6.恋という感情を探し求めて

 湯船に浸かる僕は張られたお湯に顔を沈める。


「そんなに恥ずかしいがらなくても良いのに」


 そんな僕の背中を突っつくお姉さんの声を聞いて、僕の耳は熱を持ち真っ赤になっているはずだ。


 息が続かないので顔をあげると、お姉さんが背中越しに抱きしめてくれる。


 再び僕の体が熱くなる。


「だって……」


「素直に声が出ただけ。麻琴は剛くんの可愛いところが見れて嬉しかったけどなぁ」


「ううっ……」


 さっきまでのことを思い出して顔が熱くなる。


 顔から火が出そうなんて言葉を聞いたことがあるけど、大袈裟な表現だとバカにしていたが今まさに火が出てるんじゃないかってくらい熱い。


「可愛い」と言われるに至ったことも恥ずかしいけど、僕がリードしてカッコよくあろうとした方が完全に滑ったので、そっちの方が恥ずかしいのだ。


「お姉さんはミーチューブに動画投稿してるって言ってたけど、それで生計立ててるの?

 ミーチューバーってやつだっけ?」


 僕が思い出したくないのもあって、話を反らすため気になっていたことを訪ねる。


「んー、それだけじゃ生計は立てられないかなぁ。最近順調に視聴者は増えてるけど上の人たちには全然届かないし。動画投稿だけで生計立てられるのはほんの一握りだと思うよ」


「厳しい世界なんだね」


「そうだね。どこも楽な世界はないと思うな。隣の芝が青い! 絶対に楽しい! って飛び込んでみればそうでもなかったり……ね」


 僕はお姉さんに後ろから抱きしめられたまま会話を続ける。


 人肌に触れたまま会話をする。それがなんだか心地良い。


「体も温まったしそろそろ出ようか」


 そう言ってお姉さんの温もりが背中から離れる。それがお別れの言葉だと感じた僕が慌てて振り返えるが、唇を軽く重ねてすぐに離れる。

 優しく微笑むと僕の背中を押して一緒に湯船から出て、体を拭いてもらう。


 そこから言葉をほとんど交わさなかったけど、それは言葉を口にすると現実に戻ってしまいそうで黙っていただけ。


 僕は雨の中、傘に当たる雨音を聞きながら歩く。


 雨の音と、湿気を含んだ風が僕を現実へ戻していく。手に握った傘だけがさっきまでのことが夢でない証拠。


 僕は傘の柄をぎゅと握る。


 ──傘あげるから。返さなくていいよ。


 そう言ってお姉さんは玄関先で僕に傘を手渡してきた。


「返さなくていい」の言葉はもう会わないよと聞こえて寂しくなる。

「また会いたい」その言葉が出なかった自分の意気地のなさを何度も噛み締めながら僕は雨の中を歩く。


 もう会えないかも知れない、そう思うほど込み上げてくるもう一度会いたいという気持ちが恋なのか、それともただただ人肌恋しいだけなのか。


 やはり恋とはなんなのか分からない。


 考えれば考えるほど僕が何者かすらも分からなくなってくる。


 ──剛くん、何か迷ってる? 麻琴もちょっと迷っててね。お互い道に迷ってたから出会えたのかもね。


 最後にポツリと言われた言葉。


 それに答えれなかった僕は、少し寂しそうに笑うお姉さんに肩を優しく押されマンションを後にする。


 これが僕の恋について深く考えた初めての日。


 心の痛みと不安に冷たい雨、優しく甘美な時間と温かなお湯。それらが全部混合していて、どれも大切だと思える不思議な日の思い出。

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