに向かって彩が怒っている間に次のコメントが流れてくる。


「今日はコスプレしないんですか? コスプレクッキングとかありじゃないですか?」


 基本、配信中のコメントは脈略なく飛び交う。こっちの状況なんかお構い無しに好きなことを発言してくるだけだが、時々皆が一体になったり、奇跡的に話が繋がったり、何気ない一言がフラグになったりするところが面白いところでもある。


「そういう話もあったんだけど、実際コスプレしたら料理しにくいでしょ」


「私はありかとも思ったけど。ほら可愛いコスプレしてさ、料理してたら萌えない? ねっ?」


「えぇ、そんなの嫌じゃない? 彩ちゃんが仕事から疲れて家に帰ってさ、コスプレして料理してる人がいたら、お前料理なめんなよって思わない?」


「ん~どうだろ?」


「じゃあ、ちょっと試してみようよ。麻琴が家にいるから、彩ちゃんが帰って来るとこからね」


 コメントの会話の流れをきっかけにして始まる寸劇に、コメント欄が賑わい凄いスピードで流れて行く。


「はぁ~今日も疲れたー。ガチャ、くんくん、おっ今日はカレーかな? 麻琴ただいまっ!?」


「あ、お帰りー」


「あ、お帰りーじゃないよ……なにその格好? コスプレ?」


「うん、今はまってるゲームのキャラなんだけどさぁ。二本の剣を使って戦う姿がカッコいいの。料理にもピッタリでしょ! ほら、こうやって包丁を二本使えば調理スピードも2倍なんだよ!」


 包丁を両手に持って構え、先ほどむいたジャガイモをにらむ。


「ば、ばかーっ! そんなんでジャガイモ切れるかぁー! 料理をなめるなよぉ~!」


「いたぁーい! ほらぁ~! やっぱりそうやって言うじゃない!」


「ほ、ほんとだ!」


 彩からペチンと頬を叩かれ、私は頬を押え涙目で訴えると、彩はハッとした表情で口を手で押え大袈裟に驚く。

 この寸劇が面白いかは置いておいて、多くの絶賛のコメントが溢れ、その流れるスピードを見ればニーズには答えれているのだろう。


 直にコメントのやり取りが出来きることは生配信の強みであり難しさでもある。

 まあ、何をやっても文句を言う人は言うし失敗はあるので、気にしてたらキリがないのだけど、それでもコメントは私たちにとって生命線なのでチラッと内容を見て次の行動を考える。


「包丁持った感じがヤンデレっぽい? うそぉ、そんなことないと思うけどなぁ~」


「いやいや、麻琴ちゃん結構執着してきそうだもの」


「えーっ、初めて言われたよ。あ、でもでも、そっちの路線も需要があるなら言っちゃおうかなヤンデレ」


「どんよくぅ~! どこまでも貪欲に追い求めるのホントすごいよね。あ、早くカレー作ったらどうかって?」


「だね、早く作ろう。で、何してたっけ?」


「忘れちゃダメだろ! こんのぉ~料理なめんなよぉ~!」


 彩とやり取りしながら配信は続く。2人しかいない空間で文字が高速で流れて行く。本当にいるか実感のない相手とのやり取りは空気を積み上げる作業のようで、掴みどころがない。


 でもこの文字の向こうに人は確かにいる。


 その人と会ったとき。


 その人の温もりを感じたとき。


 私は幸せを感じられる気がする。


 モニターに映される文字の羅列の後ろにいる人たちを思うとゾクゾクする。どんな人がいるのだろうかと、会って話して、触れあいたい。


 そのなかに私を愛する人がいればいいな。


「あ、今の笑い方、ヤンデレっぽい」


 彩の声に私は頬を押える。


「ほんとに!?」


「今、何を考えてた? 思い出し笑いってやつでしょ? あれする人っていやらしいんだよ。ほれっ、何を考えてたか言ってみなさい麻琴ちゃん!」


「ひみつー」


 他愛のないやり取りを続けながら配信は続く。モニターの向こうにいる人が笑ってくれることを願いながら私も笑う。


 それはあなたに向けた笑顔、でも心はそこにはないよ。


 まだね。

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