10.おおかみの牙に身を委ねて?
麻琴に寄りかかれられソファーに沈む私の両肩は押えられていて身動きは取れない。
でも抵抗する気はない。
──期待
そう、私は期待している。
幼いころに出会った女の子に言われた、
『綺麗だね』
それは私の身に刻まれた黒い蝶と薔薇に向けられた唯一の褒め言葉。
母は胸の刺青を見る度に父の愚痴を聞かされ、それはそのまま私への文句へと変わっていく。
彫り師であった父からは私は作品として駄作だと、ため息をつかれていた。
大衆浴場やプールなど、人前で肌を晒すことは避けねばならず、学校でも塩素アレルギーだと嘘をついて1人見学しなければいけない日々。
小学生のころ友達が海に泳ぎに行くと言って羨ましくてたまらなくなり、行きたいと母にお願いしたが、怒鳴られ叩かれた私は、泣きながら家を飛び出し友達のお母さんに胸の刺青を見せて何がダメなのかを聞いた。
そのときに向けられた蔑む目に私は息を飲み、やってはいけないことをしたのだと直感的に感じたのを覚えている。。
その日から友達を遊びに誘っても断られみんなが口をきいてくれなくなった。母に何を聞いても不機嫌な表情で無視され続けそして程なく引っ越すことになった。
それらの理由を完全に理解できるようになったとき、消しゴムでも消すことの出来ない蝶と薔薇は私に深く刻まれていて、一生消せないそれは魂にまで彫られているんだと知る。
子供は両親を選んで生まれてくるんだと言う話を聞いたことがあるが、本当にそうだろうかと私は思う。
もし本当だとしたら私はよっぽどみる目がないのだろうか……。
唯一『綺麗だね』と飾らず心から言ってくれたあの子の影をいつしか追うようになった。
あの子が女の子かどうかなんてどうでもいい。私を見て私を好きになって欲しい。
自分でも怖くなるほどの執着心だと感じることもある。分かっているけどそれでも求めてしまう。
だってそれが私が生きている意味だから。
今私の目の前にあった黒い影が振り払われ、現れた麻琴に身を委ねる。それが幸せになれる道だと信じて……
麻琴の細く長い指が私の頬を撫でてくれ、前髪を優しく払い、より鮮明になった視界のなかで麻琴と目が合う。
潤んだ瞳の持つ熱に当てられ頬が赤くなるのを感じる。顔に宿った熱は体全体に広がり、熱によってもたらせるふわふわする感覚が心地よくてたまらない。
近付く麻琴の顔に私は目を瞑る。
近付く気配に激しく動く心臓、そして唇に触れるはずの柔らかな感触を想像しながら目を更にぎゅっと瞑る。
「あいたっ!?」
くるはずの柔らかい感触ではなく、突然鼻先を叩かれた衝撃に驚いて目を開けると、目の前には私を解放し腕を組んで呆れる麻琴の顔があった。
意味が分からず鼻を押える私に麻琴がため息をつくと、ジト目で私を見てくる。
「飾切……あなた……」
まだ鼻を押え目をパチパチする私の前で麻琴がコホンと咳ばらいを一つする。
「お前さ、人の家に行きたいと言っておいて来たは良いけど、すぐに身を委ねてどうするの。やりたいこと、知りたいことがあるんじゃないの? それも知らずになすがままになる気なの?」
声は可愛いままだけど、どこかで聞いたような乱暴な喋り方が混ざった口調。
見た目から想像できないめんどくさそうな口調は、突き放すようで優しい言葉が並んでいて慣れ親しんだもの。
「可愛い……」
「はぁ?」
私の素直な言葉に麻琴は驚きと呆れの混ざった表情を見せる。
驚いたその表情が可笑しくて私は思わず笑ってしまう。
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