4.あの子の面影を追って

「席替えをするぞ~」


 やる気のない担任の声に教室が沸く。


 単純に席替えというイベントが楽しみなヤツから、今の席から変わりたくないヤツ、そして友達や好きな人と近くの席になれるように必死に祈るヤツ。


 私は一番最後かな? 


 でも必死に祈るってわけじゃない。


 私のクラスの席替えはまず生徒がクジを引く。これには数字が書いてあるが、これだけでは意味をなさない。先生がタブレット内にあるアプリを使って教室内の座席表にランダムで数字が当てられそれを黒板に書いていく。


 アナログとデジタル、新旧の合わせ技で決まる席替えの結果、私は念願の飯田麻宏いいだまひろの隣の席に座る。


「えへへ、よろしくぅ」と言いながら笑みを向けると、呆れた表情でけそ優しいため息をついて「ああ」と短く返してくれる。


 私を見て綺麗だと心から言ってくれたあの子の言葉と、瞳の輝きは今も私の胸に深く刺さっていて、私の心を掴んで離さない。


 このドキドキが何なのか、ずっと考えていた。成長するにつれ、この感情が恋であることに気付くのにそう時間はかからなかった。


 そう、私はあの子のことが好きなのだ。何年経っても変わらない想いは私を突き動かす。


 名前も知らない、一度しか会ったことのないあの子を知る手掛かりは『多種多様性』の言葉と『ビー玉みたいなキラキラした瞳』これだけだった。


 だけども多種多様性を訴え、学校や自治体と話し合いを重ねている人、まして世間に向け発信しつつ運動している人は限られている。


 ほどなくして両親が学校に息子を娘として入学させることに躍起になり、学校を転々とした子の存在が浮かんでくる。


 その存在を知ったとき、私は心から喜んだのを覚えている。


 秘密を抱えるもの同士、私たちお似合いだって。


 その子と思われる人に近づくために中学校を転校して、高校まで一緒に来たんだから、席替え程度のイベントで私の居場所がズレたりするわけがない。


 揺るぎない自信を胸に隣の席にいる麻宏を見る。


 夏の日差しは窓のガラスに阻まれ光を和らげ麻宏に降りそそぐ。


「なんだ? 窓際がよかったのか?」


「あ、いやぁ~。暑そうだなって、窓際じゃなくて良かったなって」


「なんだそりゃ。まっ、変わってくれって言っても変わらないけどな」


 そう言って麻宏は窓の外へ視線を戻す。


 私はその姿を見つめながら先ほど私を見た麻宏の目を思い出す。私があの日であったあの子の目はビー玉のように輝いていた。


 麻宏はどうだろうか、もっと近くで見たい。


 麻宏があの子で間違いないと思っているんだけど、名前も聞いていないから知らないし、もう一つ確信が持てない。

 ここまであの子の影を追って麻宏に近付いて実は違った……なんてことになるのは怖いものだ。


 それに今に満足しているわけではないが、今の状況を楽しんでいる私もいる。

 初恋のあの子を求め追う私自身に酔っているとでも言えばいいだろうか。


 もうしばらくはこんな感じで過ごすのも悪くないかなと思いながら、視線を前にやると丸まった背中が目に入る。


 麻宏の隣も大事だが、自分の周囲の人位は把握しておいた方が良いだろうと、背中を丸め何やら机に向かって作業中の男子を横から覗き込む。


「なに書いてんの?」


「わわわっ!? ビックリしたぁ~」


 驚いた男子の名前は久間秀治ひさましゅうじ。どんな人間かを簡単に説明するならオタクである。絵を描くのが趣味らしく授業中も隠れてノートにアニメの女の子を描いて時々注意されている。


 ただ、ここ最近なんだか雰囲気が変わった気がする。腕で隠しながらこそこそ描いていた絵を堂々と描いている、なんというか絵を描くことに誇りを持っているとでも言えばいいだろうか。


 驚きつつも見せてくれたノートの上にある鉛筆で描かれたラフスケッチの女の子はアニメ調ではなく現実の女の子。


「だれこの子?」


「ミーチューブで活躍している花蓮麻琴ちゃんだよ。コスプレイヤーとして配信を始めたんだけどね、今はお悩み相談やゲーム配信とか歌も上手くてね! そうそう──」


 何かのスイッチを押してしまったようで早口で話し始める久間を無視してノートに描かれている女の子を見つめる。


 鉛筆で描いてある黒髪の女の子。最近どこかで出会った気がする……。


 窓の外を眺める麻宏の姿を目に入れながら頭の中にある記憶を必死に呼び起こすのだった。

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